チャレンジ!!!!
いつか自分で稼いだお金でチャレンジしたかったことのひとつを実行するチャンスがついに本日訪れた!
今日は幸いにも父も母も昨日から親戚のまこちゃんの結婚式で父の実家の近くのホテルに一泊して、帰りは明日の夕方辺り。
今はこの家には「バイトがあるから留守番してる」ってことにしといた、本当は休みの私しかいないわけで、一人暮らしバンザイな感じなのだ。
そんなバンザイなあたしのチャレンジのひとつが本日めでたく達成するから、ついつい、
「やっほーい!!!」
と何となくバンザイして浮き足立ち、身の丈が私と同じくらいの白い5ドアの冷蔵庫を見つめる私。
いや、正確に言えば冷蔵庫じゃなくて、冷蔵庫に張りついついるマグネットタイプのキッチンタイマーを見つめているのだ。
4月に大学生になり、あたしは深夜のコンビニで週三アルバイトをして、生まれて初めて自分で稼いだお金、お給料で、どうしてもやりたかったことを実行に移したのだ。
これは親がいたら絶対にできないこと。
ん?何故かって?
そりゃ、親は絶対にこう言って私のチャレンジを阻止すりんだもん。
『バカなことに無駄なお金を使うな』
ってね………。
親からしたら、バカなことでも、私にとってはちびっこの時から長年夢にまで見たすごいチャレンジなんだからぁああっ!!!!
心の中で咆哮して、冷蔵庫をぎゅっと抱きしめる。
「嗚呼、待ち遠しい…♪」
デジタルのキッチンタイマーの残り時間はあと5分。
昨日から買い出しやら準備やら色々苦戦しつつも出来上がった冷蔵庫の中で眠る初チャレンジ作品。
いやがおうにもテンションは上がる上がる上がる!!!
「今なら自由に空も飛べるはずっ!!!」
何だかそんな古い歌の歌詞が頭に浮かぶくらい、私はノリノリだった。
キッチンタイマーは刻一刻と、その時を刻む。
「あと3分!」
私はこ踊りを交えながらカウントダウンに入る。
冷蔵庫の中に眠る芸術作品を想像して悶えたくなってきた。
「あと2分…………あと1分っっ!!!!」
長年の夢が叶うこの瞬間。スタッフ!記者会見の準備っ!!!!
私の脳内では、報道陣が300人、カメラは50台という大掛かりな記者会見の準備が整った。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ
「鳴った!鳴った、鳴ったぁああーっ!!!!」
わぁあーい♪クララが立った~と喜ぶアルプスの女の子のように私は凶器乱舞して、冷蔵庫の取ってに手をかける。モチロン、脳内ではヤギが尋常じゃないくらい跳ね踊ってる。セントバーナードもオンジもペーターも小鳥たちも!!!
「いでよ!!!シェンロン!」
なんとなくノリでつぶやき冷蔵庫の扉をそぉお~っと開けると、
「うっほほ~~い♪♪」
目の前に飛び込んできた、芸術作品に私のテンションはかなりおかしいことになっていた。
「大迫力っ!!!!」
力一杯両手を握りしめて、感動にひたること数秒。
「テッテテーーン♪バーケーツープーリーンー♪」
気分はもう、白いポケットをつけた青いタヌキだ。
私の眼前に広がりし、銀色の金物。即ちバケツ。モチロン新品だ。
これを作る為だ・け(ここ強調)に買った昔懐かし(?)銀色バケツ。
そして、これを作りたいが為に冷蔵庫の中身を冷凍庫やら野菜室やらにつめ込み、棚を外し、銀色バケツの為だけの冷蔵庫へとチェンジして、チャレンジに臨んだのだ。
そのバケツの中には、プルプル~ンと揺れる私の愛しき傑作、長年の夢である『バケツプリン』が!!!
「感無量です!生きててよかったぁあ~~っ!!!!」
たった18年。されど18年。紆余曲折あった・・・・ことにしとこう、うん。
私は慎重に銀色バケツを冷蔵庫から取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
「さて、と。ここからが本当に本番なのだよ」
バケツプリンを目の前に、私はまた、バケツプリンの為だけに購入したデッカイプラスチックのお皿を見つめて緊張感を高める。
「ひとりでプッチンできるかな?」
プッチンの突起は銀色バケツには間違いなくついていないが、プリンをひっくり返す魔法の言葉はやっぱりプッチンなのだ。
プリン好きなら最早常識!言わないヤツはプリン好きを語らせないぜぃ!
「よしっ!やるぞっ!!」
私はバケツの上にプラスチックの皿を載せて、
「迷わず一気にいけ!迷ったら負けだ!!」
気合いをいれて、「せいやっ!!!!」とバケツをひっくり返した。
重い!なんて重量感なんだ!流石はバケツプリン!総重量はゆうに3キロを越えている。
「テラメシバンザイ!」
飯ではないけど叫びたかった。ちなみにテラメシとは、一部飲食店が提供する、量が半端なく多いのを売りにした大盛りメニューのことをそう呼ぶのだ。
重いながらもなんとかひっくり返したバケツを見つめて、
「さぁて、今、私は歓喜の瞬間を迎えます。今の気持ちは、アメリカ最後のスペースシャトルが宇宙へ飛び立つ目前を控え、シャトルに乗り込んだ日本人宇宙飛行士くらい胸が震えています」
私は、脳内で沸き上がるたくさんのプリン愛好家の皆様に手を振り「ありがとうー、ありがと~う!」とその歓喜の声援に応えた。現実は静まり返ったひとりぼっちのキッチンなんだけどね……。
「それではー、いよいよー、プッチンしたいと思いまーーっす!」
銀色バケツに手をかける私の興奮は最高潮に達している。
ゆっくりとバケツを揺すりながら、中から生まれるであろう巨大なプルプルの黄色い魅惑のそれを思い描き、
「ふりゃぁああああっ!!」と銀色バケツを上にズポーーーンッ!!!と引き抜いた。
すると、
ビチャビチャビチャーーーーーーーッッ!!!!
「ふぬぉおおおおおああああああああああああ!!!!」
黄色と焦げ茶色のドロドロ―――所々が固まってはいるが、明らかに液化した甘いバニラのにおいのそれがまさに大洪水!!!と謂わんばかりにテーブルから床からに流れ流れて・・・・
私はプリンであろうはずの茶色いものにまみれて、
「あ、は、は、は、」
どこから沸いてでたのか、渇いた笑いが口から漏れた。
私の壮大なチャレンジは、まさかの失敗に終わってしまった。
茫然自失の私の目にふと飛び込んだ時計がさす時刻は午後、3時をゆうに過ぎている。だって…おやつは普通に3時でしょ?
その時、家の留守番電話が更なる悲劇を伝える。
『もしもし、まだ寝てるの?深夜のバイト、お疲れ様、お母さんです。
思ってたより早く帰れることになったから、後一時間ないくらいで帰れるから』