第二十九話 寒い日のとん汁と、懐かしの湯たんぽ①
コウキが帰ってから、歩はアリスに店を任せてまかない作りにとりかかった。
ここ数日特に冷えるから、おなかの中から温まれるものを、と考える。
大根とニンジンをいちょう切りにして、じゃがいもは薄切りに。鍋で煮込んでアクをすくっていく。
その間にフライパンにごま油をしいて、豚コマ肉を炒める。肉の臭い消しに、すりおろしショウガも一緒に炒める。
竹串をいもにさして堅さを確かめる。
「うん、よさそうね」
こんにゃくをスプーンでそぎながら落とし、炒めておいた肉を追加する。
カツオだしと味噌で調味したら完成だ。
アリスを呼んでまかないタイムになる。
勉強で普段使わない頭を使ったから、アリスの顔はいつもより疲れている。
「たくさん勉強して疲れたでしょう。今日は豚汁にしたわ」
「わ、ありがと歩さん」
湯気の立つお椀を前に、アリスの顔が一気に明るくなる。
「アタシは勉強を教えてあげられないから、せめておいしいご飯を作るわね」
自主的に高校をやめたのはもう二十年以上も前のこと。
あのときの選択を後悔はしていないけれど、いまアリスの役に立てないのは申し訳ないと思う。
アリスはお椀に息を吹きかけながら、汁をすする。
「そんなことないよ。歩さんが高校に行くなら応援してくれるって言うから、受ける気になれたんっだもの。実家にいたままだったら受験なんてできなかったかもしれない」
実際、アリスの親は「中卒のままで恥をかかせるな、大検を受けるなりなんなりしろ」と言っていたが、勉強しようと思えたことはなかった。
親はアリスの心配をしていたのではない。世間体、自分の体面が大事な人間だった。
家族の誰も、アリスを応援するなんて言ってくれはしない。
出会って一年経たない歩のほうが、家族よりよっぽど家族らしい。
歩が作ってくれた料理は、おなかの中だけでなく心も温まる。
「ふー。やっぱり歩さんのご飯はおいしいな」
「ふふふ。そう言ってもらえると作りがいがあるわ。多めに作ってあるから、食べられるようなら夕ご飯用にも持って帰りなさいな」
「うん。ありがと」
年の初めの頃は拒食症でほとんど食べ物を受け付けなかったのを考えると、きちんを味わって食事できるようになったのはかなりの進歩だ。
何気なくつけていたラジオからは、今夜の気温は十度を下回ると言っている。
「アリスちゃん防寒の布団や服はある?」
「んー、あるけど薄い布団だからなあ。次の休みに買いに行かないと」
「なら、予備のをあげるわ。アタシが持って行くから」
「さすがにそれくらい自分で運ぶ。歩さん、あたしを甘やかしちゃだめだよ」
アリスにそんなことを言われて、歩はおかしくて肩をふるわせた。
勉強は教えられないけど、サポートすることならできる。





