第七話 アリスのためにできること①
アリスが歩の元で働くようになって、十日経った。
初日のようなぎこちなさはだいぶ減ってきたように思う。
アリスを先に休憩に入らせたところで、新しい客が入った。
二十代前半に見える女性で、顔立ちはどこかアリスに似ている。けれど立ち振る舞いが全然違った。
均整の取れた体つきで、胸は平均値よりやや大きめ。背中までの長さがあるストレートの黒髪は枝毛ひとつ見えない。流行りの明るいカラーを取り入れたニットワンピースにパンプス。
ネイルや化粧と相まって華やかさがある。胸を張り、口角を上げる表情は自分が美人だと理解している人間のものだ。
女性はまっすぐ歩のところに来て、名刺を差し出す。
「私、アリスの姉のリナっていいます。ファッション雑誌で見たことありません? Rinaって名前で活動しているんですけど」
歩が名刺を受け取らないでいると、リナは短く舌打ちして名刺をカウンターに置いた。
「……アリスは今いないんです? あの子、ちゃんと役に立ってます? 高校受験に失敗して以来、ずっと引きこもりだったからまともに働けるか不安で。根暗で愛想もあまり良くないですし」
長い髪をかきあげ、聞いていないのにアリスの暗い過去をあれこれと教えてくれる。心配だわと口にしながら、顔は嗤っていた。
アリスの自己肯定感が低いのはこの女のせいだ、と瞬時に理解する。
「うちの看板娘を悪くいうのやめてくれない? アタシはアリスちゃんをすごく良い子だと思っているし、常連さんも大喜びなんだから」
「……やだ、あなた男性よね。男性がそんな言葉遣いを? しかもネイルまでして、気持ち悪い」
アリスを馬鹿にするだけじゃ飽き足らず、歩にまでそんなことを言う。歩の中で、リナは敵に認定された。
アリスと出会ってからまだ十日。
二週間にも満たない。
そのたった十日で、歩にとってアリスはとても大切な存在になっていた。
初斗に頼まれたからではなく、歩自身の意思で動いている。
アリスの笑顔を見たいから、元気になってほしいから、だから、アリスのためにまかないを作っている。
ただの雇い主には、それくらいしかできることがないから。
今この瞬間、まかないを作る以外でアリスのためにできることがあるとするならば、リナをここから追い出すことだけ。
アリスを傷つける存在を遠ざけることだけ。
「あら、性別でしか人を図れないなんて了見が狭いわね。アリスちゃんは当たり前のようにアタシを受け入れてくれているのに」
「私は親切で教えてあげているんです。アリスが中卒の引きこもりだったこと、店長さんが知らなかったら可哀想だもの。腕の傷も、お客さんが見たらどう思うか」
親切とは名ばかりで、アリスをとことんまで貶めている。本人は本当に親切のつもりで言っているのか、笑顔が絶えない。
リナは「アリスは中卒なの」とバカにしているが、目の前にいる歩もまた最終学歴が中卒だ、なんてことに気づきもしない。
人間の経歴は見た目じゃはかれないという証拠だ。
本日後半も投稿します。