第三十六話 お弁当と、それぞれの応援のかたち
受験当日の朝。
アリスはワンダーウォーカーに顔を出した。
歩がアリスのために弁当を用意していたのだ。
「いってらっしゃい、アリスちゃん。今日までたくさんがんばったんだから、努力の成果を見せてきなさい」
「はい。がんばります」
弁当を受け取って、アリスは受験会場である高校に向かった。
全日制と違って国語、数学、英語の三教科と特色検査だけど、それでも緊張はハンパじゃない。
なんたって中三の時に受けた高校受験が最後なのだ。成績トップクラスのコウキが受験勉強に付き合ってくれていたけれど、勉強から離れていた期間が長いからカンを取り戻すのにひいひい言っていた。
せっかく歩がくれたチャンス。きちんと合格したい。
最寄り駅に向かうと、改札のあたりにリナがいた。
プライベートで出かけるとき用のコートを着ているから、仕事ではない。
リナに高校受験するとだけメッセージを送っていたことを思い出す。
応援してほしいとは思わないけれど、受験が終わってから伝えたら「なぜ黙っていた」と騒ぎかねない。
邪魔するために来たわけではないだろうけれど、アリスは自分でも表情がこわばるのがわかった。
「……なに?」
「あら、駅は公共の場なんだから、私が使ってもいいはずでしょう。アリスには、使うなという権限はないはずよ」
ごもっともだけど腹が立つ。
「あ、そう。たまたまここにいただけならあたしもう行くね。試験に遅れたくないから」
「これをあげるわ。私には必要ないから」
アリスの話を無視して、リナは小さな紙袋を渡してさっさと立ち去った。
「なんなの一体……」
手のひらより大きいくらいの白い紙袋を開けてみると、中には鶴岡八幡宮の刺繍が入った学業成就お守りが入っていた。
頑張れとか落ちるなとかそういうことは一切言わず、お守りだけ押し付ける。
素直じゃないし、なんとも面倒くさい人だ。
くれたのがリナであっても、全国的に名のしれた神宮のお守りだ。
少しくらいご利益があるはず。
カバンにくくりつけて、改札をくぐった。
試験の会場にはアリスと同年代の人間、子育てが終わった世代の人、おばあさんと様々な人がいる。
高卒を目指そうとする大人が自分だけじゃないと改めて分かって、少しだけホッとした。
合格できたら、ここにいる何人がクラスメートになるんだろう。そう考えるとワクワクする。
同時に、年の近い誰かと恋をしたら。という歩の言葉も思い出した。
その夜から何度も考えて、アリスは気づいた。
歩を好きになっているということ。
出会った日から親身になってくれて、何なら食べられるのか本とにらめっこしながらまかないを作ってくれた。
そんなことしても、歩には何のメリットもないのに。
見返りを求めるでもなく、ただ自分がそうしたいからする。
歩の生き方そのものに惹かれていた。
もしも受験に受かったら、玉砕覚悟で気持ちを伝えたい。
自分の受験番号が貼られた席について、教師から受験に際する注意点の説明をうける。
鉛筆と消しゴムだけ机に載せて、今日まで勉強してきたこと、助けてくれたみんなの顔を思い浮かべる。
(うん。やれるだけのことをやろう。絶対合格して、ワンダーウォーカーの、歩さんの助けになりたい)
三つの教科を終える頃にはもう燃え尽きそうになっていた。
でもあと特色検査が残っている。
歩が用意してくれた弁当は食べやすいよう、小さい俵おにぎり三つと、ピックを刺したリンゴだった。おにぎりの中は梅干しと焼き鮭、ツナマヨ。梅干しは種を抜いておくという手の込み用だ。お腹いっぱいになると頭が働きにくくなるとかなんとか。
弁当が入っていた巾着袋には、折りたたまれたメモが入っていた。
広げてみると、それは応援の寄せ書き。
初斗、ネル、コウキ、礼美、蜻一おじいちゃん、八百屋のご夫婦にパン屋さん……
商店街のみんなから、思い思いの言葉が記されている。
こんな形で応援してくれるなんて。
目尻に浮かぶ涙を慌てて指先で拭う。
気合いを入れ直して最後の科目に挑んだ。
与えられた資料を読んで英語で作文を書く、地図を読み解く、などなど三教科とは違う方向性で冷や汗をかいた。英語に関しては歩が受験対策と称して英語で話しかけてきたりしていたから、なんとかなった。
参考書に向かうのは頭が痛くなるのに、日常で身についたことだとすんなり書けるのだから面白い。
あとは月末の結果発表を待つばかりだ。





