3.
司書室の隣にある応接室で、私はヴォルフガングさんと並んで座っていた。
向かいに座るディララさんが、侍女の給仕する紅茶に手を付け、一口飲んだ。
なんで図書館に応接間があって、しかも侍女が付いてるのよ……。
呆気に取られている私に、ディララさんが告げる。
「それではまず、あなたの仕事ぶりを見せてもらうわね。
――ヴォルフガング様、写本を見せて頂けるかしら」
ヴォルフガングさんが頷いて懐から写本を取り出し、ディララさんに手渡した。
ディララさんは丁寧にページを開き、目を通していく。
「……本当に綺麗な字ね。
あなた、どこで字を習ったの?」
「えっと、死んだお父さんとお母さんが教えてくれました」
「えっ」とディララさんが顔を上げ、驚いたように私を見つめた。
「あなた、ご両親がいらっしゃらないの?」
「はい、十歳の頃に流行り病で。
今は祖父の家で暮らしています」
ディララさんは悲しそうな瞳で私を見て応える。
「そう、大変だったのね……ご両親は、とても立派な方だったみたいね。
子供のあなたにここまで綺麗な文字を教えられるのだから、教養も高かったはずよ」
私は頷いて応える。
「はい、お父さんも司書をしていたんです。
そのお父さんの仕事を横で見ていて、私は司書の仕事を覚えました」
ディララさんが呆気にとられた顔で私を見つめた。
「……あなた、小さなころから図書館に入り浸っていたの?」
私はなんだか恥ずかしくて、目を伏せて応える。
「えーと……はい。お父さんが好きで、なるだけ傍に居たくて。
それで魔導書の写本のやり方も覚えました」
ヴォルフガングさんが、楽しそうに私に尋ねる。
「子連れの司書など聞いたことがない。
よく君が図書館に入ることを許してくれたね」
「今務めている王都第五図書館の司書長が、お父さんの友人だったそうです。
お母さんは体が弱くて、よく臥せって居ましたから。
子守をお父さんが働きながらしてくれてたんです」
「だが魔導書の写本など、横で見ていても危険が伴う。
君は子供の頃から、防魔眼鏡をかけていたのかい?」
あれ? そういえば子供の頃は、防魔眼鏡をかけていなかったな?
「……何故でしょう? でもお父さんからは、『あまり近寄ってはいけない』と言われてました」
ヴォルフガングさんが顎に手を当て、楽しそうに考えこんでいるようだった。
「となると、父親が魔導術式で君を魔導書から守っていたのだろう。
魔導書の写本をしながら子供を守る――かなり腕の立つ魔導士に思える」
ディララさんも頷いた。
「そうですわね。
この写本に込められている魔導術式も、十六歳の子によって込められたものとは思えません。
魔力の質、術式の精度、どれも一級品ですわ。
原本を直接見ていない私でも、精巧な複製が行われているのが窺い知れます。
そんなヴィルヘルミーナさんに魔導を教え込んだ人なら、間違いなく一流の魔導士でしょう」
えー、お父さん魔導士だったの? そんな話、一度も聞いたことなかったけど。
私が目をぱちくりと瞬かせていると、ディララさんが私に告げる。
「あなたは魔導学院に通わなくてもいいの?」
「私は別に、魔導士になりたい訳ではありませんし。
公式記録でも私は五等級、通う義務はありません。
ですから司書の仕事を続けられるなら、その方が嬉しいです」
ディララさんがヴォルフガングさんに目配せをし、彼が頷いた。
「彼女もこう言っていることだし、この問題はひとまず棚上げで良いだろう。
既に入学時期は過ぎ、カリキュラムが進んでいる。
仮にヴィルヘルミーナが三等級以上で、今から入学しようとしても問題が多く発生するからね」
私はおずおずと二人に告げる。
「あのー、私のことはヴィルマと呼んでください。
本名だと長くて呼びづらいでしょうし、周囲ではヴィルマで通っているので」
ディララさんがクスリと笑みをこぼした。
「あら、可愛らしいお名前ね。じゃあこれからはヴィルマと呼ばせてもらうわ。
それじゃあヴィルマ、あなたは第五図書館の蔵書を、どれくらい把握しているのかしら」
「え? あの図書館の蔵書ですか?
う~ん……目録を作れと言われれば、この場で作れますけど。
写本をしろと言われたら、ちょっと自信がないですね。
間違った本を作りたくないですし、その場合はきちんと原本を用意したいです」
ヴォルフガングさんが「ほぅ」と感心したようにつぶやいた。
「あの図書館は小さくても、蔵書は数千冊を下らない。
魔導書以外に、教養本も多数収めていたはずだ。
それでも目録を作り、中身をそらんじてみせられるというのかね?」
私はおずおずと応える。
「ええまぁ……でもさっき言ったように、一言一句同じ本を作る自信はないですよ?」
ディララさんが頷いた。
「――面接はもう充分かしら。
ここまであなたは嘘を一つも付いてこなかった。
とても誠実だと思うし、熱意も申し分ないわ」
――え?!
私は思わずディララさんに尋ねる。
「あの、なんで嘘をついてないって思ったんですか?」
ディララさんが優しい微笑みでニコリと微笑んだ。
「それはもちろん、≪審問≫の魔導術式を使っていたからよ?
あなたなら、この意味がわかるでしょう?」
――嘘検知用の魔導術式?! いつの間にそんなものを使っていたの?!
私が驚いていると、ヴォルフガングさんが楽しそうに笑い声をあげた。
「ハハハ! オットー子爵夫人はこれでも、魔導の腕はかなりのものだ。
彼女の≪審問≫を察知するのは、私でも苦労するからね。
他人から魔術をかけられ慣れていないヴィルマが勘づくのは、まず無理だろう。
――しかし、やはり術式の知識はあるんだね?」
「そ、そりゃまぁ。初歩の魔導術式なら、第五図書館にも魔導書がありましたし……」
ヴォルフガングさんが満足そうに頷いた。
「その年齢でそこまでの魔導知識、大したものだと感心しよう。
実技はやや歪だが、写本に特化して洗練されている。
学院のカリキュラムを受ける必要は、おそらくないだろう」
ディララさんが頷いた。
「ええ、私にもそう思えますわ。
彼女に無理に学院のカリキュラムを受けさせる必要はないと判断します。
これから司書という仕事を通じて、魔導を洗練させていけば問題ないでしょう」
なんだかよくわからないけど、二人は納得しているようだ。
……まぁ、ここで『魔術を使えるから学校に通いなさい』と言われても、私も困ってしまうし。
無事に司書として働けるなら、もうそれでいいかなぁ?
ヴォルフガングさんが立ち上がり、ディララさんに告げる。
「では、ヴィルマを送ってくる。
後のことは、オットー子爵夫人に任せるとしよう。
何かあれば、帰ってから話を聞こう」
ディララさんが頷き、私に告げる。
「明日すぐに、というのは難しいでしょうから、三日後にしましょうか。
あなた用の宿舎も用意させるから、そのまま引っ越していらっしゃい」
「ええっ?! 住み込みで司書をするってことですか?!」
私が思わず声を上げてしまうと、二人がクスクスと笑みをこぼした。
「ええそうよ? あなたの身分で、学院に自由に出入りさせるのは難しいの。
だから敷地内に住んでもらって、外出は誰かに付き添ってもらう形になるわ。
不満があるなら、今のうちに言って頂戴。
ここで働けないと言うなら、あなたの意志を尊重するわ」
そんなこと、急に言われてもなぁ~~~?!
でもこんな大きくて貴重な本が多い図書館、王都じゃ宮廷図書館以外にないだろうし。
うう……怖いけど、本が私を呼んでる気がする!
「……わかりました。なんとか今夜中に、お爺ちゃんを説得してきます」
私の言葉に、ディララさんがニッコリと微笑みで応えた。