第二十三話 アリスの体調不良と、ミルクがゆ①
九月に入り、朝晩冷え込む日が増えてきた。
夏休みが終わったから、サボリかテストでない限り、平日の日中訪れる学生はいない。
午後五時をまわると、学校帰りの学生たちがふらりと立ち寄っていく。
たぶんまだ一年生なんだろう、服に着られているような長袖制服の女子学生を横目に、歩は考えを巡らせる。
(在庫も少なくなってきたし、そろそろ新商品を仕入れにいこうかしらね。今のアリスちゃんなら、店を任せてもうまくまわしてくれるでしょうし)
これまでだったら仕入れ旅に出る間、店を閉めていた。今ならアリスがいてくれるから、休業の必要がない。 でも。
「アリスちゃん。大丈夫? 具合がよくないなら、もうあがってもいいのよ」
「いえ、だいじょうぶ、です」
今日は朝からアリスの顔色がよくなかった。
アリスは強がりで無茶してしまいがちだから、大丈夫という言葉を素直に受け入れることはできなかった。
医者に診せるなら、アリスの主治医である初斗だ。メインの仕事は精神科医だが、内科と外科も診ることができる。
「初斗に連絡するから、奥で休んでなさい。アタシの部屋のベッド使っていいから」
「迷惑、かけるわけには」
「迷惑じゃないわ。心配なだけ。季節の変わり目は誰だって体調を崩しやすいものなんだから、無理は禁物よ」
歩がこれだけ言っても、アリスは休むとは言わない。甘えかたを知らない。肩の力の抜き方が、まだよく分かっていない。
数ヶ月前まで、家族と暮らしていたはずなのに。
体調を崩したとき、誰も面倒を見てくれなかったのだろうか。
頭をなでると、アリスはしゅんとなる。
「休んで、いいのかな」
「いいの。これは雇用主としての命令よ。休みなさい」
「……はい」
歩の部屋は商品と同じ雑貨で構成されている。
扉を開けると、扉につるしていたメノウのウインドウチャイムが涼やかな音を立てる。
昨夜はラベンダーの香を焚いていたから、香炉から残り香がする。
掛布はペルシャの織物。
アリスはベッドに横になって、部屋に視線を巡らせる。
「歩さんらしい部屋ですね」
「そう? 氷枕を作るからちょっと待っていてね」
歩は氷枕を作り、アリスの頭の下に入れる。少し熱があるようで、うっすら汗をかいていた。
アリスの体調が優れないことを伝えると、初斗はすぐに来てくれた。ネルも鞄にあれこれ道具を詰め込んでついてくる。看護師ではないものの、公私ともに初斗のパートナーとして仕事の補佐をしている。
歩が店の仕事をしている間、初斗がアリスを診てくれた。
十分ほどして、初斗は店に出てくる。
「アリスちゃんは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、歩。ようやく、本当に回復できたというだけのこと。歩が毎日支えてくれていたおかげかな」
「具合が悪いのに、回復? どういうこと?」
困惑する歩に、初斗は周りにお客さんがいないことを確認して言う。
「アリスさんは痩せすぎていただろう? そのせいで月経がなくなっていたんだ。更年期障害一歩手前。食事をとることで正常な体重に近づき、栄養をきちんととったから、また月経がくるようになった。今ネルさんが対応してくれている。こればかりは、男のわたしよりネルさんのほうがいい」
「そう、だったの……」
「本人もうすうす生理が来たと感じていたみたいだし。まあ、男に言いづらいことだからね。ネルさんも自分からは言わない。家族でも言いにくいのだから、他人だとなおのこと」
体調を崩していたのは、月経に伴う不調で、病気の類いではない。説明を受けて、歩は安心した。
女性のような言葉遣い、化粧をしていても、歩は男。アリスが言い出しにくいのは理解できた。
まして、初めての就職だから生理が来て体調が悪いと言っていいかどうか判断できなかった。
もっと頼ってくれてもいいのに。
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