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「精霊の様子がおかしかった原因と思わしきモノは取り除きました、このまま暫く様子をみます」
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか」
エディはルートン伯爵への事後報告に来ていた。ハルルの森の調査はウロボロスの消滅で一旦は終息することにしたのだ。
もちろん大きな原因がウロボロスの件ではない可能性もあったが、現時点では判別がつかない。
よって経過観察を定期的に行う必要があると判断したのだ。
あとは精霊達が戻るのを待つばかりである。
「危険な状態の精霊がいたとの事ですが、イリーナ様まで前線に出向く必要はなかったのではないですか?」
「姉は…………その、精霊とは仲がいいので。それに精霊術は使えずとも知識は多く持っているので」
と、言うのがこういう場合に使う常とう文句だった。
正直エディはあまりこの話題に突っ込まれたくなかった。
姉イリーナは世間的には精霊と契約していない、つまり精霊術師ではないことになっているのだ。
せめて中位精霊と契約していることにすればいいのにとエディ自体は思っているが、父と姉の意向でこうなっているからには合わせるしかない。
「そういうものなのですね。連絡は受けていましたが、まる二日も出かけていらしたので心配していたのですよ。従者様も幼い方ばかりでしたし」
「ご心配おかけして申し訳ございません。ですが必要なことでしたので」
エディは冷や汗を流しながらルートン伯爵に向き合う。
バケモノ姉様に仕えるヒナツ達はこれまたバケモノレベルの秀才揃いだ。彼らの事は隠している訳でもないが、喧伝するようなものでもない。
エディは触れないでおくという方法でこの話題を回避することにしたのだった。
―――
「うーん。何なのかしらねコレ」
イリーナはルートン伯爵家であてがわれた一室で、ウロボロスの胎内から出てきたナイフを眺めていた。
ナイフは簡易的な箱に入れられ、ユミエルの作った特別な結界で封印している。
「詳しく分析してみましたが、やはり【人を呪い殺す】【精霊と契約する】あと【精霊を従える】この3種の術式をアレンジしたものですね」
「ありがとうユミエル。その3つを複合した場合にオーラが弾けるあの現象が起きてしまったのかしら」
「オーラが弾けるという現象についてはお嬢様しか判別できないのでなんとも言えないですが……。この組み合わせだと精霊に害のある契約を無理やり結ばされるという術式になるだろうな、という想像はできます。あんまり良い術式ではないのは明白です」
ふうむとイリーナは腕を組む。
「誰がこんなもの作ったのかしら」
「ほんとだよ〜こんな物が存在していた事実が悲しいよ〜ボクは」
しくしくとシェンが泣き真似をしながら肩を寄せてきたので撫でてあげた。なんだかんだシェンは優しいから今回の件でも心を痛めているだろう。
「少なくともまともな思考回路の常人ではないことは確かだと思いますよ。こんな害意しかないもの作るなんて。気になるのは目的ですね」
「そうよね。ウロボロスにこんなものを取り込ませるだなんて……。そもそもウロボロスは『のんだ』と言っていたあの意味も分からないし」
うーんとイリーナは頭をひねるが、現状では情報があまりにも足りなさすぎる。
「一旦別の角度から調べてみてはどうですか?」
と提案してきたのはやはりユミエルだった。
「別の角度からっていうと?」
「ほら、いたじゃないですか。同じようにオーラが弾けているっていう状態になっていた青年が」
「あぁ。確かに。でもあれはバンデラの花の影響なのではなかったかしら」
「本当にですか?」
イリーナは言葉につまる。確かに、あの時はバンデラの花の事は分かっていなかった。あのオーラの弾けていた青年―――クリスと言っただろうか、彼が本当にバンデラの花を摂取してあの状態になっていたのかどうか聞く術はなかった。
「確かに、確証は、無い、わね……」
「そうですよね。だとしたらまず彼から調べてみてもいいのではないですか?というのが僕の意見です」
「そう、そうね。確かに、現状残った取っ掛りは彼しか居ないわね」
イリーナはユミエルの意見に納得した。
クリスのオーラが弾けていたのが、バンデラの花由来のものであるという先入観は良くない。
バンデラの花の危険性が周知された今であればまた灰色のオーラになってしまった人々からも色々な話が聞けそうである。
「よし。帰ったら一度王都に行って、クリスを探しましょう」
幸い、彼の居所は事前にリーガル達が突き止めてくれている。
そう迷わずに調査することが出来るだろう。
ユミエルの図書館技能が失敗することはまず有り得ませんが、記載してない事に関してはその限りではないのでバンデラの花の情報は知りませんでした(´・ω・`)