第四話 小腹がすいたら、焼きリンゴを①
午後三時をまわり、客足が落ち着いてきたところで十代半ばの少年と、三十代くらいの女性が入ってきた。
少年は店内をぐるりと見回し、歩とアリスを見て破顔する。
「こんにちは、店長さん、アリス。今日は母さんと来たよ」
「あら、いらっしゃいコウキ。お母さんも、ゆっくり見ていってね」
「おじゃまします」
コウキは最近ワンダーウォーカーに来るようになった子だ。
意気揚々と母の手を引いて、お香の棚に直行する。
「ほら母さん。これ良さそうじゃない? 初田先生が、心を落ち着けるのにお香もいいって言ってたし、試してみようよ」
「いい香りね。この香炉もすごく落ち着いたデザインで素敵。近所にこんなにいい店があるなんて知らなかったわ」
コウキの母は香炉がお気に召したようで、陶器の香炉とアンティーク調の香炉、二つを見比べて悩んでいる。 アリスがアロマポットのセットを持ってくる。
「火気厳禁の賃貸もあるから、そういうところに住んでいる方には、火をつけるお香よりアロマオイルがオススメですよ。この香炉はコンセントにさすだけで使えます」
「そうなのね。教えてくれてありがとうアリスさん」
アリスの名札を見て、なにか思い出したように笑う。
「どうかしました?」
「いえ。帽子屋さんと眠りネズミさんのクリニックの向かいにアリスさんがいるなんて、なんだか面白いなと思って」
「あはは。そうですね。すごい偶然。そしたら歩さんも不思議の国の登場人物になるのかな」
「よくわかったわねアリスちゃん。蛇場見で歩だからジャバー、ウォーク。よく言われたわ。おかげで、学生時代についたあだ名がワンダーランドコンビ」
初田はハッター、蛇場見はジャバー。学生時代は名前をもじったあだ名がつきやすい。
歩は嫌いな名字をあだ名に使われて憤慨したが、初斗はどんなあだ名がついてもちっとも気にしていなかった。
「店長さんは蛇場見さんっていうんですね」
「うーん。名字で呼ばれるのは好きじゃないのよねぇ……。いかつくてダサいんだもの。もっとありふれた名字がよかったわ」
「私も、自分の名字は画数が多いしテストで不便だからあまり好きじゃなかったわ。真珠の珠に、妃で珠妃。名前だけは礼美ってありふれたものなんですけど」
礼美は空中に指で文字を書く。自分の名字が苦手仲間で、ちょっと親近感を覚える。
「ねえ母さん。お香、どれを買おう」
「そうね。コウキが欲しいものと私が欲しいもの、一つずつ買って試してみましょうか。香炉は、アリスさんが勧めてくれたこれを買いましょう」
「うん。じゃあ俺これにする。おいしそうな匂いがするから。お香のことも日記に書こう」
コウキはカモミールローマンを手にして、礼美はイランイランをかごに入れる。
礼美は店内を見て回り、夏物のストールも一枚購入した。
後半は12:00すぎに更新です。
アロマ、試してみたい方はエキナカ雑貨屋なんかでも売っているのでぜひに。アロマポットもコンセントにさす電気式、火をつけるタイプとあります。
アロマディフューザーだと加湿もできます。