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結局追おうと言ったイリーナが動きにくいドレスだったこと、ヒナツもエディも誰の事を追えと言われたのが分からなかったので追うに追えないという事で3人は馬車に戻ることになった。
その後、通りすがりの駐在から前方の店で盗みがあったのだと話を聞くことだけはできた。
「姉様が追えと言った人の事ではないですか?」
「分からないわ。そこまではっきり見たわけじゃないもの」
でも、確かに見えた事がある。
「間違いなく印付きね。潜在的なものでは無いと思うわ」
コレがイリーナが自分の契約精霊に気にいられた理由。
印付きの判別ができるというものだった。
印付きとは、この世界に存在する精霊が気に入った人間の血に与えた祝福である。それは特殊な能力を与えたり、特定分野への干渉力を上げたりと、魔術だけでは説明できない力を得ることの出来る特別な力である。
印は血によって継承され、親から子へ引き継がれるが、全ての人間が印付きになる訳では無い。いくら濃い血を継いでいても印に選ばれなければその恩恵を受けることは出来ないのだ。
聖印と呼ばれる印が体表に現れることが主な見分け方である。
ただ、印付きの血が祝福されてから長い時間が経っていたり と血の継承力が弱まってもう長く、今では印付きの聖印の形すら忘れ去られたものも多くある。失われた印というやつだ。
ここでイリーナである。
イリーナが昔から目にしていた人の周囲にある輝き、オーラのようなそれは印付きの祝福を可視化したものだと言うのだ。
しかも、印が表面化していなくても大体の強さが分かり、表面化のコツも教えて貰っている。
コレもイリーナの力が公開できない理由である。
「オーラの色が黒って見たことあるのよね……確か、レイトン公爵家が主に継いでいるっていうドラゴンの聖印がこんな色だったと思うわ。この辺りを探そうとするとやっぱりシェンの力を借りないと難しいかな……。ヒナツ、明日はシェンと一緒にこの辺りを探すわよ」
「前々から思ってますけどバケモンですよね、姉様って」
「何をいまさら。エディだって充分バケモノよ」
これで世間からは精霊遣いになれなかった落ちこぼれなどと揶揄されているのだ。詐欺がすぎる。実の能力を知っている人間からはバケモノ扱いをされるのがイリーナであった。
そして、このような事情があるから婚約話に関しては非常に慎重にならざるをえないのだ。
「とにかく、今日はこんな所でシェンを呼べないから出直しましょ」
3人の乗った馬車は当初の予定通り、次の舞踏会で使う宝飾品を見に向かうのだった。
―――
翌日、イリーナの人探しは驚く程順調に進んだ。
というのも当然。博識な彼女の契約精霊『シェンシェロル』―――シェンが協力したからだ。
イリーナとシェン、ヒナツの3人は絶賛王都の公道を馬車で進んでいた。目的はもちろん昨日見逃した印付きの人物に接触するためだ。
「突然呼ばれて何させられるかと思ったら人探し?イリーナってば相変わらず欲がないよね」
「じゃあ婚活が終われるように、家柄良し顔よし頭よし性格よしの男用意してよ」
「それは……ボクが干渉していい内容じゃないでしょ……」
イリーナとシェンはこれくらいの軽口を叩きあえる仲である。他にもくだらない用事で呼び出されているシェンだが、面白そうという理由で嫌な顔をしたことは無かった。
「そういえば、今日はヒナツだけなのかい?」
「この馬車あんまり乗れないでしょ。ヒナツ以外は置いてきたわ」
そう。とだけシェンは答えるとイリーナの右手を取った。
「ほら、この曲がり角をずっと行ったところら辺かな。他に人っぽいのは居ないから、イリーナならすぐ分かると思うよ」
「ありがとう、シェン」
その場で馬車を止めると、イリーナは御者に声をかけ、ひとりで馬車を出る。
「じゃあちょっと行ってくるわ。2人とも馬車の中で待っててちょうだい」
「はぁい」
「りょか〜。なんかあったら呼んでね〜」