返しきれないくらい、たくさんのありがとう②
翌日、ワンダーウォーカーの前で合流してから駅に向かうことになっていた。
歩はサルエルにインド綿のシャツという組み合わせで、ツバの広いい草の編み帽子をかぶっている。
「おはよう。早いわね」
「いつもより早く起きちゃいました」
「そう。日差しが強いから、これをかぶっていなさいな」
言いながら、鞄から自分がかぶっているのと同じような帽子を出してアリスの頭に乗せる。
「橋は風が強いから、折りたたみ日傘だとひっくり返っちゃうのよ」
「いくら海辺だからって、そんなに!?」
歩は券売機で江ノ電の一日フリーパス【のりおりくん】を買って、アリスに渡してくれる。
「これにしておけば気まぐれに途中下車もできるからいいでしょ」
「ありがとうございます……って、あたしが払う。歩さんの誕生日祝いなんだから」
「律儀ねえ」
歩はアリスが出すと言っても受け取らず、改札をくぐっていく。
「ほら、行くわよ。もう電車がホームに来てる」
「わわ、まって」
アリスは早足で歩を追いかけて電車に飛び乗る。
朝九時だが、シートに広がって座る三人組の中年ができあがっていた。
足下に置いたクーラーボックスから缶チューハイを出して、氷入りのタンブラーに注ぎ乾杯をしだす。よく見ればボックスの中には酒の空き缶が四つは入っている。
千鳥足の男に絡まれた男子高校生が、顔を引きつらせている。
電車が発車して、よろけた男がアリスにぶつかった。タンブラーの中身が飛び散って、座っていた青年のシャツにかかる。
「いいかげんにしておきなさい。迷惑だから」
歩がアリスを自分の背中側にかばい、男に注意する。
「あへへへ、すみませんね-、へへへ、これおわびにどうぞー」
クーラーボックスの中からウーロン茶を出して、さっき引いていた高校生と歩に渡そうとしてくる。
運転士も三人に気づいて駅に着いたタイミングで注意する。
三人とも笑いながら、ご機嫌で歌っている。
「まったくもう。アリスちゃん大丈夫だった?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
車窓の向こうに海が見えてきて、酔っ払いの一人が外を指す。
「片瀬江ノ島でおりりゃよかったよな、ダイさん」
「……江ノ電だから片瀬江ノ島駅なんてないわよ。小田急と乗り間違えたの?」
歩が冷静な突っ込みをいれる。そもそも江ノ電は他の路線と改札が違う。三人とも酔っているから判断力がなくなって江ノ電改札に入ってしまったのか。
「へえ、おにいさんものしりらねー」
「次が江ノ島だから、そこで降りてちょっと歩けば一応片瀬江ノ島駅には行けるわよ」
「しんせつにろーもー」
ろれつが回らない状態でお礼を言いつつ、男がまたウーロン茶を差しだそうとする。やんわり断って、アリスと一緒に江ノ島駅で降りた。
三人組も降りてきて、歌いながら改札の向こうに消えていく。あの状態だと、目的の駅に着く前にどこかで迷子になりそうでいろいろ心配だ。
「怒らないで軽くいなせるなんて、歩さんすごいですね」
「若い頃は飲み屋でバイトしていたこともあるからね」
「いまでも十分若いでしょ」
三十九歳ならまだまだ若者の部類に入る。アリスに言われて、歩は笑う。
「二十代の頃みたいな無茶はもうできないけどね」
「歩さんが無茶しているところが想像つかないや」
アリスが知っているのは今の歩。落ち着いていて、喜怒哀楽をあらわにすることがなさそうにみえる。
「そりゃそれなりに年を重ねたからね。アリスちゃんも、今のうちにしたいことたくさんしておくのよ。アタシくらいの年齢になると、分厚い肉のステーキを食べるなんてことできなくなるから」
「なんですかそれー」
冗談めかしているけれど、やりたいことをたくさんしていいと言ってもらえるのはうれしいこと。
親が言ってくれなかった言葉はみんな、歩がくれた。
お礼をしたいのに、返したいのに、もらうものが日々増えている。
歩に案内されて江ノ島をめぐり、どうしたらもっと役に立てるのか、アリスは考えていた。
実際江ノ電には片瀬江ノ島駅はないのでご注意を(。・ω・)ノ゛はぃ!
江ノ島駅で降りて、片瀬江ノ島駅まで歩くことは可能。
江ノ島駅から海の方に歩くと新江ノ島水族館もあるので、海&水族館好きにオススメです。





