第三十二話 クリニックの卒業と、お祝いの天ぷらうどん①
正月が開けて、一月下旬の通院日。
初斗はアリスの腕と喉を診る。
初診時には両腕がリストカットの痕だらけだったけれど、いまはもううっすらと赤みが残るのみ。
骨と皮状態だった細さも、そこそこ健康的な肉付きに近づきつつある。
「ふむ。もう吐き戻しもしていないし、腕の傷も大分薄くなった。月経も順調にきている……。ここまで回復したなら、辛い物や揚げ物も食べられるでしょうし、もう通院の必要はなさそうですね」
「本当に?」
「ええ。できれば自傷と嘔吐癖は再開しないよう願いたいです。通院はなくなっても、アリスさんと会えないとネルさんが寂しがるので、お友達としてならいつでも遊びに来てください」
「うん。そうする」
アリスはまくり上げていた袖を下ろす。
初斗に連れられて、初めて歩の元に行った日が懐かしい。
軽いノックの音がして、いつものようにネルがおにぎりと紅茶を運んできた。
「もっと紅茶をいかがですか」
「ありがと、いただくよ」
ティーセットを受け取り、紅茶に口をつける。
「今日はアリスさんが最後ですし、ネルさんも一緒に飲みますか」
「うん、そうする」
初斗が小ぶりの椅子と膝掛けを持ってきて、三人でお茶会になる。
初斗とアリスは紅茶で、なぜかネルだけはホットミルク。
おにぎりは梅のおにぎり。
診察時に紅茶とおにぎりを提供するなんて病院、ここ以外に知らない。
まったりお茶とおにぎりに舌鼓をうっていると、ネルが口を開く。
「そういえばアリスさん、もうすぐお茶会メンバーが増えるんだよ」
「新しく人を雇うの? ふたりで回ってそうなのに」
「いえ、それはもう少ししてからです。ネルさん、アリスさんには遠回しだと伝わらないと思いますが」
よくわからなくてアリスが首をかしげると、初斗はティーカップの横にウサギのぬいぐるみをポンと置いて言う。
「まだ性別は分かりませんが、秋に子どもが生まれる予定です」
「は!?」
紅茶を吹き出しそうになった。
「にいさんみたいに大根おろしにいたずらする子になったら困るから、いまから真似しないでねって教えているの」
「どんな胎教してんのさ、ネル」
真剣な顔でおなかに話しかけている。じつは大根おろしネコをペシャンコにされたことを、すごく根に持っているらしい。
「おなかの中で聞いたことをうっすらと覚えている子もいるそうです。この子が生まれてきたら聞いてみましょう。大根おろしネコをつぶしていいですか、だめですか」
「だめ」
まん丸だったネルの目が半眼になった。初斗がびくりと肩をはねさせる。
「一回くらいなら許され」
「だめ」
「……ごめんなさい」
初斗のほうが尻に敷かれているのがよくわかった。
アリスは初田夫妻のやり取りをみて笑いがこらえられなかった。





