第三十三話 受験勉強ラストスパート、ゲン担ぎのトンカツ①
今日も今日とて、コウキがワンダーウォーカーのテーブルで受験勉強をしている。
市立図書館はこのあたりからだと結構距離があるので、歩がここを勉強部屋にしていいと許可をしたのだ。
礼美のパート先もここから近いから、目が届く範囲にいれば礼美も安心できる。
アリスも仕事の合間に、リング閉じの英単語カード帳をめくっている。
「アリス。That's rightを和訳すると?」
「え? ええと、光? いや、書く?」
唐突にコウキが出題して、アリスは慌てて単語の意味を口にする。
ライト、という読みだけなら光を意味するLightもあるし、書く意味のwriteもある。
レジうちの最中だった歩にもやり取りは聞こえていて、ついつい笑ってしまう。
お客様を見送ってから、アリスに正解を教えてあげる。
「その通り、よ。アリスちゃん」
「なにが」
「店長さん正解。さすが海外旅行する人」
歩はアリスが持っていた単語カードの、前のページを指す。
Rightの意味と用例を読んで、アリスは頭を抱えたまま唸る。
「あああああもう。いきなり出題するのひどいよコウキ! 分かるわけ無いじゃん!」
「つい一分前まで読んでいたページだから分かるかと思ったんだ。前も言ったけどさアリス。目の前にある文字だけ覚えても、テストにそのまんま同じのは出ないんだからね。ちゃんと意味も頭に入れないと応用できないよ」
しれっと言うコウキ。初斗と同じでわりと思いつきで行動することがあるので、悪気はない。
アリスは頬を膨らませながらページをいくつか繰り、読み上げる。
「持ち帰るを英訳すると」
「Take away」
「ただいまを英語で」
「Welcome back」
間を置かず正当が返ってくる。
ぼんやりしているように見えるが、コウキは父の英才教育で、高校に入るまで睡眠以外の時間全てを勉強に費やしてきた人間だ。
五教科の基礎は参考書数十冊分、頭にたたき込まれていた。
「むむむむむ。負けない、負けなんだからコウキ! じゃあこれはどう」
「アリスちゃんいつの間に勝負になっていたの」
「だってなんか悔しいんだもん」
五つも年下の少年相手に、割と本気で対抗意識を燃やしている。
でもこの対抗意識が勉強しようという向上心に繋がっているなら良いんじゃないかと思って、歩はとくに口出ししない。
「俺は本当のことを言っているだけだよ。アリスはこう、イノシシみたいっていうのかな、それとも手負いの獣? 目の前の一つしか頭に入らないときがあるよね。問題の全体を見ないとダメだよ。さっきのだってRightにしか着目してなかったでしょ。That'sと合わせて、はじめて「その通り」って意味になるんだから」
「ちょ、初田先生と同じこと言わないでよ!! あたしは獣じゃないから!」
どうやら初斗が以前口にした、「手負いの獣みたいですよね」は、目の前しか見えないアリスの性格を指して言ったらしい。
本当に、縮小版初斗を見ているようだ。
わりと気にしていることをざっくり指摘されて、アリスは涙目だ。
「もうすぐお昼だから、俺はいったん帰るね。店長さん、ひざかけありがとう」
歩はひざ掛けを受け取り、コウキ提案する。
「いっそお弁当を持ってきたら? このへんはあまり雪が降らないとはいえ、寒い中往復するのは面倒でしょう」
「初田先生が「運動不足解消に歩きなさい」って言ってるからいいんだよ。座りっぱなしだと肩がこっちゃう」
十七歳にして、なんだか年寄り臭いことを言う。
本人が運動のために歩くと言っているのだから止めることもない。





