15.
私がハンカチを取り出して目元を拭っていると、シルビアさんがニヤニヤとフランツさんに告げる。
「なーにが『君が泣くような結果には決してさせない』よ。
その言葉でヴィルマが泣いていたら、世話がないわ」
フランツさんが慌てて声を上げる。
「今の、私のせいなのか?!」
私はクスリと笑ってフランツさんに告げる。
「いえ、みなさんの気持ちが嬉しくて、思わず泣いちゃいました。ごめんなさい」
フランツさんは顔を赤くしながら慌てて手を横に振っていた。
「そんな、ヴィルマが謝る必要なんかないだろう?!」
ディララさんが冷静な声で告げる。
「フランツあなた、もう少し感情をコントロールする術を覚えなさい?
――丁度いいわ。この際だから今決めてしまいましょう。
ヴィルマのために説明しておくと、夜会では男女がペアになって参加するものなの。
この場で誰と誰がペアになるか、考えて行きましょう」
カールステンさんがまず声を上げた。
「私はサブリナと組もう――サブリナ、それでいいか?」
「ええ、構わないわ」
ファビアンさんが次に声を上げる。
「では私はシルビアと組もう」
「そうね、いつも組んでるものね」
サクサクと二組のペアが決まっていった。
私はフランツさんの顔を見る――なぜか、顔から脂汗を垂らしながら狼狽しているようだった。
「まさか……お前たち、最初からそのつもりだったのか?!」
ヴォルフガングさんがニコリと微笑んで告げる。
「実に良いコンビネーションだね。皆の思惑が一致している証拠だ。
――フランツ、ヴィルマのペアは君だ。文句は……ないね?」
顔を伏せ、脂汗を流しながら、耳まで真っ赤に染めるフランツさんを見て、私はおそるおそる告げる。
「あの、そんなに私が嫌なら、素直に言ってくれていいんですよ?」
弾けるようにフランツさんが顔を上げ、慌てて声を上げる。
「嫌じゃない! 決して! ――ああ神様! 私はどうしたら!」
フランツさんの横から、カールステンさんが笑いながら彼の後頭部をはたいていた。
「いい加減に腹を決めろ、意気地なし。
男三人で女三人、他に余地はないだろうが」
「――それはそうだけど、でも!」
ディララさんが落胆するようにため息をついた。
「ですから、自分を制御する技術をもっと磨きなさい。
今度のことは、あなたの心を鍛える良い機会だと思いましょう。
――ヴィルマ、悪いんだけどフランツの面倒を見てあげてくれるかしら」
え?! 私が守られるって話から、私がフランツさんの世話をする話に変わってる?! どういうこと?!
「そりゃまぁ、頼まれたら、断りませんけども……どういうことです?」
私が眉をひそめて小首を傾げてフランツさんを見つめていると、彼の顔が更に赤みを増していった。
……このまま見つめてたら、太陽みたいに発光したりしないかな。
なんだか逆に面白くなってきて、私はフランツさんの目を見つめ続けた。
ジーっと見つめていると、フランツさんは遂に耐えられなくなったのか、手で顔を覆って声を上げる。
「すまない! そうやって可愛い顔で見つめてくるのはやめてくれないか! 反則だ!」
反則って、何も悪いことはしてないと思うんだけど。
それに可愛い顔? まぁ『小動物系』とはよく言われるけど。フランツさんって、そんなに女性慣れしてないの?
シルビアさんとサブリナさんは、私とフランツさんを交互に見やっては楽しそうに微笑んでいた。
****
食事が届き、皆で食べ進めながら静かに会話が続いて行く。
ディララさんが告げる。
「お昼休みで閉館させるけど、業務が残っている人はいるかしら」
皆が静かに首を横に振った。
私も今日は、蔵書点検で記憶するだけにとどめ、修復作業には手を出していない。
ヴォルフガングさんが頷いた。
「では、皆は午後から夜会の準備を開始して欲しい。
ヴィルマのことは、オットー子爵夫人に任せる」
ディララさんが頷いた。
「ええ、任されましたわ。
――フランツ、あなたは支度ができたら、司書室にいらっしゃい。
みんなも、司書室に集合してから一緒に大ホールへ移動しましょう」
私を含め、全員が頷き、静かな食事の時間が続いた。
食事が終わると、再び少しだけ賑やかになっていく。
カールステンさんがフランツさんの背中をバシバシと叩いて告げる。
「良かったな、ドレスアップしたヴィルマを見られるぞ?
どうだ、嬉しいか?」
「いってぇ?! 力加減をしてくれ、カールステン!」
シルビアさんが私の顔を見つめて、ふぅと小さく息を吐いた。
「ヴィルマのドレス、どうなるのかしら。
子供用ドレス? じゃないと、サイズが合わないわよね」
私はうなだれながらため息をついた。
「レンタルですし、子供用のサイズしかなくても、しょうがないですよ」
幸い、私は体型が慎ましい。
子供用でも、困ることはないはずだ。
とはいえ、自分のまっ平な胸を見つめ、思わず両手で触っていた。
横からサブリナさんが、私の肩に手を置いて告げる。
「心配いらないわ。胸に詰め物をするなんて当たり前だから。
ヴィルマにも『胸の谷間』というものを味わわせてあげる」
私はきょとんとしてサブリナさんの顔を見つめた。
「そんなことするんですか?」
「もちろんよ? 体型を整えて如何に美しく見せるかは、腕の見せ所ね。
その分、息苦しい思いもするのだけれど、それは我慢してね」
息苦しい思いって、そこまでして胸を盛りたくないよ?!
「あの、別に大平原のままでも構わないんですけど?」
「アハハ! そこは諦めて。そういう文化なの。
くびれた腰と豊かな胸を作り上げるための服だと思って」
「うへぇ……」
思わず声に漏れた私の弱音に、周囲の女性陣がクスクスと楽しそうに笑った。
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食後、閉館処理をしてから各自が動き出した。
私はディララさんと一緒に馬車で中央通りに、ヴォルフガングさんは学院に残り、他の人は自宅に戻っていった。
ディララさんは大きなレンタルドレスショップに行き、私の身体のサイズを測り、それに合うドレスを出してもらっていた。
「どれか好みの物はあるかしら」
ディララさんに言われて見ていくけれど、どれも大人びた服が並んでいる気がした。
「これ、大人用なんですか?」
クスリと笑ったディララさんが「残念ながら、子供用よ」と応えてくれた。
そっかー、貴族の子供って大人っぽいドレスを着るんだなぁ。
私は何となく落ち着く気がする、シンプルなデザインをしたベージュのドレスを手に取った。
ディララさんに促されるように姿見の前に移動し、ドレスを合わせてみる。
肩と胸が露出するタイプで、この季節だと寒そうだ。
「あら、悪くないわね。これで髪をアップスタイルにすれば、大人びた雰囲気にちゃんとなるわ」
「ほんとーですかー? 背が低いのはごまかせないと思うんですけど」
「そこは少し高さのあるヒールでも履いてみる?
それとも、無難にパンプスにしておく?」
ヒール付きの靴なんて履いたことないしなぁ。
「じゃあパンプスでお願いします」
頷いたディララさんが、お店の人と会計をしていた。
私は包んでもらったドレス一式を抱えて、ディララさんと一緒に馬車に乗りこんだ。
「それじゃあ図書館に戻るわよ。
うちの従者を呼んであるから、あとは着替えてメイクをするだけ。
あなたがどれだけ化けるのか、今から楽しみね」
「はぁ……」
私は不安に苛まれながらも、ドレスを着るという体験にどこか胸が躍る心地だった。




