アリスなりの気遣い、蒸し鶏サラダと冷や汁②
「おや歩さんじゃないか。なににするね」
「キュウリとトマトをちょうだい」
「あいよ! トマトはアリスちゃんの好物だったね。おまけしとくよ」
「あらー、ありがと。さすがおじさん。気前がいい人はモテるわよ」
「そうだろそうだろ。これでも若い頃は同時に付き合っている女が五人いたんだぜ」
自慢していいことなのかどうか、店主の隣にいる奥さんの目が物語っている。
「バカなこと言ってんじゃないよ!」
容赦ない肘鉄が店主の脇腹に決まった。
「美容にいいからこれも入れとこうね。アリスちゃんによろしく言っといておくれ」
この数ヶ月で、商店街の皆様にアリスの好物が熟知されている。
八百屋の奥さんは買った物とは別に、ツヤのいいトマトを二つとバナナも袋に入れてくれた。
「ただいま、アリスちゃん。八百屋の奥さんがトマトとバナナをオマケしてくれたわよ」
「おかえりなさい。ありがとね、歩さん。八百屋のおばちゃんにもお礼言わないと」
アリスはさっそくキュウリを洗って薄い輪切りにする。ボウルに水と味噌とカツオだし、すりごまを入れて器に盛り付ける。買い物に行っている間に完成していた蒸し鶏のサラダもテーブルに並べる。
「さあできたよ。蒸し鶏のサラダと冷や汁。歩さんの口に合うといいんだけど」
「ありがとう、アリスちゃん。いただくわ」
歩が手を合わせて箸を持つと、アリスはテーブルに身を乗り出す。
「正直な感想を言ってね。まずいならまずいって」
「あら、アタシはいついかなる時も正直な人間よ」
蒸し鶏のサラダは細く割いたササミとサニーレタスをちぎってあって、ごまドレッシングとよくからんでいる。鶏の臭みもなく、火の通り具合もほどよい。
冷や汁もちょうどいい濃さで、ごまの香りがいいアクセントになっている。
チラリとアリスを見ると、歩の感想を待っているのか、自分のぶんに箸をつけていない。
「すごくおいしいわ」
「ほんと? よかったー」
アリスは笑顔になり、安心したように食べ始めた。
何気なく、テーブルに置きっぱなしにしていた新聞のテレビ欄に目が行く。
「初斗の兄貴、見つかるといいんだけど」
「そうですね。あたしも先生に助けてもらったから、なにかできたらいいんだけど。お姉ちゃんはSNSでフォロワーに呼びかけるみたいだけど、あたしそういうアプリ何もやってないし」
「……もしかして、今回初斗とテレビ局を繋いだのって」
長年モデルをやってきたなら、撮影でテレビ局に出入りする機会も多いはず。そしてリナは初斗に借りがある。
アリスが無言でスマホを出し、ショートメッセージ画面を見せてくれた。
差し出し人:お姉ちゃん
『あの嫌みウサギに伝えて。事故の時の借りは返したから、もう二度とあんたなんかに力を貸さない』
リナのことはあまり好きではないし出禁を解くつもりはないけれど、初斗の助けになってくれたことだけはお礼を言っていいかもしれない。
そして夜になり、公開捜査特番が放映された。
初斗は全国放送のスタジオで、人前に素顔をさらした。
十年分の思いをすべてぶちまけ、情報はSNSで拡散された。
番組の放送から二日後。
嘉神平也は鎌倉市内で逮捕され、初斗は自由を手に入れた。
八百屋のひとまく
嫁(っ・д・)三⊃)゜3゜)'∴:.店主





