第十五話 ネルからの極秘ミッションと、あごだし茶漬け①
七夕祭のシフトや露店の話し合いが終わった後、ネルが折り入ってお願いがあると言い出した。
初斗には内緒で、と前置きをして。ハイビスカスティーをひとくち飲んでから、ネルは真剣な面持ちになる。
「歩さんの店で懐中時計を扱ってない?」
「扱ってないわね。いつかは置こうと思っているけれど」
「なら、取り寄せることは可能? 七夕までに欲しいの。鍵で巻く懐中時計」
七夕は初斗の誕生日でもある。だから詳しく説明されなくても、初斗に贈るためのものだと察した。
こんなことを言い出したのは、たぶん初斗の願い事が関係している。
店先の笹に飾るため、初斗とアリス、ネルに短冊を書いて欲しいと頼んだ。
初斗の願い事は、【外に出て、みんなでお茶会をしたい】
文字にしなくても【顔を隠さずに】という意味であることは伝わる。
素顔をさらして表を歩くのは、今の初斗には何よりも難しいことだ。
十年前、初斗の双子の兄が殺人事件を起こして逃亡を図った。いまなお兄の行方はわからない。
一卵性双生児であるがゆえに、初斗は殺人犯だと勘ぐられ誤って通報されることが相次いだ。
だから初斗は顔を隠して生きることを余儀なくされた。
歩は十五歳の頃から初斗と一緒にいるから、初斗のさらされた悲劇をこの目で見てきた。
学生時代のように、また一緒に外を歩きたい。歩もそう思う。
「……そうね。知り合いに時計屋がいるから、そのつてで手に入ると思うわ。デザインの希望はある? できる限り希望に添うものを用意するわ」
「ありがとう、歩さん。あのね、中のゼンマイが見えるのがいい。あまり派手なピカピカしたのじゃなくて、落ち着いた色味の」
「真鍮がいいかしらね。確かに初斗は派手なのを好まないと思うし」
「え?」
ネルがカップを持ち上げた姿勢のまま固まった。
「わ、わわ私、にいさんのって言ってないよ?」
「甘いわね眠りネズミちゃん。ジャバーウォックは謎に満ちた存在なの。隠し事はお見通しよ」
「負けました」
勝負なんてした覚えはないのだけど、ネルは顔を赤らめ、背中を丸めてしまった。
「外でお茶会をするなら、あったほうがいいかなって。にいさん、時計持ってないし」
「ふふふ。初斗ったら泣いて喜ぶわよー、絶対。鍵巻き式だと、手巻き式や電池式より高くつくけれど大丈夫?」
「鍵のがいい。ひいおばあちゃんちにあった柱時計がね、鍵を回して動かすものだったの。ひいおばあちゃんが生きていた頃、教えてくれたんだ。毎日声をかけて鍵を巻いていると、時計と一緒に人生を歩んでいる気がするから好きなんだって。おばあちゃんやおかあさんが生まれる前からある時計なの」
時計とともに生きる。帽子屋の初斗にはぴったりだ。
「わかったわ。七夕より前に届けられるようにするから、待っていて」
「ありがと」
ネル「いいですか、七夕までに取り寄せてください。これはにいさんに内緒で」
歩「初斗の誕生日だもんね。オッケーオッケー」
ネル「にいさんへのプレゼントって言ってないのに!?」





