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司書ですが、何か?  作者: みつまめ つぼみ
第6章:司書ですが、何か?

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79.

 街角の酒場で、お酒とちょっとした料理を口にしながら会話を楽しんだ後、また私たちは中央公園に戻ってきた。


 夜で誰も居ない公園を、侍女を含めた三人で歩いていく。


 今夜は雲一つない空で、星が綺麗にまたたいていた。


「綺麗ですね。まるで星が降ってくるかのよう」


 フランツさんがクスリと笑みをこぼす。


「ヴィルマは案外ロマンティストなんだな」


「悪いですか? これでも十六歳の女子ですから」


「今日はお前を楽しませることが出来ただろうか」


 今日一日か……思い返すと、たぶん楽しかったような気がする。


「そうですね。フランツさんには及第点をあげます」


「厳しいな。かなり頑張ったんだが」


「まず、女性を待ち合わせで待たせるのがあり得ないと思います!」


「時間通りだったはずだよ?

 貴族の世界では、時間より早く表れるのも失礼に当たる。

 その中で最善を尽くしたと思うんだが」


 そっか、そういうものなのか。


「……私、今日はなんだか変ですね」


「そうかい? いつも通りのヴィルマだと思うよ。

 いつもより二割増しぐらいで可愛らしいけれど」


 なんとなく恥ずかしくなって、うつむいて告げる。


「次はもっと楽しませてください!」


「次か……それは多分、難しいともう」


 ――え?


 顔を上げると、フランツさんは寂しそうな微笑みで夜空を見上げていた。


「我が家は男爵家、王族を接待するような権力も財力もないからね。

 職場で会うことはできるだろうけど、プライベートの時間に会うことは難しいはずだ」


「そんなの、わからないじゃないですか。

 形だけの王族なんだから、もっと気軽に会えるんじゃないですか?」


「陛下がヴィルマやラーズさんに、最大級の敬意を表している。

 そんな人間をきちんと扱わないのは許されない。

 王族相応の扱いをすることになるはずだ」


 じゃあ、これが、最後――


「最後なんて嫌です」


 口が言葉を紡いでいた。


 フランツさんが私の背中に手を回しながら告げる。


「私だってそうさ。だけど貴族社会で生きる以上、回避するのは難しいと思う」


「さっきから難しいばっかりじゃないですか。

 自分で道を切り開こうとか思わないんですか?」


「多少の事なら言えたかもしれない。

 だけど今回は壁が厚すぎるからな。

 我が家の、そして私の力では無理だと思う」


「……じゃあ、フランツさんはこれからどうするんですか。

 私以外の女性を探して結婚するんですか?」


 少しの沈黙――


「そうだな。それが君を忘れる最善手かもしれない。

 男爵家次男の私に嫁いでくれる女性が居るかは、わからないけどね」


「そんな簡単に忘れられる想いだったんですか?!

 フランツさんの気持ちって、その程度だったんですか?!」


 クスリ、とフランツさんの口から笑みがこぼれる。


「私を一度振ったお前が、そんなことを言うなんて不思議な気分だ」


「振られてもめげずにデートに誘ったんでしょう? もうひと頑張りですよ!」


「……頑張れば、ヴィルマは応えてくれるのかい?」


 それは――約束、できないけど。


 私は何で、こんなに必死なんだろう。


 自分で自分がわからない。


「――じゃあもういいです! フランツさんなんて、どこかの綺麗な人と結婚しちゃえばいいじゃないですか!

 私もフランツさんより素敵な人を見つけて、結婚してやりますから!」


「その口ぶり、私を素敵だと少しは思ってくれてたのかな?」


 その瞬間、顔が熱くなるのを自覚した。


「それは! ――知りません!」


 クスクスと笑うフランツさんが、私の背中を押しながら告げる。


「そろそろ帰らないと、私がラーズさんに殺されてしまう。宿舎に戻ろうか」


 私たちはとてもゆっくりとした足取りで公園を通り抜け、馬車の下へ戻っていった。





****


 夜のベッドの中で、私はぼんやりと中指にはまる銀のリングを見つめていた。


 これがきっと、最後のプレゼント。


 大して価値のない、おもちゃみたいな指輪を胸に抱きしめ、言いようのない不安感に抗っていた。


 再来週には私のお見合いを兼ねた夜会がある。


 そこで素敵な男性を見つければいいじゃないか――そんな心の声が聞こえる。


 だけど、なんだかそれは違う気がして、嫌がる自分も居た。


 未婚じゃいけないのかな。司書の仕事を続けたい。


 でもきっと、王様は私の血が持つ魔導の才能を欲しがってる。子供を産まない選択肢は、用意されてないんだろう。


 枕元のマギーが声を響かせる。


『ヴィルマお前、素直になれよ。意地を張っても仕方ないぞ』


「……意地なんて張ってないもん」


『そうか。まぁ後悔のないようにな』


 後悔か。私は何を悔いるのだろう。


 そんなの、わかるわけないじゃん。


 私は不安から逃げるように、毛布をかぶって目をつぶり、夢の世界に逃避した。





****


 翌朝の朝食を、私はもぐもぐと静かに食べていた。


 おじちゃんが私に告げる。


「どうしたヴィルマ、元気がねぇが」


「なんでもない……」


「何か不安があるのか?」


「……ここはもう、出て行かないといけないのかな」


「あー、それはしょうがねぇだろう。

 明日から夜会までの二週間、俺たちは前回と同じ部屋で寝泊まりすることになる。

 その後は新居に引っ越しだ。

 ここで飯を食うのも、今日が最後だな」


「……私は結婚しなきゃいけないのかな」


 お爺ちゃんがぼりぼりと頭を掻いていた。


「無理強いは許さねぇつもりだが、お前の子供が望まれてるのは確かだ。

 国王どもが俺たちに便宜を図ってくる以上、こっちも筋は通さなきゃならねぇ。

 努力はしなきゃならねぇだろうな」


「そっか……」


 私は静かに朝食を再開し、食料をお腹に流し込んでいった。


 なんだか味気ない朝食が終わると、私はベッドに倒れ込んだ。


 そのまま逃げ込むように、夢の世界の扉を開いた。





****


 台所で後片付けをするアイリスに、ラーズが告げる。


「俺ぁちょっと出かけてくる。

 その間、気を付けて留守番しててくれ」


 アイリスが振り向き、ラーズに尋ねる。


「どこに行かれるんですか?」


「ちーと野暮用だ。すぐ戻る」


 アイリスが微笑んで応える。


「はい、わかりました。お帰りをお待ちしてますね」





 ――王宮、国王が休日のリビングでくつろいでいると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「よぉ国王、ちょっといいか」


 驚いた国王が顔を上げると、いつかのように対面に座るラーズが居た。


「……また何か用事か、ラーズ王」


 ラーズがニヤリと微笑んで告げる。


「大したことじゃねぇ、すぐ終わる。

 実はな、あんたに頼みてぇことがある――」



 ラーズの話に国王は驚き、難色を示した。


「それは難しいと言わざるを得ない。

 いくらラーズ王の頼みでも、それを飲む訳には――」


「やりようはいくらでもあるだろうが。

 こまけぇことはあんたに任せる。

 ヴィルマの能力も、あんたは惜しいと思ってるんだろう?」


「それはそうだが、う~む……」


「時間は残り少ない。早めに動いた方がいいぜ。それじゃあな――」


 再び忽然と消えたラーズを見て、国王は頭を抱えていた。





****


 週が明け、私たちは宿舎の前で王宮の馬車を待っていた。


 約束の時間通りに現れた馬車に、私とお爺ちゃん、アイリスで乗りこむ。


 馬車の扉が閉まると、窓の外の宿舎を視界に納めた。


 たった一年足らずだけど、ここは我が家だった。


 たくさんの思い出が詰まった場所とも、今日でお別れだ。


 やがて馬車が走り出し、宿舎が遠く小さくなっていく。


 まるでみんなとの思い出が遠くなるような気がして、それ以上見て居られなくなってしまった。



 馬車が王宮に辿り着くまで、私はうつむいて過ごしていた。


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