第一話 はじまりのミルクスープ①
「さあアリスちゃん。できたわよ」
蛇場見歩は、まかないごはんをアリスの前に置いた。
じゃがいもが溶けるまでじっくり煮込んだミルクスープだ。鶏ガラで味付けして、オリーブオイルと塩で仕上げしてある。
アリスはスープボウルと歩を交互に見て、声をうわずらせた。
「あ、あの、歩さん。ほんとうにあたしも食べていいの? だってあたし、昨日会ったばかりだし。あたしの分まで用意してもらうなんて」
「一人分作るのも二人分作るのも大差ないわよ。それに、栄養失調で倒れられたら、アタシ悲しくて泣いちゃうわよ。初斗だって心配するし」
歩がまかないを作った経緯は、少し前にさかのぼる。
アリスは、歩が経営するセレクトショップ・ワンダーウォーカーの店員だ。
昨日の朝、旧友・初田初斗が歩のところに連れてきた。
「この子を雇ってくれ」と言い添えて。
折れてしまいそうなほどに細くて、腕は傷だらけの女性。
初斗に自己紹介を促され、まっすぐ歩を見て頭を下げた。
初斗は精神科医で、アリスはその患者。
どういう経緯で歩に託そうとしたのか、
初斗は説明しなかったし、歩も聞かなかった。
アリスの事情に興味がないのではなく、本人が話したくないことを聞こうと思わなかった。
昨日も今日も、アリスは休憩時になにも口にしていなかった。
力仕事でないにしても、何も食べないと体が持たない。
だから歩は、ダイニングの椅子に座って水を飲むだけのアリスに声をかけた。
「アリスちゃん。お弁当を持ってきていいし、なんならここのキッチンを自由に使っていいのよ。遠慮はいらないわ」
アリスはしどろもどろになりながら、言葉をしぼりだす。
「……あの、えと、あたし、拒食症の治療中で……今はおかゆとか、スープみたいな柔らかいものしか食べられないんです。冷蔵庫がないから、作り置きもできないし」
一人暮らしを始めるのに家電を用意していないなんて、よほどの訳ありだ。
「あ、冷蔵庫がないっていうのは、昨日引っ越してきたばかりだからで、準備する暇もなくて……。あたしはこんなだから、両親に嫌われててさ」
二十二歳になったばかりの娘を、部屋だけ借りて放り出すなんて。
歩は頼まれもしないのに、アリスの分も昼食を作っていた。
ほのぼのごはんものです。
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最初のうちはアリスの胃の調子を考えて消化にいいメニューです。