えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?
かなりざまぁ強めです。
公爵家のローズ・ブライトには婚約者がいる。
名前はレイ・ブラウン。
レイは王家の人間で、ローズが幼少の頃に政略的な理由で婚約させられた。
「ローズ。ぼくたちは素敵な夫婦になろう」
「はい、レイ様!」
ローズとレイが婚約した当初は、こんな誓いまで立てるほどに仲が良かった。
しかしローズが十歳になる頃から王妃教育が本格的に始まった。
レイとは会う時間が少なくなり、顔を合わせるのはパーティー会場だけになった。
だがローズは婚約者としてレイを慕っていたし、あちらも同じだと思っていた。
しかしローズ達が学園に通うようになると、事態は変わってきた。
レイがとある男爵家の少女に想いを寄せるようになったのだ。
同じ年代の子供がいる学園に通ったことで、中々会えない婚約者よりも、身分の低い男爵令嬢の方が好きになったらしい。
ローズは最初の頃はレイを恨んだ。
ローズは顔を合わせることが出来ないくらいレイのために努力をしているのに、あちらは自分のことを一切考えていなかったからだ。
レイはだんだんとその男爵令嬢と恋仲であることを隠さないようになった。
そしてついには公の場でイチャつくようになった。
加えてレイはローズのことなど眼中に無いかのように振る舞うようになった。
ローズは確かに、レイに恋心を抱いていた。
だがこうも堂々と裏切られ、顔を会わせることも少なくなると、流石にレイへの恋心も冷めていた。
もうローズはレイのことなどどうでも良くなった。
ここまでレイの為に厳しい王妃教育を我慢して、それを知っていながら浮気をする人間など、もう知らない。
だから、ローズは留学することにした。
外国の文化に興味が出たので、勉強するためだ。
父はローズの置かれた状況を知っていたので、「羽を伸ばしてこい」と許可を出してくれた。
そして、ローズは半年間外国へと留学した。
厳しい王妃教育から一転して、興味のある外国の文化や政治に触れ、ローズは外国での生活を楽しんで帰ってきた。
しかし──。
「ローズ・ブライト! ナタリーを虐めた罪でお前との婚約は破棄する!」
学園に帰ってくるや否や、レイはローズに婚約破棄を叩きつけてきた。
男爵令嬢のナタリーを虐めたという理由で。
(えっと、留学していたのに、どうやって彼女を虐めたと言うのでしょうか……?)
「私が、彼女を虐めた、と……?」
「そうだ! お前がナタリーを虐めたことはもう学園中に知れ渡っている」
「ううっ……! レイ様……っ!」
ナタリーは泣きながらレイに抱きつく。
教室の中の生徒たちは、ローズに厳しい目を向けた。
勿論、冤罪だ。
虐められたと言われているナタリー本人はローズが虐めていないことなど分かっているだろうし、レイだってナタリーと一日中イチャついて一緒にいるのだから、真実を知っているはず。
なら、何故彼らはローズに冤罪をかけているのか。
大方、二人で口裏を合わせて、ローズを陥れようとしているのだろう。
狙いは、ローズとの婚約破棄。
ナタリーと婚約するためには、ローズとの婚約を解消しなければならない。
しかし、公爵家と王家の婚約を簡単に解消することは出来ない。
それなりの正当な理由がいるだろう。
そこに男爵令嬢のナタリーと婚約したいからローズとの婚約を解消する、と言っても取り合ってもらえないことは目に見えている。
そのため、二人はローズに冤罪を着せて婚約を破棄し、周囲からの同情を得て婚約に正当性を示したいのだろう。
(だけど、最後に大きな誤算があった)
そもそも、ローズは海外に留学していたのだから、ナタリーを虐められるはずが無いのだ。
そんな簡単なことに気づいていない理由は簡単だ。
レイは、ローズに全く興味が無かったのだろう。
ナタリーに夢中で、彼女だけを見ていたから、ローズがいなくなっても気づかないし、どこにいるかも知ろうとしない。
今冤罪をかけているのが証拠だ。
けど、逆に言えばレイは半年も婚約者を放置しておいて、邪魔になったら適当に罪を被せて捨てようとしている、ということだ。
(なるほど、本当に不愉快だ)
レイにとって、自分はただの道具だったらしい。
「前々からお前はそういう奴だと思っていたんだ! ついに本性を現したな! この悪女め!」
レイはローズを指差し、次々と罵倒を述べる。
「もう証言はたくさん出てる! 証拠もある! 言い逃れは出来ないぞ!」
その証言はどこから出てきたのか分からないが、周囲の生徒たちは信じたらしい。
軽蔑、嫌悪、憎しみと様々な視線がローズへと向けられる。
「もうお前は俺の婚約者として相応しくない! 今すぐに婚約破棄して、ナタリーを虐めた罪を償わせてやる!」
「レイ様……!」
ナタリーはレイの啖呵に胸を打たれたような表情になり、より強く抱きつく。
周りの生徒たちもそれを見て感動したように頷き、中には拍手をする者までいた。
「ローズ、自白しろ」
今まで何をされても大人しく、ずっと黙っていた婚約者。
レイはローズに圧をかければ嘘の自白をすると思っているようだ。
だが、思い通りになんてさせるものか。
「そうですか。私は彼女を虐めていたんですか?」
「なっ!? まだしらばっくれる──」
「私、先日まで留学していたはずなんですが、ナタリーさんをどうやって虐めるのでしょうか……?」
「は……?」
レイは固まった。
「今、なんて……」
「ですから、私は半年前から先日まで、留学していたんです。聞いていませんでしたか?」
「そ、そんな……屋敷に引き篭もってたはずじゃ……!」
レイは信じられないような表情でそう呟き、慌てて口をつぐむが、もう遅い。
周囲の生徒も今のレイの言葉を聞いており、真実に気づいたようだ。
レイの言っていたことは、全くの嘘であることを。
ローズが引き篭もっていたなら、どちらにせよ虐めることなんて出来ないのだから。
つまり、現在レイはローズが無実であることを知っていながら、私に冤罪をかけていることになる。
レイがローズを陥れようとしていることは確定した。
私はにっこりと笑顔でレイに質問する。
「確か、レイ様は私がその男爵令嬢のナタリーさんを虐めた、と仰っていましたよね?」
「い、いや──」
「えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるのですか?」
ローズは首を傾げる。
そして何かを思い出すかのように、顎に手を当てた。
「そう言えば、レイ様は、私がナタリーさんを虐めた証拠も証言もあると言っていましたね。誰がどんな証言をして、どんな証拠があったのか、今から教えていただけませんか?」
ローズはレイの逃げ道を塞いでいく。
ついでに、レイに加担した人物も逃がすつもりは無いので、尋ねておく。
「言えない、なんてことはありませんよね? だってさっきあんなに自信満々に仰っていたんですから」
レイが目に見えて焦り始めた。
ナタリーもだ。
今更自分の失策に気づいたらしい。
ナタリーはレイの服を不安げに握った。
愛する人に助けを求めて。
レイもナタリーを守るように庇った。
それを何も知らずに見ていたら、美しい愛だと思うのかも知れない。
だけど、自分勝手な都合で私を陥れ、罪を被せようとしていたのだ。
絶対に、許したりはしない。
絶対に、逃したりもしない。
「どうしたんですか? 教えて下さい。あるんですよね、証言と証拠が。そう仰っていたじゃないですか」
レイは苦い表情になりながら私を睨む。
そして次の瞬間、とんでもない事を言い始めた。
「デ、デタラメだ! お前の話は全部嘘だ! 巧妙な偽装がされているんだ!」
「はぁ……?」
ローズが留学していたというのは、偽装である。
レイはそんなことを言い始めた。
何を言っているのだろうか。
偽装なんて、できるわけが無い。
ローズが留学していたという記録は王家にも、役所にも、公爵家にもあるし、何なら留学先にまである。
役所や公爵家の書類はまだしも、王家や他国の書類なんて改ざんのしようがないし、出来るわけがない。
「デタラメを言っているのはあなたでしょう。私が留学していたという記録は王家や他国にもあるんですよ?」
「黙れ! お前の言葉は信じない!」
「信じる信じないではありません。私が留学してたのは事実です」
「だから、それはデタラメだ!」
「私が留学していたことは、それこそ証拠も証言も沢山あります。あなたの言っていることとは違って」
ローズは皮肉交じりにレイにそう言った。
「ぐっ……!」
レイは悔しそうに歯ぎしりをする。
そしてどうにかしてローズを言い負かそうと考え始めた。
「そうか……分かったぞ!」
レイは何かを閃いたのか、顔を上げた。
そしてレイはローズを指差した。
「お前は我が王家にも他国にもスパイを潜り込ませ、書類を改ざんしているんだ!」
「……は?」
ローズはレイの言葉に呆れるほか無かった。
そんな事を言い出したら、何でもありになってしまう。
「はぁ……」
大きなため息が出る。
ローズが頭に手を当てていると、レイは勝ち誇ったかのようにローズを見て笑顔になった。
そしてとんでもない事を言い始めた。
「反論できないようだな! やっぱりそうなんだろう! お前は全て改竄していたんだ!」
「はぁ……?」
反論できないのではなく、呆れて言葉が出ないだけだ。
レイはローズの揚げ足を取って、どうにか形勢を逆転させようと必死になりすぎるあまり、自分が何を言っているのか分かっていないようだ。
「そうだ! そうなんだろう!」
最初はローズに責めるような視線を向けていた周囲の生徒も、今はレイをかわいそうなものを見る目で見つめている。
「レイ様。あなたの言っていることは、もはや陰謀論です……」
「それも反論になっていないぞ! やっぱりお前はスパイを潜り込ませていたんだ! そうだろう!」
ローズはレイの余りにも子供っぽい振る舞いに頭痛がしてきた。
どう言ったらレイの揚げ足取りが収まるのだろうか。
その時だった。
「レイ様!」
レイの取り巻きの一人の男子生徒が、慌てた様子でやって来た。
「国王様がレイ様をお呼びです!」
「は? 何だと……!?」
レイはまさか国王からの呼び出しがかかるとは思っていなかったのか、驚いていた。
ローズは同様に驚いていた。
まさかもうレイが騒動を起こしていることを聞きつけたのだろうか?
「至急王宮まで来るように、とのことです! ローズ様とナタリー様にも招集命令が届いています!」
「チッ」
レイは舌打ちをする。
「まぁいい……父上に俺の正しさを認めさせてやる。行こう、ナタリー」
レイはローズを睨みつけると、ナタリーの手を引き、教室から出ていく。
「ふぅ……」
ローズは安堵のため息を吐いた。
レイはもうおかしくなっている。
あのまま話を続けていたら、どんな目に遭うか分からなかった。
ローズはタイミング良く助けてくれた国王に感謝しながら教室を出て、王宮へ向かった。
***
王宮にやって来た。
ローズはレイ達よりも遅れて国王が待つ部屋へと入った。
部屋の中にはすでに国王とレイとナタリーが待っていた。
国王は目を閉じて、口を閉していたがローズが来ると目を開き、着席を促した。
「座ってくれ」
「はい」
ローズは椅子へと座る。
「それで、何があったんだ?」
「ローズがナタリーを虐めていたのです!」
レイがすかさず国王に告げる。
全くの嘘を。
レイはローズに一言も発させないことで、押し通そうとしていた。
ナタリーは不安そうにレイを見ている。
「ほう」
国王はレイの話を聞く姿勢に入った。
ただ公平に話を聞こうとしているだけだったが、それをレイは自分の味方をしていると勘違いし、まくしたてる。
ローズは黙ってそれを見ていた。
「ローズはひどい仕打ちをナタリーにしていました。俺とナタリーの仲に嫉妬していたからです! これは到底許されることではありません」
レイはローズを指差す。
「今すぐにでも罰を下し、牢屋に閉じ込めるべきです!」
「そうか」
国王は無感情に相槌を打つ。
「どうですか、父上!」
「レイ。ローズがそのナタリーを虐めていたという話だが、ローズは先日まで留学していたはずだ」
勿論、国王もローズが留学していたことは知っているので、レイの嘘の矛盾点を指摘する。
「っ……!」
レイは焦る。
国王は自分の味方をしているので話を合わせてくれると思っていたからだ。
「留学していたのに虐める、なんて出来るわけがない」
「そ、それは、ローズは留学していたと見せかけ、書類を偽造して国内に留まっていたんです!」
そしてレイは国王にとんでもない事を言い始めた。
「……書類を偽造した?」
「そうです! ローズは王家にスパイを潜り込ませ、書類を偽造し、留学したフリをしていたのです!」
レイの荒唐無稽な話を、国王は否定する。
「あり得ない。留学したという事実は他国にも存在している。証人も沢山いる」
「それすらもローズが買収をしたスパイなのです! それなら説明がつくでしょう!」
「……」
そんな事は現実的に考えて不可能なのに、レイは「これしかない!」と自信満々な様子だった。
無茶苦茶な理論を組み立てるレイに対して、国王はもはや頭を抱えていた。
そして呆れた目でレイを見る。
「……レイ。お前は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「え?」
レイは首を傾げる。
国王はレイへため息を吐きながら説明する。
「お前が言っているのは、公爵家に対する宣戦布告に等しいんだぞ」
「私が責めているのはローズだけですが?」
レイは国王の言葉の意味を理解していないようだった。
ますます国王の表情に落胆の色が濃くなる。
それを見てレイは拳を握りしめた。
「いいか、お前が言っているのは『ローズが王家や他国にもスパイを潜り込ませている』という内容だ。こんなもの、公爵家自体に言いがかりをつけているのと一緒だろう。──お前は内戦でも起こすつもりか?」
国王は低い声でレイに質問する。
レイはその視線と圧、そして『内戦』という言葉に押され、たじろぎながら答えた。
「そ、そんなつもりは……」
「お前がどうであれ、そう受け取られる。そんな事も分からないのか、お前は」
「……」
黙っているレイを見て、国王は呆れたように首を振った。
「話にならんな」
レイは悔しそうな表情で俯く。
「それに勘違いしているようだが」
国王は最後に付け加えた。
「国王である私が留学している、と知っているのだから、そもそもお前がどれほど作り話をしたところで無駄だぞ?」
「えっ……?」
「いや、ローズが無実であることは私自身が知っているのに、先程からスパイだの何だの、何を言っているんだお前は?」
その通りだった。
国王自身が私の無実を知っているのに、作り話で誤魔化される訳がない。
「い、いや……」
レイは動揺し始めた。
「当たり前だろう。留学を承認したのは私なんだ。真実を知っているし、お前がいくら作り話をしても騙される訳がないだろう」
「じゃ、じゃあ! 書類の偽造は無かったことにします! ローズは留学したと父上に見せかけ、国内にいたのです!」
「はぁ……そんな簡単に無かったことに出来るわけが無いだろう。お前は自分が何を言ったか自覚がないのか? 今さっき説明しただろう」
公爵家に対する宣戦布告に近い言葉を私に吐き、それを簡単に「無かったことにします!」と言うレイに対して、国王は頭を抱えた。
「どうですか父上! これなら矛盾は無いでしょう!」
しかしレイは自覚が無いようで、国王に質問していた。
「……まだ勘違いしているようだな」
国王は残念そうに頭を振る。
「国王である私が「ローズは留学している」と言ったら、留学しているのだ。お前の話に関係無く、な」
国王の言葉は絶対。
その国王が「ローズは留学している」と認めているのだから、レイが仮にどんな真実を出してきても、私は留学していたことになる。
国王が言っているのはそういう事だった。
「こんなことも分からないとは……もう駄目かもしれんな」
国王は小さく呟く。
その言葉を聞いて、レイの隣に座っている人物が急に声を張り上げた。
「わ、私が証言します! 私はローズ様に虐められていません! レイ王子が勝手に言い出しただけです!」
急に話し出したのはナタリーだった。
元々、ナタリーはレイにはお金目当てで近づいた。
王子であるレイと結婚すれば、私は王妃になり、贅沢三昧の日々を送ることが出来る。
その為、ナタリーはレイと少しずつ距離を詰めていった。
偶然を装いレイと曲がり角でぶつかったり、レイの前でわざとハンカチを落としたりとレイに自然に近づいていった。
その結果、ナタリーはレイと親しい関係になることができた。
それからはレイの悩みを聞きだし、レイの欲しい言葉を投げかけ、レイの好感度を上げていった。
そしてレイがナタリーに好意を寄せてきた段階で、ナタリーはレイを誘惑した。
レイはすぐにナタリーに落ちた。
元々、婚約者であるローズとは疎遠になっており、堅苦しい関係に飽き飽きしていたレイは、ナタリーという理解者にどっぷりと浸かった。
レイはナタリーを深く愛し、周囲に「これが真実の愛なんだ!」と喧伝するようにもなった。
だが、恋人関係になったはいいものの、ローズというライバルには手を焼いていた。
相手は公爵家であり、簡単には手を出せない。
しかし、レイとこれから結婚するためにはローズの存在は邪魔だった。
だから、ナタリーはレイに『お願い』をした。
「レイ様。私、レイ様と本当の恋人関係になりたいですっ!」
レイはあっさり『ローズに冤罪をかけて婚約破棄する!』と言い出した。
ナタリーは上機嫌だった。
王子であるレイが直々にローズへ冤罪をかけてくれるなら、失敗は無いだろう。
しかし、実際はレイのやり口は驚くほど杜撰だった。
しかもローズが留学していたことすら知らなかったらしい。
ナタリーは心配になった。
もしかしたら、レイはとんでもなくバカなのではないか、と。
王宮に来るときもずっと「これで大丈夫なのだろうか?」と自問していた。
だが、王宮へ来てもレイの行動は支離滅裂な言動で国王に訴えていただけだった。
ナタリーは焦った。
ようやくここまで来たのに、このままでは玉の輿どころか、処罰すらもあり得る。
そして現在、今正にレイは王子としての立場を失いかけていた。
ナタリーは居ても立っても居られず、国王の許可すらもなく、話し始めた。
レイを切り捨てるために。
「わ、私が証言します! 私はローズ様に虐められていません! レイ王子が勝手に言い出しただけです!」
自分だけは、助かるために。
もうレイに未来はない。
そう判断したナタリーはレイを見捨てることにした。
「わ、私本当は虐められていません! レイ様が勝手に私が虐められたことにしたんです!」
ナタリーの突然の暴露に一同は驚く。
「は、はぁ!?」
その中でもレイは一番驚いていた。
味方だったはずのナタリーに手の平を返されたからだ。
「私が虐められたということにしたのはレイ様の独断です! 私はローズ様に冤罪をかけるつもりはありませんでした!」
嘘は言っていなかった。
確かに、ナタリーが虐められたことにしてローズに冤罪をかけたのはレイが仕組んだことだ。
しかし、ローズを排除するように仕向けたのはナタリー自身だった。
ナタリーは自分の不都合になるため、そのことは言わずにレイの責任だけを強調する。
「お、おい! ちょっと待て! 何を言っているんだ!」
レイがナタリーを止めようとするが、ナタリーはレイを無視して話し続ける。
「冤罪をかけようと仕組んだのは、全てレイ様です! 私は悪くありません!」
(このままだと絶対にコイツは王子の地位を追われる! そうなると私も破滅だわ! 私だけでも何とかして逃げないと……!)
ナタリーは必死に自分の無実を訴える。
この時点で、レイはナタリーの思惑に気づいた。
そして烈火のごとく怒り、ナタリーを怒鳴りつける。
「お前、ふざけるなよナタリー! 俺が今までどれだけお前のために目をかけてやったと思ってるんだ!」
今更になって自分だけ罪を逃れようとするナタリーにレイは怒りをぶつける。
「お前には大金を使ってやったのに、手の平を返して俺を見捨てるつもりか!」
「勝手なこと言わないで! あんたが全部悪いんでしょ! こうなったのはあんたのせいなんだから!」
ナタリーもレイへ怒鳴り返す。
もはや部屋の中の状況はカオスになっていた。
「大体、あんたが任せろって言うから任せたのに、何よこの体たらくは! 自滅するなら勝手に自分だけでやってよ! 私を巻き込まないで!」
「ナタリー! お前がそんな奴だとは思わなかった! このクズが!」
「ハッ! あんただって私のことを自分を肯定してくれる都合のいい道具として扱ってたくせに!」
「男爵家なんて下級貴族のお前が出来るのはそれくらいだろ! 金を出してやってるんだからそれぐらいやれよ!」
「もうあんたは金を出せなくなるでしょ! これから王子の地位を追われるんだから! お金を持ってないあんたなんか見捨てるに決まってるでしょ!」
「ナタリーッ! お前ぇっ!」
レイとナタリーは醜く罵倒し合う。
「黙れ」
国王が二人を制止した。
底冷えのするような声は小心者の二人を黙らせるには十分だった。
「私を無視して話すとはお前たちはいつからそんなに偉くなったんだ?」
「……申し訳ありません」
「特にナタリー。私はお前に発言権を与えていない。これ以上騒ぐようなら罰を下すということを覚えておけ」
「あっ……」
その時ようやくナタリーは自分が王族に対して不敬をはたらいていたことに気づいたのか、顔を真っ青にしていた。
「それに勘違いしているようだが、自分は手を下していない? そんな訳ないだろう。レイの行動を黙って見ていたくせに、都合が悪ければ自分が悪くない、なんて通じると思ったか? お前も同罪だ。覚悟しておけ」
「……」
ナタリーは正論を言われ、言い返すことが出来なかった。
同時に自分の未来を理解し、絶望した。
もう逃げることは出来ないのだ、と。
「それで、レイについてだが先に結論を出す」
国王はレイに向き直った。
「レイ、お前は──処刑することになるだろう」
「は? 処刑……」
レイは国王の言った言葉をすぐには理解できなかった。
処刑? 誰を?
もしかして、自分を処刑しようとしているのか?
「ち、父上? 処刑ってどういう事ですか……?」
まさか肉親である国王から、処刑すると言われるとは考えていなかったレイは信じられない、といった様子で国王に質問する。
「言葉通りだ。お前は断頭台へと送る」
断頭台。
ここまでハッキリと言われれば誤魔化すことは出来ない。
国王は、レイを殺そうとしている。
「だ、断頭台っ!? 待ってください!」
レイは慌てて自分を断頭台へと送ろうとしている国王を止めようとする。
そしてその間に必死に何故自分が断頭台へと送られるのか考える。
何故だ。何故自分は処刑されなければならない?
自分はそれ程悪いことをしたのか?
「伝え方が悪かったな。もちろんいきなり処刑する訳ではない。お前に罰を与えたあとにケジメとして断頭台へと立ってもらう」
「何で俺が断頭台へと送られなければならないんですか! 何で……っ!」
「お前がしたことは、それ程のことだからだ」
「え……?」
レイは呆けた顔になった。
自分は処刑されるような事はしていないと思っていたからだ。
「当たり前だろう。婚約者に冤罪をかけるだけに飽き足らず、公爵家をスパイ呼ばわりし内戦を起こそうとしたお前が、何故生きていられると思うんだ」
「で、でもそれは反省して……」
「反省で済むような問題ではない」
ピシャリ、と国王は断言する。
「それに、お前を生かしておくと王家の総意と受け取られたら本当に内戦が起こるかもしれない。ケジメとしてお前には死んでもらう」
「い、嫌だ!」
レイは国王の言葉を否定する。
「どうか考え直してください! 俺は死にたくない!」
そしてレイはみっともなく国王に泣きつく。
先程まで威勢よくローズに冤罪をかけていた人間とは思えない。
「なぁ、レイよ。お前は今まで何をして来たんだ?」
「え?」
国王の意外な言葉にレイは顔を上げる。
「ただ王族として生きて来て、ローズのように厳しい王妃教育を受けた訳でもなく、学園では再三の注意を無視して勉学を放り投げ、挙げ句の果てには婚約者を陥れ、今まさに王家にも害を為そうとしている」
「……」
「お前がいるだけで、この国は大きな混乱に陥る。大勢の人間が死ぬかもしれない。お前が自分勝手に生きてきたせいで。そんなお前が何故このまま生きていられると思っているんだ?」
レイは反論できなかった。
今までぬくぬくと生きてきて、勉学にも励まず、冤罪を被せたのは事実だからだ。
「お前が最後に出来ることは断頭台へと立ち、国の平和に貢献することだけだ。それが王族としての最後の務めだ」
「そんな……っ!」
国王の冷たい宣言にレイは涙を流す。
「こうならない為の選択肢は今まで与えてきた。それを選ばなかったのは、お前自身だ」
国王はナタリーへと向き直る。
「さて、ナタリー。もちろんお前にも断頭台に立ってもらう。国家転覆を図った大罪人としてな」
「は、はぁっ!?」
ナタリーが大声をあげる。
「わ、私が大罪人で処刑!?」
「そうだ。お前は王子であるレイを誑かし、王家と公爵家が争うように仕向けた。」
「違っ、それは──」
ナタリーは否定しようとする。
自分にそんなつもりは無かった、と。
「だが、実際にレイを誑かしたのだろう? さっき自分でそう言っていたではないか」
「っ……」
ナタリーは言い返せなかった。
確かにさっき自分はレイに金銭目的で近づいたことを自白した。
カッとなってしてしまった言動をナタリーは今更になって後悔し始める。
言質はしっかりと取られている。
「それにお前の行動の結果、王家と公爵家が対立し、内戦一歩手前まで至っているのは事実だ」
確かにそうだ。
レイを誑かし、ローズと婚約解消するように誘導したことでこんな事態になった。
「つまりお前は国家転覆を図った大罪人だ。これだけの事をしておいて、なぜ処刑されないと思っているんだ?」
「冤罪です! 私は本当にローズ様に冤罪をかけようなんて思っていなくて……! こんなことになるとは思っていませんでした」
ナタリーは本当にこんな事になるとは思っていなかった。
そのことを国王に泣きながら訴える。
「黙れ」
国王はナタリーの言葉を遮る。
「人を陥れようとしたお前が、今になって話を聞いてもらえると思っているのか?」
「そんな……」
「それに結果が全てだ。お前がした事はこの国にとって大損害とも言える結果をもたらした。その責任は、自分で払え」
取り付く島もない言い方に、ナタリーはもう国王の決定は覆らないことを悟り、絶望した。
崩れ落ちたナタリーを尻目に、国王はローズに質問する。
「ローズ。さっきから私だけ話してしまって申し訳ない。処罰に関して何か言いたいことや要望があるなら教えてほしい」
「いえ、私が言いたいことは全て国王様が仰って下さいました。正直私が何を言っても響かなそうですので、国王様から仰って頂けて感謝しています。ただ……」
ローズには国王にまだ手伝ってほしい事があった。
「何かあるのか?」
国王はローズに質問する。
「レイ様の言葉では、私に冤罪をかけようとした協力者が複数人いるようです。それを探し出すのに協力して頂きたいと思います」
「分かった。元々王家の失態だ。協力は惜しまない。レイに拷問でも何でもして吐かせることにしよう」
「ご、拷問っ!?」
只ならぬ言葉にレイは大げさに驚く。
「そんな! 拷問なんてしてもいい──」
「黙れ。もう王子でなくなるお前がまともな扱いを受けられる訳がないだろう。拷問が嫌ならさっさと吐けばいい」
このままではまた騒ぎだしそうだったレイに国王は早めに釘を差す。
「私からの要望は以上です。これより詳細なことは父との話し合いで決めて頂きたいと思います」
「分かった」
国王は頷く。
そして暗い表情で俯くレイとナタリーに目を向けた。
「お前たちまだ居たのか。もう部屋から出ていけ。これ以上居られると邪魔だ」
国王はもう興味が無さそうにレイとナタリーを追い払った。
「っ……!」
(どうする……っ! どうすればいい!)
レイは必死に思考を巡らせていた。
自分が助かるために。
このまま何もしなければ国王の宣言通り、レイは断頭台へと立たされることになる。
それは嫌だった。
レイはまだ死にたくない。
(──逃げよう)
レイは心の中でそう決心した。
幸いにも国王は自分にもう興味を示しておらず、このまま部屋から出た瞬間に逃げようとしても即座には反応できないはずだ。
ただ、部屋の前に立っている衛兵は別だ。
どうにかして衛兵の注意を逸して逃げなければならない。
何か衛兵の注意を逸らせる物は無いか。
レイは辺りを見渡していると、あるものを発見した。
それは隣に立つナタリーだった。
(そうだ! こいつを囮にすればいい! 俺がこうなったのも全部コイツのせいなんだから!)
ただ、レイの中にはナタリーを囮として使うことに罪悪感もあった。
そのため、レイは自分の中でナタリーを使い捨てるための正当性を作り上げていく。
ナタリーは最低の人間だ。
今までねだった物は買ってやり、王子である自分と恋人であることを許してやっていたのに、少しでも自分が形勢不利と見た瞬間に自分を捨てようとした。
結果として自分はこんな状況になってしまった。
そもそも、ナタリーが変なことを言わなければ多少ピンチでも切り抜けることが出来たのだ。
(そうだ。俺は悪くない。悪くない!)
だから、コレを使い捨てても大丈夫。
レイはナタリーを見捨てる覚悟を決めた。
そして部屋の外に出たレイは、ナタリーの足をかけ転ばそうとして──
ナタリーに腕を掴まれた。
「は?」
ナタリーの予想外の行動にレイは声を漏らす。
何故ナタリーは自分の腕を掴んでいるんだ?
それも強い力で。
レイはナタリーの顔を見る。
ナタリーは笑みを浮かべていた。
今まで見たことの無い、汚い笑みを。
「私だけ地獄に落ちるなんて、そんなの許すわけ無いでしょ?」
「っ! 離せ!」
レイはナタリーの狙いを悟った。
ナタリーはレイを道連れにするつもりなのだ。
レイは衛兵にバレないように小声でナタリーの手を引き剥がそうとする。
一刻も早く逃げなければいつ国王の注意がこちらに戻るのかわからないのに、こんな所で足止めを食らうわけにはいかない。
だが中々ナタリーの手を振りほどく事は出来ない。
レイはナタリーを説得することにした。
「分かった! 離したら金をやる! 俺の全財産を渡してもいい! だから離せ!」
「はっ! どうせ死ぬのに金なんて要らないわよ」
「何で俺の邪魔をするんだ!」
「そんなの決まってるでしょ。私は逃げられないからよ。男爵家の私じゃ絶対に国王からは逃げ切れない。だからあんたは絶対に道連れにするわ!」
そしてナタリーは近くの衛兵に向かって叫んだ。
「この人が逃げようとしています!」
「何っ!?」
衛兵はナタリーの言葉を聞きつけ、レイを見る。
レイはナタリーの拘束を振りほどこうとしており、見ようによっては逃げようとしている様にも見えた。
「捕まえろ!」
衛兵は急いでレイを拘束する。
レイはナタリーを睨みつけた。
「ナタリーッ! お前っ!」
「あはははっ! いい気味ね! 私を囮にしようとした罰よ!」
ケタケタと笑うナタリーにレイは憎悪を燃やす。
そしてナタリーも衛兵に拘束される。
二人は牢屋へと連れて行かれた。
***
「クソッ!」
レイは牢屋の鉄格子を蹴りつける。
しかしどんなに屈強な犯罪者が壊そうとしても壊れないように取り付けられた鉄格子は、当然レイの力では壊れない。
「こうなったのは全部お前のせいだ!」
レイは一緒の牢屋に入っているナタリーを睨みつけた。
レイとナタリーは同じ牢屋に入れられていた。
国王から特に指示が無かったので共犯者は同じ牢屋に入れるという慣習に従い、二人は同じ牢屋に入れられていた。
「……」
ナタリーは俯いて黙っている。
ナタリーの顔にはいくつかの痣があった。
レイに殴られた痕だ。
ナタリーは牢屋に入れられたあと、怒り狂ったレイに暴力を振るわれていた。
「何とか言えよ!」
レイはナタリーの胸ぐらをつかみあげて怒鳴る。
「……」
ナタリーは答えない。
何を言っても暴力を振るわれることが分かっているからだ。
「そもそもお前が全部悪いんだ! 俺は最初からお前に騙されていたせいで破滅する羽目になったんだ!」
レイは自分のしてきたことを棚に上げてナタリーを責める。
ナタリーは最早そんなレイに呆れ果てたのと、文句を言っても暴力を振るわれることから黙っている。
「お前だ! お前が全部悪いんだ! 俺は悪くない!」
そしてレイはナタリーに全ての責任を押し付け、現実逃避をし始めた。
ナタリーはレイが静かになるのをじっと耐えていた。
「レイ様」
その時、牢屋の前にローズが現れた。
「ローズっ!?」
レイは突然ローズが訪れたことに驚いた。
「何でここに……!」
「もう国王様との話し合いは終わりましたから。捕まったあなたを一目見ようと思いまして」
ローズはレイ見てクスクスと笑う。
ローズに冤罪をかけようとしたレイが、逆に今は牢屋に入っていることに。
「っ! 俺は見世物じゃない!」
レイはローズへ怒鳴る。
「そもそも俺は悪くないんだ! ただ騙されただけなんだ! この女にな!」
レイはナタリーを指差す。
「コイツが俺を唆して罠に嵌めたんだ! 俺は無実なんだ! 今すぐにこの牢屋から出されるべきだ!」
無茶苦茶な話だった。
もうすでにレイの頭の中では今までの話は改ざんされ、都合のいいストーリーになっているのだろう。
「ローズ! 今からでもいい! ここから出してくれ! 出してくれたら何でもしてやるから!」
そしてレイは鉄格子にしがみつき、ローズへ懇願した。
「哀れなレイ様」
ローズはレイの頬を両手で包む。
その表情は哀れみに満ちていて、レイは「いける!」と確信した。
「ローズ……! やっぱりお前はわかってくれるんだな! さぁ、ここから出してくれ!」
「確かに、私にもあなたには婚約者としての情はあります」
レイはローズの言葉に目を輝かせた。
「っ! なら!」
「だけど、それはもう過去の話です」
「え?」
「あなたに情なんてあるわけ無いでしょう! このっ! クズ男!」
ローズはレイの顔面に拳を入れた。
ボコッ! と大きな音が牢屋の中に響いた。
「がっ!」
顔面を思いっきり殴られたレイは顔をおさえる。
顔にはくっきりと拳の痕が残っていた。
「なっ、何をするんだ! 俺は王族だぞっ!」
痛みを堪え、レイはローズへと怒鳴った。
ローズはそれを鼻で笑う。
「もうあなたは王族ではありませんよ? いつまで地位にしがみついているんですか」
「っ……!」
レイは言い返そうとするが、ローズの言っていることは事実。
もうレイは王族ですら無い、ただの罪人なのだ。
王族としての地位を振りかざしたところで滑稽でしかないだろう。
「それにしてもずっと我慢してきた気持ちを解放できてスッキリしました。今まであなたが王子だから浮気されても、酷い態度を取られても我慢するしかありませんでしたが、ようやく復讐できます」
ローズはずっと堪えていた。
レイが浮気している時も、冤罪をかけられているときも怒鳴りつけたい気持ちを必死に押し殺していた。
いつかレイが自滅することが分かっていたからだ。
だからこそ、ローズはじっとレイが自滅するまで耐え忍んでいた。
「ああそれと、何やら勘違いしているようですが」
ローズは思い出したように付け足す。
「今こうなっているのは全部あなたの責任です。他人に擦り付けるのはみっともないですよ」
「なっ!? 違う! 俺は悪くないんだ! ふざけるな! デタラメを言うな!」
「それではさようなら。罪人さん」
「待て! 俺の話を聞け!」
ローズはレイの言葉を無視して牢屋から出ていった。
***
そして一週間後、レイとナタリーの処刑が実行された。
ローズの家であるブライト家は王家から多大な慰謝料と賠償金を貰った。
そしてローズの要請から王家よりローズの名誉回復が行われ、国中に広く真実が知られることとなった。
その結果レイとナタリーはローズを陥れた犯人として周知され、国の恥として語られることとなった。
また、はじめにローズに批判的な目線を浴びせていた人間もローズにより特定され、直接的な罰は無かったものの、後に国の中枢を握るブライト家に冷遇されるようになった。
この事件により、王家はブライト家に付け入る隙を与え、様々な場面で政治の実権を握られた。
ローズは父の跡を継ぎ、女性としては異例のブライト家の当主に就いたあと、他国に留学していた経験や、その時に作ったコネで国の統治を安定させた。
結果として国は王家が統治していた時よりも安定し、また国民は豊かになったため、ローズは類稀なる優秀な指導者として後世まで語り継がれることとなった。
現在連載中の、『魔法卿と竜の花嫁 〜女嫌いで有名な辺境伯様に使用人として雇われたと思ったら実は婚約者でした〜』もご一緒に如何でしょうか!
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