最終話 蛇場見さんちは今日もにぎやか
それから三年。
アリスは日中ワンダーウォーカーで働き、夕方から高校に通うという生活をしている。
休憩時間には店の中にあるテーブルで教科書とノートを広げる。
今日も今日とて宿題をしていると、店の扉が開いて小さなお客様が駆け込んできた。
二月の冷気も一緒に吹き込んでくる。
「ミツキきたよー!」
初田家の娘、ミツキだ。
父親似のくせっ毛をツインテールにしていて、ウサギのぬいぐるみを抱っこしている。
「ミツキ、だめだよ。アリスさんのお勉強の邪魔しちゃ」
ミツキに続いてネルが入ってきて、すぐに娘を捕まえた。
椅子によじ登ろうとしていたのをとめられてしまったから、ご機嫌ナナメ。
「遊んでもらうのは、お勉強じゃないときにしよう。ね?」
「むぅ……」
むくれるミツキは、顔の雰囲気だけならどことなく初斗の要素があるけれど、表情がコロコロ変わるのはネルの要素が大きい。
ネルは椅子に座り、自分の膝にミツキを座らせた。
「アリスさん、邪魔してごめんね」
「べつにいいよ。ミツキはいつも元気だね」
「えへへー。アリスさん、ミツキげんき」
ほめられたと思ったのか、ミツキは満面の笑みだ。
「いらっしゃい、ネルちゃん、ミツキ。お茶飲む?」
「ありがとう、歩さん。いただきます」
「あゆむさん、ミツキのも」
「ええ。ミツキのもあるわよ」
歩が三人分のお茶を出してくれる。今日はレモンバーム。ミツキの分は大人の分より薄く、ぬるめにしてある。
「初斗は一緒じゃないの? 今日って休診日よね」
「にいさんは平也さんに会いに行ったの。月一の恒例」
「そう。昔は兄のこと大嫌いって言っていたから、そのことを考えると丸くなったわねえ」
平也は十七年の懲役が決まり、服役している。
初斗は月に一度、兄に面会して話をしているようだ。
長年嫌い合っていた兄弟だから、会話が成り立つか疑問なのだが、初斗いわく有意義な話ができているらしい。
お茶を飲みながら、ミツキはコテンと首をかしげる。
「パパはまるいの?」
「見た目丸くはないけど……そうねえ、なんて言えばミツキにわかりやすいかしら」
店の扉を開けて、コウキが入ってきた。
この三年で背が伸びて、顔つきもだんだん大人びてきている。
「こんにちは」
「いらっしゃいコウキ。今日は水曜よね。あんた、学校じゃないの?」
歩に聞かれ、コウキ上着をぬぎながら答える。
「今日は期末テストだったんだよ。就職先も決まってるし、これであとは卒業を待つだけ。あ、ネルさんとミツキちゃんも来てたんだね」
コウキが会釈すると、ミツキも笑顔で片手をあげる。
「ん。コウキおにーちゃん、うさたんいる?」
「ネルさんにあげなよ」
「まま、うさたんいる?」
「そうだね。もらおうかな」
歩はコウキの分のお茶も持ってきて、コウキは遠慮無く口をつける。
「さすがコウキ。テスト直後なのに余裕ねえ。追試の心配なんてしないでしょ」
「俺、ずっと主席だし。赤点とったことないから。アリスのとこは期末、明日からだよね。大丈夫そう? 前回は日本史が48点だったようだけど」
「うう、これだから秀才は! むりにきまってんじゃん。平氏源氏とか徳川家とか同じような名前の人多すぎなんだもん!」
アリスが頭をかきむしらんばかりの勢いで叫んだ。
ちなみに中間ではお犬様の令を出した将軍の名前を「家なんとか」、と書いてバツをつけられていた。
「全員が全員“家”って字がつくわけじゃないから。家系図見るとわかるよ」
「そこまで言うなら覚えているんだよね。家がつかない人」
「有名な人なら、秀忠、綱吉、吉宗だね。吉宗はドラマの暴れん坊将軍になってる」
即答されて、アリスはぐうの音もでなくなった。
夕方。時計を見ながら歩がアリスに声をかける。
「アリスちゃん、もうあがっていいわよ。電車の時間でしょ」
「ありがとう、今行く」
教科書や筆記用具が入っているのを確認して、アリスは鞄を背負う。
「いってらっしゃい。がんばってね」
「はい。いってきます!」
ここに来たばかりの日、ガリガリに痩せて食事もまともにできなかったアリスは、今では健康体になり普通の生活を送れるようになっている。
友だちと笑い合い、ときには喧嘩もする。
そして歩が作るまかないを食べて、美味しいねと言って笑い合う。
これまでも、これからも、アリスは歩と二人三脚であるいていく。
END





