はじまりのミルクスープ②
そしてこのランチタイムに至る。
アリスは椅子に座ったまま縮こまっていて、いっこうにスープに手をつけない。
パンやサラダは無理でも、せめてスープだけでも食べてほしい。
歩は向かいに座って、アリスにスプーンを持たせる。
「アタシも一人暮らしが長いから、それなりに美味しくできている自信はあるわ」
「で、でも」
「じゃあせーのでいただきますをしましょう。食べきれないなら残してくれていいわ。アタシが食べるから」
「……うん」
歩が両手を合わせて見せると、アリスはぎこちなくうなずく。
そしてふたりで声を揃える。
「「いただきます」」
アリスはボウルにスプーンをさしいれて、ゆっくりと口をつけた。
じっくり味を確かめるようにして飲み込む。アリスの顔がほころんだ。
「やさしい味」
「そう。それはよかったわ」
誰かのためにご飯を作って、一緒に食べるなんてどれくらいぶりだろう。
歩は高校を中退してからは世界各地を旅してきた。屋台のご飯を食べたり、料理を教わることもあった。
たまに初斗の家に招かれて一緒に夕食をとることはあるけれど、そのときは提供される側であり、作る側じゃない。
「だれかにご飯を作ってもらうなんて、何年ぶりだろう」
スープを飲みながら、アリスがぽつりとこぼす。
一人暮らしを始める前は家族と同居していただろうに。まだそんな踏み込んだ話を聞けるほど親しいわけじゃない。
どんな距離感で接していいのか、お互い手探り。
歩にとって一番親しい友人は対人距離感ぶっ壊れの初斗だから、どれくらい踏み込んでいいのか考えあぐねる。
迷いながらも、アリスに提案する。
「これから毎日アリスちゃんの分も作るわ。ごはんは一人で食べても味気ないから。つきあってよ」
「いいの?」
「いいから言っているのよ。明日はアリスちゃんの好きなものを作りましょう。なにか好きな食材はある?」
「…………トマト」
はずかしそうに、アリスは消え入りそうな声で教えてくれた。
「それじゃ明日はトマトを使うわ。楽しみにしていてね」
アリスが喜んでくれるかと考えながら作るのはすごく楽しかった。
そして、実際においしそうに食べてくれるのも胸が温かくなった。
好きなものを作ったらきっと、もっと食が進むはず。
拒食症治療の手助けになれたなら。
歩は食事療法のことを初斗に詳しくきいておこうと、心のメモに書き留めた。