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最後のページには

 旅は良いものだなとつくづく思った。胸を張って構えている固定観念を打ち砕き、そこには新たに柔軟性を兼ね備えた軸が建設される。


「今を楽しめ。」


 彼らの言葉がもう一度僕の耳にこだました。大男の寝息がさっきまで聞こえていたのだが、どうやら虫の音で中和されているらしい。


 過去にとらわれず、勝手に予測した未来におびえず、今を生きる。


 過去……未来……


 僕は鞄の中から付箋を探した。こちらに飛ばされる前にちょっとだけ整理していたから、簡単に見つかった。


 付箋は2枚入っていた。どうやら残りの1枚は家に置いてきてしまったらしい。2枚とも少しだけ角がちぎれてしまっている。だけど効果は十分だろう。それぞれの付箋にこう書いてあった。



「明日、僕は、永く眠る」



「今から3分後、僕は知らない世界を見る為に、旅に出る」



――1枚目の付箋に書き込んだのは、弟が死んだ夜だった。

 僕はどうして良いのか分からなかった。

 唯一心を許していた存在。

 唯一本気の笑顔を見せることが出来た存在。

 それだけで、僕たちは一緒にいなくてはならないはずなのだ。

 その夜に、もう死にたかった。もう、枯れるほど泣いた後の決断。僕らは、一心同体だったのに。

 それでもやはり、死は怖い。だから、数分だけ時間をおくれ、弟よ。

 明日僕は死のう。僕は力強く、付箋に書き込んだ。

「明日、僕は、永く眠る」

 その時、時計は0時00分だった。

 弟が意地悪をしたのかもしれない。

 弟が僕にくれた24時間 ――


 だけど、時差のせいで、それはもっと短くなりそうだ。


 僕はもう一度思い出してしまう。思い出してしまったものはしょうがない。そっと包んで、またしまっておこう。これで泣くのは最後だから。


 あぁ、弟よ。今頃、何をしているだろう。僕を天から見守っているのだろうか。僕を歓迎するために、おいしいご飯でも用意してくれているのだろうか。もしかしたら、僕に腹を立てているかもしれない。弟の元に行きたいと望んだあまり、こんな自分勝手な願いを付箋に書いてしまったことに激怒しているのかな。


 どうして、あなたは急にいなくなってしまったのでしょうか。学校でのいじめ、と聞いております。どうして、僕が帰省しているときに相談してくれなかったのでしょうか。どうしてもっと早く親に相談してくれなかったのでしょうか。


 今でも、あなたと紡いだ少年時代、特に幼少期の思い出がありありと目の前に浮かんできます。休日だというのにお母さんとお父さんがなかなか帰ってこない、そんな日に神社を探検してみたり、2人で初めて電車に乗って、よく分からない町のお祭りに行ったりしたこと。あのときの切符の湿り具合は、今も手に残っています。


 これから僕はそちらに伺います。そしたらまた、2人で笑い合いましょうね。


 "ただ今、不発弾の処理完了"



 僕は、誕生日プレゼントとして弟からもらったこのシャーペンで、そう最後のページに記した。


('あなた'と一緒にそちらにウカガイマス)


 僕はシャーペンと時計だけを持ち、大男の家を出た。僕が起きなかったらきっと村の人に迷惑をかけてしまうだろう。




 セーターを着てきて正解だな、とおもわせる程に、風は北風。月は冷笑。


 胸は高く空に向き、開いている。まぶしすぎない月光を瞳に受け、僕は歩いて行った。あてなんてない。ただ、今を生きている、それだけだ。


 死ぬまでの時間を無限に小さくスライドしたとき、その厚みが「今」の厚さなら、僕は永遠に生きていることになりそうか。


 時間を確認する。


 23時50分


 僕は時計を遠くに投げた後で、隣に寄り添っている木の根に腰を下ろした。


 付箋に書いてしまったことは、未来に確定する。ただ、あくまでもそれは未来。


 僕は今までとは違うんだ。知っている。未来のことなんて誰にも分からない。


 あぁ、ちょっとだけ、悲しくなってきたな。ちょっとだけ怖くもなってきた。オドリドキでも歌ってみようか。


「♪海のうえまでからすを連れて 懐かしい友へ便りを届け


 山の中では迷い迷われ こんがりとした葉には 歴史を刻もう


 もう俺たちは戻れない 夢かうつつか どっちでも良いんだ 


 俺たちは笑っている その事実だけでもう踊ってしまえ



 さぁ オドリドキよ 明日なんてあるかも分からないから踊ろう


 さぁ オドリドキ夜 昨日のことなんてどうしようもないからさ


 今に全てを捧げよう 五感も 感性も 夢も


 そして どこまでも届けようこの唄を………… ♪」


 このアニメの作者は、世界的に有名なマンガを生み出す構想段階でこの町に訪れていたのかもしれない。それとも、アニメ「ミラクルビバレッジ」は、こんな辺鄙な所にある村にまで旅をしていたというのだろうか。「オドリドキ」を添えて。


 ふふふっ、僕とおんなじだな。改めて旅は心地良い。


 心臓がどうやら温かくなってきた。弟がぎゅっと握っているのかもしれない。弟の体温が感じられる。


 さぁ、明日も是非村の人たちと踊りまくろう。「ミラクルビバレッジ」の話題で盛り上がろう。





 ―― しかし、そんなことを無視するかのごとく、抗いようがない重さで熱が身体を侵食してくる。

 

 それじゃあそっと瞳を閉じてみよう。


――――風は北風  月は冷笑  時々、真空は鳴り


 静かなる紫黒の夜の下にて、誰かが林檎を摘み取る音が一つ、こだましたという

                               

                                



                                                               □■□■□

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