〜第6〜 新たなる変化
さて、沢山の動物達と話ができて大満足な私は、動物達を解散させて再び一人になり、まだ時間にも余裕があるので、やりたい事その二をする事にした。
私が異世界の力を得てから五日経った今日この頃、日々日常を送る中で身体に秘められた様々な能力や変化に気が付いてきた訳だが、その中でも一際度肝を抜いた事がある。それは、自分の背中から大きな翼を出せるということ、つまり飛行能力があるって事だ。
飛べる!なんて素敵なことだろう!夢が広がる!
早速飛んでみたいところだが、実は一度自室で出した事があるだけで、意外と大きくてまだしっかり全体を観察出来ていないのだ。だからまずは観察からする事にした。
形は鳥類と同じで、真っ白な羽毛に覆われている。触ると内側はふわふわで外はさらさら、さっき友達になった鳥達に散々モフらせて貰った時と非常に似ている。大きさは翼開長四メートル程で、鷹や鷲の様にしっかりしている。不思議な事に背中にはしっかり翼の重みが感じられ、私は実体として触れる事も出来るのに、衣服はすり抜けていて破けてはいない。そういえば部屋でいきなり出した時も、他の物にはぶつからず幽霊みたいにスゥっとすり抜けていた。私本人が触る事は出来るが、他の物には干渉しないらしい。
なんだか妖精の羽みたいで不思議だが、我ながら天使の様に真っ白で綺麗な翼だとも思った。
これは間違いない。本物だ。
よし、観察はこのくらいで良いだろう。
では早速、空に向かってジャーンプ!
‥‥‥しても飛べなかった。
は?‥‥‥なんで!?
何度も飛ぼうと羽ばたいてみたが体が浮かない!
まさか‥‥‥また異世界理不尽が!?
私が青ざめながら半分絶望しかかった所でスピリットさんの溜息混じりの声が響く。
(そりゃ練習も無しにいきなり飛べませんよ、普通の鳥だって練習してやっとまともに飛べる様になるのですから)
‥‥‥そこら辺は異世界パワーで何とかなると思っていた。しかしそう都合良くもいかないらしい。
まぁ、慣れって大事だからね。
力に頼らなくとも出来るように、地道に練習するしかないか。
それからはひたすら羽ばたく練習をした。今までの時とは違い中々一発で成功しない。両翼の力の入れ具合とタイミングが合わなければ体勢を崩して倒れてしまう。ひっくり返って落ちて、コケて、ぶつけて。
それから数時間、空が夕焼け色に染まる頃まで慣れない翼を広げた状態でバランスを崩さないように動く練習をして一日が終わった。久々にこんなに動いたので明日くらいには筋肉痛に襲われるかもしれない。結局、今日は体を浮かせることすら出来なかった。こればっかりはイメージ云々で何とかできるものでも無いので、これから毎晩頑張って特訓する必要がありそうだ。
そんでもって、早く自由に飛べるようになりたいッ!
純力で動物と話せるようになったり、翼で空飛ぶための練習をしたりと、刺激的で楽しい異世界遊びはここまでにして帰宅。
玄関の扉を開ける前に、いつもの服装チェックをする。今日は特に痛い目にはあっていないが、動物達に泥の着いたままの足で肩に乗られたり、頭に座られたり、翼の練習で砂を巻き上げたりしたため、全身ちょっと砂っぽい。このまま家の中を歩き回る訳にも行かないので、出来る限り手で砂を落として直ぐにこの服は洗濯機にポイだ。
「ただいまぁ」
奥から「おかえり」とお母さんの声が近づいてくるが、この汚い姿を見られる前にササっと自室まで早足で向かう。
(優蘭様、先程解禁された能力についてお話させて頂いてもよろしいですか?)
「あ、そういえばさっきなんか聞こえたね。頭の中にドーンと『眷属操作』とか『千里眼』って文字が出て来てずっと脳裏に焼き付いてる感じがしてて」
(それが、能力です)
スピリットさんの説明によると「眷属操作」と「千里眼」のこの二つは、私が一定数の動物達とコミュニケーションが取れるようになった事で解禁された『極めて大きな力』なんだとか。
『眷属操作』は、文字通り眷属を操作することが出来る能力で、動物達の体を乗っ取ったり、指示を出したりできるというものだ。これは、個人的にあまりやりたいとは思わなかった。そしてもう一つ『千里眼』は今回眷属にして私の力を分け与えた動物達の視界を通して、その光景を見ることができるというものだった。
これはちょっと気になる。
目を借りるだけなら大して動物に負担はないらしく、自分が動かなくとも色んな場所を見ることが出来るというのは、とても便利そうだ。今は今日力を分けた子達の視界しか覗けないが、眷属の数が増えれば、より広い範囲を見れるようになり出来る事も増えるだろう。
よし、もっと増やそ。
それはそうと、普段ポヤーっとしている私とて幾つか能力を得てから思った事がある。
力を手に入れたのはほんの数日前で、その都度スピリットさんが丁寧に解説してくれるとはいえ、まだまだ私はこの力の事を知らない。異世界知識ゼロで今の時点では魔法と純力の違いすらよく分かっていない私だが、私の中で作られる魔力とは全く別物というこの純力は、その人の発想、イメージ、使い方次第で何にでもなる事が分かった。
加えて、今まで出来ないとされていた動物達との会話を可能にした事でそれも実感した。自分の都合の良いように何にでも作り変えられる特性を持つ純力は、扱う人によっては物凄く恐ろしく危険な力であるという認識で間違いない。既にこのとてつもない力である純力を持っている上に、更に追加で何かするたびに能力が解禁されて増えていくのだとすれば、それはとんでもなく、恐ろし‥‥いや、使い方によっては神にも近い存在になれるのかもしれないと思った。
私は平和に過ごしたいが、その為には能力が増えて行くたびに練習して暴発しないように慣らして行かねばならない。‥‥というか危ない。目立たず私が不意に人を殺さないためにも、きちんと力を使える様に特訓するのは急務だろう。
六月。
楽しい楽しい五月の連休は過ぎ去り五月病も治った頃、いつものつまらない学校生活を過ごしていた。毎晩夜中にこっそり家を抜け出して行う純力と飛行練習は楽しくて、早く夜中にならないかなぁと日々ポヤーっと過ごしている私だが、以前と違う点がある事に気が付いた。
それはいじめられなくなった事だ。
休み前に純力混じりの威圧をしたのが相当効いたらしく、休み明けから一度も嫌がらせを受けていない。私が視線をイジメっ子達に向けると、彼女らは私から目を逸らしてササッとどこかへ消えていく。その子らからは怒りや憎しみは感じられず、ただ怖がられているのだと気付いたが、それで良い。
‥‥‥やっとか。
やっと解放された。
一気に気が楽になった。
だからと言って私に新しく友達が出来る事はないが、そんな事は問題にはならない。静かになったという事が一番重要なのだ。放課後、学校で飼育しているウサギの面倒を見てから下校。そして何事も無く帰宅。ごく普通の事だが、自分にとっては革命的とも思える程大きな変化だった。
‥‥‥良いよなぁ、普通って。
普通に家に帰るまで踏んだり蹴ったり、物を投げられたりもしていないから服は綺麗なままだし、家に入る前の怪我&汚れチェックも必要なくなった。他にもお母さんにバレないようにするための誤魔化し言葉を考えなくて良くなったし、色々手間が省けてハッピーだ。心なしかお母さんも傷を負わなくなった私を見て安心しているようにも見える。
そういえば、毎晩欠かさず純力と飛行練習をしていて、この体にも慣れて来たからか最近いくつかスキルを会得している。
スキルとは元々この身体に備わっている能力とは違い、一定の経験を積む事で習得した物をスキルと言う。そんなスキルを毎晩真面目に練習していた努力が実ったのか、とても素敵で画期的なスキルを会得したのだ!
まずは「分身」!
飛ぶ練習をするため、夜中自分の部屋からこっそり抜け出す必要があるのだが、何かの拍子にバレては大変だ。そんな時に役立つのがこの「分身」。自分に瓜二つなクローンを作って代わりに寝床に寝かしておけば見られても触られても問題ない。分身を作るには能力に伴った血液や純力を消費するが、寝るだけの分身ならば少しの純力と髪の毛一本と爪、血を数滴加えるだけで作れるので、低コスパで最高だ。しかも驚いた事にきちんと呼吸していて、胸に耳を当てると鼓動も聞こえる。指示して活動させるには他の手間も必要らしいが、今はこれで十分だ。
そして次に「認識阻害」!
私が練習するのは基本夜中だから、相当派手な事をしなければ問題にはならないとは思うが、ただでさえ訳の分からない力を扱っているのだから、今後何もやらかさないとは限らない。そんな時に役立つのがこの「認識阻害」。スキルをONにしておけば万が一見られても見た人の記憶には絶対に残らない。何かの拍子に怪我をさせてしまったとしても、私に関する記憶は瞬時に消えるので、相手からしたらいつ怪我をしたのか分からない謎の怪我になる。コレはもう実質透明化しているようなものだ。
私と相性最強!
重宝するこれらのスキルのお陰で、今は何の気兼ねも無く思いっきり練習が出来ている。
さぁ、やるぞ!
便利なスキルを会得した事で、日々の純力と飛行練習はより楽しいものになった。毎日学校に登校し、帰って自室で少し勉強をしてから純力遊びをして、夜中は純力遊びに加えて飛行の練習。それが日課になってからは時が過ぎるのはあっという間で半年が経過し、寒い十二月に突入しようとしていた。
この頃になると、純力や体の使い方にも大分慣れてきて、少しなら飛行も出来るようになっていた。高い所から滑空して降りるのは、高所恐怖症でもないので難しくは無いしコツさえ掴んでしまえば助走なしでも飛び立つ事はできた。
逆に、私が今何に苦戦しているのかと言うと、風を読むのに苦労している。高くなればなるほど風は強くなり、気を抜くと一気に体制を崩される。スピードを出すと真っ直ぐ進みやすいが、その後急に止まったり方向転換するのが難しい。今までに何百回も落ちたり激突したりしていて、学校で何もされなくなった代わりに飛行練習中の怪我が多くなった気がする。だが、着実に飛べるようにはなってきているので、いちいち怪我を気にせずめげずに頑張ろうと思う。
ある日の事、いつもの様に浴室でシャワーを浴びていた時、ふと鏡で私を見た際に前髪の一部が白っぽく変色している事に気が付いた。昼間学校のトイレの鏡で見た時はこんな色していなかった。私は髪を染めた覚えはないし、いじめっ子達に威圧してからは一度も粉の付いた黒板消しを投げ付けられてもいない。
まさか、ストレスによる白髪?
いや、だとしたら一部だけってなんか不自然だ。このような訳の分からない異常の原因なんて、一つくらいしかない。
「スピリットさん、何これ?」
スピリットさんが言うには、純力がある程度体に馴染み頻繁に力を使っていた事で力がより増加し、それに伴い体も少しずつ強化されつつあるのだと言う。そのため体に関節痛の様な痛みや、軽い頭痛、頭髪の若干の変色は仕方がないのだとか。
‥‥‥負荷によって体が反応していたのなら、ストレスで白髪になった、と言うのもあながち間違いじゃなかったか。
(今回の優蘭様の症状は、進化前の者によく見られる変化です。良い兆候ですので心配する必要はございません)
あぁ、そう‥‥‥。
特に目立った問題でないのであれば良いか。
(髪の色に変化があったのなら、他の部分にも変化が見られるかも知れません。一度目を魔人の状態に変えてみてください)
あ、なるほど。
確かに、最近は目の色や牙などを戻す人外『魔人モード』になってから暫く時間が経っている。体に変化が起きたのなら、魔人モードでも何か変わった事があるかも知れない。私はスピリットさんに言われた通りモードを切り替える。
本当だ、なんか変わってる。
左瞳は水色から黄緑色になり、口を見れば牙も少し鋭さが増している。加えて新たに変化している所もあり、耳がエルフのように尖った形をしており、手の爪も鋭く尖っている。そして手の甲を見て驚いた私は目を見開く。
なんと、目の下や手の甲など身体中に淡く白く光る筋が浮き出て来ていたからだ。
その発光している筋は血管の様に途中で枝分かれしているような模様で、新しく体を流れる何かを循環させる管のようだ。試しに少し左腕に純力を流してみると、流した純力の分だけ発光部分が光を増したため、血管の様に純力を身体に巡らせる管である事が分かった。
血管ならぬ、純力管といったところか。
その発光する筋は顔にまで広がっており、首から目の下にかけて太い筋が伸び、額にも薄く光っている小さな丸いアザが出来ていた。
うわぁ、なんか一気に人外感増したなぁ‥‥‥。
この変化は体の部位ごとに自由自在に変えられる。手だけ光らせたり目に純力を巡らせてさらに遠くまで見える様にする事も可能らしい。
浴室から出て、自室に戻ってから翼も確認する。
真っ白だった翼は全体的に灰色に変わっていて、以前よりも少し軽く感じる。今まで暗い夜にしか翼を使ってなかったので気付かなかったが、ほぼ毎日翼を使う私にとって翼の変色は身体変化を判断する一つの目安としても使えそうだ。三日に一度は明るい所で翼を見た方が良いだろう。
一通り全部確認は出来たが、今の所予想外の変化しかなく、また人とはかけ離れた存在に進化している事を自覚して少し戸惑った。スピリットさんは「心配ない」と言ってくれたが、自分の体の事だから気になる。ゾンビ映画のように噛まれて一気に自我の無い化け物へと変化するのではなく、自我を保ったまま少しづつ変化していくこの感覚は、心に何とも言えないモヤモヤ感を抱かせてくる。
とは言っても、今までこの力で困った事は一度もない。今回進化したのだって毎日のように練習していたから、その努力が実ったものなのだろう。頑張った分だけ応えてくれる。そう考えたら怖くはなくなった。
それから数日経った学校の放課後。
今日は日直だったので職員室に鍵を届けて仕事を片付け、いざ帰路に着こうと校舎を出ようとしたその時、どこからか甲高い悲鳴が聞こえた。
「やめてっ!!」
ん‥‥‥?
あまり野次馬しに行くのは良くないとは思いつつも、先程の叫び声の主がどうなっているのか気になって、認識阻害をONにして気配を消して角から覗いてみると、そこはいじめの現場だった。後ろ姿しか見えないが、被害者を取り囲んでいるのが以前私をいじめていた銀城率いるイジメ軍団である事だけは分かった。
私に変わる第二の被害者か‥‥‥?
助けてやらんでもないが、被害者の子が銀城に喧嘩を売った可能性は捨て切れないし、ついこの間私から銀城に『近寄るな』と言ってしまったので、私からはアイツに接触したくはない。しかしなぜ私以外の子が銀城にいじめられているのだろうか?
しばらくすると、満足したのか銀城達はキャハハ!と癪に触る笑い方をしながらこの場から去って行った。残った被害者の子はその場に蹲って震えて泣いている。関わりたくなかったとはいえ、助けてやれたのに傍観していた私はアイツらと同罪なのかも知れない。
可哀想な事したかな‥‥‥。
私の敏感な鼻はあの子から微かな血の匂いを嗅ぎ取っている。どこか怪我をして出血しているらしい。怪我をしているなら、せめて怪我の手当てくらいはしてあげよう。保健室に連れて行ってあげる事くらいは出来る。
‥‥‥そこで絆創膏貼ったげよ。
そう思い認識阻害をOFFにしてその子に近付くと、手を差し伸べた。
「大丈夫?怪我してるよね、保健室まで行くの手伝うよ」
その子は私の声にヒッと驚いて顔を上げ、私の顔を見て目を見開いた。
あ、この子‥‥‥。
なんとびっくり。
銀城にいじめられていた子は、以前まで私をいじめて来ていた銀城一味の一人だったからだ。ついでに言うと、この子は小学校の頃友達だと思っていたが陰で私を嘲笑い、それにムカついて椅子で大怪我させたあの子だ。
‥‥‥何やってんだ。
私から銀城の所に行って楽しく過ごしてたんじゃなかったの?
驚き、困惑混乱して固まっていると、その子は私を憎しみの籠った目でギロリと見上げて言った。
「見てたの‥‥?」
「ごめん、声が聞こえて、気になって‥‥‥」
「昔アンタを馬鹿にした私が、痛い目に遭っているのを見ていて楽しかった?」
「いや‥‥私にそんな趣味はな‥」
『アンタのせいよっ!』
うぇ‥‥!?
何故そこでいじめられるのが私のせいになる?
解せぬ。
私、この子に椅子で殴る以外で何かしたっけ?
思い当たる点が思い当たらなくて片眉を上げると、彼女はヒステリックな声を張り上げた。
「銀城さんはお金持ちで、この学校の先生より偉いのよ!一番強くて誰も逆らえるはずないのよ。それなのに、アンタはのらりくらりと逃げて、避けて!アンタが銀城さんの腕を掴んで生意気な事言ったあの日から、標的は私に変わったの」
「え」
彼女は続けて叫ぶ。
「あの日から私はボロボロよ。前までアンタが標的だったから安心してたのに。それもこれも全部アンタのせいよ!どうしてくれるの!!」
そう肩で息をして涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら全てを吐き出すと、立ち上がって私を突き飛ばし、どこかに走り去ってしまった。
「どうしてくれるの、って言われても‥‥知らないよ」
‥‥‥知らなかった。
あの日、銀城を威圧してから私の周りには誰も近寄って来なくなり、平和になった。銀城にいじめられていたのは私だけで、そのイジメも無くなってこの学校も平和になった。そう思っていた。しかし、実際にはイジメは無くなってなどいなかった。ただ標的が変わっただけ。私が銀城を拒絶したから、その皺寄せがあの子に移り変わったのだろう。
何これ、エンドレスじゃん。
「‥‥‥因果応報って事かな?」
私は勇敢で誰にでも優しく出来る様な勇者じゃない。過去に私を裏切り、今私が差し伸べた手を払う様な者に寄り添う気もない。そもそも、私はバカだから助けるにしてもどうしたら良いかなんて分からない。
それにしても『銀城杏奈』、どうしてそこまで人を痛ぶる事をやめないのか。その理由は、きっと聞いた所で私には理解出来ないだろう。