アリスのためにできること②
歩は店の扉を開けて、リナを外に促す。
「アタシに暴言を吐くだけじゃ飽き足らず、看板娘まで貶す。ずいぶん舐めた真似してくれるじゃない。買い物に来たんじゃないなら帰りなさい。所属事務所にクレームを入れられる覚悟はできているのよね」
「私がいつ暴言を吐いたって言うの。この店の店長がひどい被害妄想を言うってSNSでつぶやいてもいいのよ。私、フォロワーが一万人いるんだから」
「店内には監視カメラもついているから、あんたが店に入って来たときから今この瞬間まで、ずっと音声付きの動画が記録されているの」
歩が切り札を切ると、途端にリナが店内を見まわし、天井に設置されたカメラを見つけた。
「SNSであんたの大好きなフォロワーの皆さんに判断してもらう? あんたのフォロワーには、少なくとも数名、アタシのような類の人間もいると思うのだけれど」
そう。フォロワーが一万人いるというのが嘘でないなら、少なくとも数名は、トランスジェンダーの人間がいる。誰からも愛されるモデルが「女言葉を使う男なんて」と発言をすれば、どういうことになるか。万アカウントの拡散力が仇となる。
「アタシはこれでも世界を渡り歩いているからね。あんた程度の見た目の人間なら百万人は見ているわ。若いうちはチヤホヤされるかもしれないけど、美貌だけを武器にしていると、それを失った時あんたは存在価値が無くなるわよ」
「この私が、いくらでも替えのきく存在ですって?」
どこにでもいるレベルだと指摘され、リナのプライドはいたく傷ついたらしい。店に入ってきた時のような営業スマイルが剥がれ落ちた。敵を見る女狐の目をしている。
「引き立て役がいないと輝けないなら、あんたは偽物よ。本当に美しいものは引き立て役なんていらないし、添え物すら輝かせる。
それと、アリスちゃんはあんたが思うよりずっと気が利く良い子よ。無能なんかじゃない。自分の価値を知らない原石」
歩に言われたことが余程ショックだったのか、リナは唇をかみ、足早に店から出ていった。
リナが出て行ってすぐ、蜻一がニコニコしながら来店した。いつもの頼む、なんて言いながら。
歩も思考を切り替え、歓待の笑顔を作る。
しょうもないことなんて忘れて、アリスのためのお昼ご飯をどうするか考えよう。
明日は8話を更新します。