第十八話 その背に、みんなの命を背負っている。①
早めに店を閉めた歩は、目立たないようジャケットと黒のパンツに着替え、髪もまとめてキャップの中に隠した。いつものコンタクトも外し、サングラスをかけた。
クリニックを出る初斗の背を追う。
初斗も帽子を目深にかぶり、サングラスで目元を隠している。
Suicaがあるから、初斗がどこからどこへ乗り換えてもすぐにおいかけられるのは利点だ。
初斗は新大久保駅で降りて、ネルの話にあった情報提供者の女性と合流した。
東京の若者だらけの町によく馴染んだ女性で、迷うことなく歌舞伎町へ歩いて行く。
二人は韓国グルメの商店が建ち並ぶ通りを抜けて、【名無しの森】というバーへの階段を降りていった。
外から見たところ、座席はカウンターだけの、十席もない店だ。客は初斗と女性だけ。カウンターの中にはけんかが強そうな男が一人。
店の近くにいた浮浪者が何人か「今の、レンじゃないか?」「レンが来たのか」とささやき合っている。
来る前にネットで調べたところ、この店ができたのは五年前。初斗は十年前から引きこもり生活になっているから、おそらくこの人たちはレンという人と初斗を間違えている。
「ねえ、レンって誰」
「あんた知らねえのか? レンは格安で俺らみたいなのを診てくれるんだよ」
「……それってもしかしてこの人?」
ネルからもらった写真を見せると、埃臭い男はビッと写真を指さした。
「そうそう、これ、レンだよ。今店に入っていったろ」
間違いない。レンは平也の偽名。闇医者としてこういう人たちを診て金を取っていた。あのバーはその拠点だ。
初斗がレンを捕らえるために来たと知られたらまずい。レンでないと知られたら、大変なことになる。
早く連れ戻さないと。
店に入ろうとして階段を降りると、全く同じタイミングで初斗が店から出てきた。
扉に額をぶつけてしまった。
「イタタタ、いきなり出てこないでよ初斗」
「歩!? どうしてここに」
本当に、ちっとも尾行されているなんて考えていなかったんだ。初斗の声がうわずっている。
「ネルちゃんに頼まれたの。あんたが危ない橋を渡ろうとしているから見ていてほしいって」
「……ついてくるのを諦めたと思ったら、そんなことを頼んでいたんですか」
初斗はどれほどネルが心配したのか、何もわかっていない。歩が心配したのだって、わかっていない。
本日、後半も投稿します。





