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アーライル王国において、イリーナの、立場はサーシェス辺境伯家長女というものだった。1人優秀な弟がいるため、辺境伯の跡継ぎは足りており、イリーナと言えば連日お茶会に出席したりたまに来る見合いの話を断ったりと悠々自適に暮らしていた。
「姉上もそろそろ婚約者を見つけて身を固めてはいかがですか?まぁ、そう簡単に姉上の望む条件を満たせる縁談があるとは思いませんが」
そういうのは弟であるエディ・サーシェス。行きつけの宝飾店への道中の馬車で先日もとある良家のご子息からの婚約の申し込みを蹴った姉に苦言を呈していた。
「私は妥協したりしないわよ!目指すはイケメンハイスペック!優しくて私を包み込むように守ってくれる素敵な旦那様!これよ!」
「ただでさえ姉上の世代は人が少ないのですからわがまま言わないでください」
そう。イリーナは婚約への意欲がない訳では無かった。むしろ積極的と言えるほどこの件に取り組んでいるとも言える。
ただ単純に理想が山のように高い。このせいで尽く婚約の機会を蹴ってきた。
さらに運が悪いのが、イリーナの世代というのは現王とその子息の年齢のちょうど中間に当たる世代。次代の王に近い年齢の子をあてがおうとするベビーブームの中間世代に当たるのだ。つまるところ、比較的選択肢が少ない。
「生半可な家に嫁いでもみんな不安でしょう?私」
「まぁ、それは、そうですが……」
サーシェス辺境伯家は代々精霊術士を排出してきた家柄である。
例に漏れず、目の前のエディも2体のドラゴンと契約している。
これはかなり優秀な部類であり、世間でも一目おかれている。
対してイリーナももちろん精霊術士であったが、その事実は内密にされてきた。
理由は簡単。イリーナの契約してきた精霊が激ヤバすぎたからだ。
人型で、昔から認識されてはいたが、存在自体が危ぶまれており、なにより、アーライル王国で、最も信仰されている宗教の信仰対象となっているような精霊なのだ。
「これは公開できないね」とイリーナの父親である辺境伯の判断でイリーナの契約はほんのひと握りの人しか知らない秘密となった。
「やっぱり身元のしっかりした信頼出来るかたのもとに嫁ぐのが1番だと思うの」
「はいはい。存在するといいですね」
呆れ顔のエディは、これ以上の会話は不毛とでも言うように窓に視線を移してしまった。
「ぼくはおーえんするよ、おじょーさま」
そういって薄緑色のふわふわな髪をした少年がイリーナに肩を寄せる。
「ありがとヒナツ。もし私が嫁いでもついてきてくれてもいいのよ〜」
齢8歳頃のこの少年はヒナツ。イリーナの従僕見習いだ。
「ほんとう?じゃあぼく、おじょーさまのりいっぱなしつじになれるようにがんばるね」
「まぁ!かわいい事を言ってくれるわね!」
えへへとまとわりついてくる無垢な少年は可愛がりがいがある。
そんなやり取りをしているとガタンと突然馬車が揺れる。
何事かと窓の外を見やると、前方でなにかいざこざがあったらしく人々の視線がそちらに流れていった。
「何事だ?」
エディが御者にたずねる声を聞きながら外の様子を伺っていると、遠くから近づいてきた悲鳴と共に馬車のすぐ隣を黒い影が通り過ぎた。
「!」
何やら前方で事件が起こったらしくという御者の声が聞こえたがそんな事はどうでもよくイリーナはバンっと大きな音を立てて馬車の扉を開け放った。
「姉様!?」
「今の子おうわよ、2人とも」
「どの子って?」