バレンタインの贈り物と、感謝のチョコフォンデュ③
「あたしには歩さんにしてもらったたくさんのこと、返せるもの、何もないから。だから、これは気を遣ったとかじゃない」
「アタシはお返しが欲しくて何かをしたことなんてないわ。だから返そうと思わなくていいの」
恩返しもいらない、無償の愛。慈愛。
何もいらないと言われても、アリスは返したかった。
もらったたくさんの、ひとかけらでもいいから。
この気持ちになんと名前をつけるのか、アリスは知らない。
「あたしが勝手に、返したいだけ。これはあたしのエゴ」
「そう」
歩はたぶん、アリスが抱えた複雑な気持ちを見透かしている。
見透かした上で何も言わない。
アリス自身が自分の心を理解できるまでは、たぶん口出ししない。
お昼になり、いつものように二人でキッチンに立つ。
ミルクパンに牛乳をそそぎ、ごく弱い火で温める。セットに入っている細かなチョコを少しずつ溶かしこむ。ダマにならないよう、丁寧にシリコンのヘラでのばす。
冷蔵庫に入れておいたカットフルーツを皿に盛り、フルーツピックをさしておく。
バゲットも一口サイズに切り分ける。
「さ、チョコが固まらないうちに食べましょう」
「うん」
イチゴにキウイフルーツ、バナナ。
それぞれ好きにさしてチョコをつけて食べる。
「おいしい!!」
「ふふ。たまにはいいわねぇ。疲れた脳に糖分がしみるわー」
「またそんな、おじいちゃんみたいな発言を」
喜んでもらえて嬉しいけれど、言いたかったことの半分も伝えられなかったのがなんだか悔しい。
「アリスちゃんは最近たくさん勉強をがんばったから、受かるわ。応援しているからね」
「……ありがとう、歩さん」
「きっとアリスちゃんくらいの年齢の人も何人もいるわ。いい友達見つけて、いい男捕まえなさいね。アリスちゃんはいい子だからモテるわよー」
応援してもらえて嬉しいのに。
これから知り合うかもしれない同世代の男と付き合えと言われたような気がして、ずんと胸が重くなる。
なぜそんな気持ちになるのか、わからなくて、アリスは考えを振り払い、次のイチゴに手を伸ばした。





