4転換―――リーガルの場合
何が俺、リーガルの運命を変えたかと、深く考えてみると、結局彼女との出会いが全ての始まりだったと思う。
「はぁい!こんにちは初めまして。私はイリーナ・サーシェスと言うの。突然だけど、私、君のパトロンになってもいいかしら?」
「はぁ?」
その人は青みがかった銀髪に紺碧の瞳をした20歳頃の女性だった。
動きやすそうな簡素な薄紫色のワンピースを身にまとい、唐突に、本当に唐突に俺の目の前に現れた。
俺はいわゆる孤児だった。両親が幼い頃に亡くなり、身よりもなく、頼れる人もなく、ただ死んでいくだけだった俺は、近所の爺さんが細々と面倒見てくれたから生きながらえることが出来た。その爺さんも去年の末にぽっくり亡くなり、今はひとりで生活している。と言っても10数歳のガキにまともな職や衣食住がある訳もなく、王都の隅っこで物乞いをしながら生きながらえている。
幸い、俺は普通のガキより身体能力面で優れていたから、ちょこっとした荷物運びなんかの細かい仕事で食いつなぐことができていた。まぁ、たまには盗みも働いたが、駐在に捕まるなんてヘマはしたことが無い。
その日は、特に特別なことなど何も無い日だった。前日に働いた盗みで、少し駐在に目をつけられているかもしれないなくらいには思っていたが、気になることといえばそれくらいのなんでもない日。
「パトロンってなんだ?」
「そうね、そうよね、分からないわよね。いいわ教えてあげる。でも、その前にお名前を聞かせてもらってもいいかしら」
「……リーガル」
「リーガル君ねよろしく。何歳くらいかな」
「10くらい。たぶん」
彼女は見るからに仕立ての良い服を着ていて手袋もしていないのに汚れ切った俺に手を差し出してきた。
握手を求められていると気づくのに少し遅れ、手を握り返すことはしなかったが、嫌な顔はされなかった。ただ、勝ち誇ったように自信に溢れた笑みだけが浮かんでいる姿に少し警戒を強める。
「パトロンっていうのはね、支援者っていう意味。後ろから貴方のことを応援してますよってこと。私、貴方を支援したいの。具体的には食事や寝床なんかが私について来れば保証されるわ」
どうやら衣食住の支援をしたいと言っているのだろうか、リーガルはそう理解した。
「そんな美味い話があるわけないだろ。何が目的だ」
相手は見るからに貴族のご令嬢。可哀想な孤児を拾ってなにかヤバいことに利用しようとしているのかもしれない。暖かい居場所は喉から手が出るほど欲しいものであったが、リーガルにはこの話の裏を見分ける手段はなかった。
「目的は、そうね、貴方自身よ。ここでは説明出来ないのだけど、とりあえず1度私の家に来て話だけでも聞いてみない?」
ねっ、と彼女はもう一度手を差し出してきた。
この手を振り払うとこは簡単だった。
リーガルの足なら逃げ出すことも出来た。
でも、今何かを変えたいと望むなら1度この手を取ってみてからでも遅くはないのかもしれないと、リーガルは考えた。
(ヤバそうなら逃げればいい)
考えの末に、リーガルは彼女、イリーナの手を取る決断をしたのだった。
イリーナに案内された馬車の中には、他にも2人の人物がいた。2人ともリーガルと同じくらいの子供で1人が黄緑色の髪と瞳をした少年、もうひとりは灰色の髪に吸い込まれるような金色の瞳をした少年だった。
「おかえりなさい、お嬢様」
「おか〜話はまとまったの?ずいぶん早かったね」
イリーナはそうかしらと言ってふたりのあいだに座り込んだ。
そうすると灰色髪の方はイリーナの膝の上に頭を置いて眠り始めた。イリーナもさも当然のように受け入れている。
「このヒナツもあなたと同じように私がパトロンになっている子なのよ。今は私の従僕見習いっていうお仕事もしてもらっているわ」
彼女が紹介したヒナツとは黄緑髪の方の少年のようだ。では灰色髪の方はなんなのだろうとは思ったが、ここでは口にしなかった。
「私は貴方の成長を見守りたいの。もし受け入れてくれるなら精一杯歓迎するわ。リーガル」