小さな村からの処方箋
途方もなく広い砂漠に、何かの希望を見いだすかのごとく、エメラルドを撒いていく。腹が鳴ってはパラパラ、パラパラ。喉が渇けどパラパラ、パラパラ。
僕にとって、この食事会はそういうふうに見えた。その行動に重大な意味を持たせるか、みすぼらしい抵抗だと嘲笑うか。人によってそれぞれだろう。ただ、ここにいる僕を除いた全員が、大小の差こそあれ、意味を持たせているように見えてならない。それも、積極的な意味を、生得的に。
「君が絶望的に広い砂漠を歩いているとするだろう? どうしようもなく辛いだろう、苦しいだろう、身体が痛いだろう。もしかしたらそのまま……なんてことを思ってしまうかもしれない。
けど、ほら、手に持ってるエメラルドを撒いてごらん。こんなおかしなことをしている自分がおかしくて笑ってしまうにちがいない。それでいい。後ろを振り返れば分かることだが、君が歩いている道は輝いている。まるで希望しかないかのように見えるだろうね。さらにそれをおもってまた笑うかもしれない。しかもほら、偶然砂漠に誰かいれば、その人は絶対エメラルドを回収しながら君を見つけてくれるんだよ。多分笑いながら。そして見つかった君は、今度は安堵の笑みを漏らすんだ。それにだ、そんな地獄のような砂漠でエメラルドに気がつける人は、きっと自分の足下にも気を配れるほど心に余裕がある人に違いない。そんな人と出会えるんだよ。」
どこで採れたのかよく分からない木の実のスープを口に含みながら、彼らはそう答えた。
この先幾度となく干ばつによる不作、貧困による飢饉や生活水準の低下、死に至らしめるような疫病に見舞われることだろう。少なくとも、僕の住んでいる街に比べて、格段にそうなる可能性が高い。しかしどうやらそんな心配事は、今の幸せには勝まさらないらしい。
そして彼らを見ていると、彼らの思考が垣間見れる。
「今を楽しめ。」
忘れがちではあるものの生物の本質をつかんでいそうな言葉。彼らは、遠いこの国から、更にへんぴなところにある小さな村から、人間の深層的な部分を鋭利なナイフ刺してくるかのような文明の発展と、どう付き合っていくべきかの心の持ち方なりを思いがけず提供してくれている。
「お口に合わなかったかい?」
そんなことを思っていた僕に突として左に座っている女の人が声を掛け、僕は少し狼狽した。それよりも果たして、おいしくないと言わんばかりの表情を僕はしていただろうか。頭の中で、自分の顔をチェックする。
眉毛、ちょっと上に上がってたな。
鼻、別に膨らましてなんかいない。
口、こいつは機械のように決まった動きしかしない。
頬、かわいく膨らんでいる。押してみようか。
そして
目、僕の目は黒ずんでなんかいない。むしろ暖色を帯び始めているようにさえ思い始めている。
結論は出た。
「そんな、とてもおいしいですよ。ほら、僕の顔、おいしいって物語ってるでしょう?」
「そうかえ。よかったよかった。いや、なんか全然話掛けてくれないからさぁ。それにどんよりしとったわぁ。あぁ、こんなこと言うのは失礼なんだけど。」
「いえいえ、僕ってほら、もともと顔が暗いんですよ。なにか対策ありますかね? 明るい顔してたらもっと友達できると思うんですよね……」
しかし、僕はそんなに静かにどんよりとしていただろうか。確かに、大学に入学してから人と会話を交わす機会が極端に減った。話し方やペースを再構築しなければならない分、寡黙だったかもしれない。
もっと言うと、自分の本当の性格が分からなくなっていた。近頃人と話す機会がなさ過ぎるあまり、僕は自分を1人が好きな不思議ちゃんとか、根暗な陰キャとか、いろいろ言葉を換えて、ぽっかり空いたピースに当てはめようとしてきた。自分のことは少なくとも自分が分かってやらないとだめだと思っているのだ。けれども、なかなかしっくりくるピースが見つからない。作ったピースに合わせて、開いたスペースの形の方を変えてみようとしたことだってある。しかし、それは余計に……。
それでも最初食事に誘われたときは、やっと不安や悩み事を外へと解放し消化を手伝ってもらえると方向がしっかりと定まった上に、あれほどの興奮湧いてきたのだが、どうしてどんよりとして静かな人間だと思わせてしまったのだろう。自分の思っている自分と、相手が見ている自分との間に、どうしようもないくらいに誤差があるとき、僕はまた自分が分からなくなり、ピース集めに走る。そして、いらだってしまうことが往々にしてある。
意識はしていないものの、頭のどこかに過去にとらわれ、勝手に自分が予測した未来の恐怖におびえているからだろうか。それこそ、純粋に今を楽しめていないからだろうか。
そんなことを思い始めていると、疑いようがなく確定している1つの過去に僕は再び遭遇した。これで何度目かはもう分からない。
2日前に確定した過去。実家に帰省した帰りに、僕の見えないところで確定していた過去。
"ただ今、不発弾静かなり"
ただ、一つ前とは違い、思考の深淵への転落を免れた。