〜第3〜 都合の良い力
いっけね、体の事が聞きたかったのに話が脱線してしまった。
今までの話をまとめると、私の予想通りこの身体は昨日触った謎の石によるもので、『異世界の力』の影響なんだとか。で、スピリットさんの精神は、何故かこの異世界の力と一緒に閉じ込められていた、と。
うん、全然よく分からないね!
(さて、優蘭様が今一番知るべき事は異世界の有無よりも、優蘭様自身の体の事ではありませんか?手始めに、今の優蘭様の体がどのようになっているかの説明をさせて頂きますね)
「あ、はい。よろしくお願いします」
(先程も言いましたが、今の優蘭様の身体は昨日までの身体とはまるっきり違います。体力、筋力、その他の五感全てにおいて初めての感覚のはずなので、まずはこの身体に慣れる事から始めましょう)
「そ、そだね」
何も分からなくてポカンとしている私と違ってスピリットさんはすごく冷静だ。こうして分かりやすく導いてくれるのはとても心強い。スピリットさん、もしかしてめちゃくちゃ有能なのでは??
さて、次は目とか牙とかについて聞いてみよう。
「さっき鏡を見た時、体が痩せた以外に気付いた事があって、それがこの眼と牙なんだけど‥‥‥これ、人間の眼じゃ無いよね?」
果たして、私は宇宙人なのか?答えはっ?!
(半分人間、半分魔人です)
ふぅーん‥‥‥。
まぁ、異世界ってワードが出てきてから薄々察してはいたが、やはりそうか。
「半分人間ではないと。ちなみに、これ元に戻せる?」
目や牙など、人間のように見た目だけ戻すことが出来るのは既に確認済みだ。しかし、根本的になんの混じり気もない普通の人間に戻れるかどうかは分からない。
(残念ながら、既に変化している箇所は完全に変化が終わっている為不可能です。例え眼球や牙を無理やりえぐり取ったとしても、時間が経てばまた元通りになります)
という事は、この秘密は一生着いてくるもので、周りの人に気付かれないようにせざる負えなくなったという事だ。面倒くさっ!これが私にとって良い事なのか悪い事なのかは今の所、損も得もしていないので判断出来ない。しかしこれだけは確認したい。
「後々自我がなくなるとか嫌だよ?街中で暴走して最終的に消し炭にされる運命だけは回避したい」
私はただ普通に静かに生活したいだけなのだ。突如目の前に出てきた五色のレンジャー達に踏んだり蹴ったりされて、挙げ句の果てに必殺ビームをお見舞いされるのはごめんだ。
(見たところ、優蘭様は力に振り回されることなく安定しているように見えます。きちんと力を使いこなせるようになれば、火の粉を払うくらいは出来るようになるでしょう)
きちんと力を使うねぇ‥‥‥。
「私が一番心配なのは、今の生活が変わらない事。変な力が有る無し関係なく、普通に暮らせればそれでいい。見た目を普通の人に変えることは出来るみたいだから見た目の心配はほぼ無くなった。だから、このまま大人しく放置するのはどうかな?」
私は元々口数が少ない性格だ。口さえ閉じていれば一生隠し通す事はできる。異世界の力?も、興味はあってもそれで革命とかを成し遂げる気はないし、やりたいとも思わない。私がハッキリ不要宣言したのと反対に、スピリットさんは少し残念そうに呟いた。
(確かに、何もしなくても生きて行くことは可能でしょう。何も変わらないということはこの平凡な日常の継続でもあります。しかし、それでお母様は喜ぶでしょうか?)
‥‥‥なんでそこでお母さんが出てくるのさ?
(私が優蘭様のお母様を見たのは先程が初めてです。しかし、あの一瞬のやり取りだけでも、お母様が優蘭様の事を本当に大切にしていらっしゃるのは十分に伝わりました。今の優蘭様は、嫌な物を薙ぎ払う力を持っています。貴方が強くなれば、あのお母様にこれ以上心配させる事もなくなるのではありませんか?)
‥‥‥そう来たか。
あの一瞬でそこまで読み取るとは、スピリットさんの洞察力やばすぎ。
確かに言われてみれば、この力をうまく使えば学校でちょっかいを出してくる奴らも黙らせる事も出来るかもしれない。高みを目指せば異世界への道を開く権利も貰えて、憧れの異世界に行けるようにもなるかも知れない。しかし、興味があるだけで無理してでも行きたい訳ではないし、今の所いじめ対策くらいしか力の使い所が思い浮かばない。目障りなアイツらとて普通の人間だから、今私が持っている強さだけでも十分何とか出来るはずだ。これ以上活発に何かアクションを起こす気はない。
「確かに、この力のお陰で今までより出来ることも増えて、厄介な奴らも何とか出来るのはありがたいね。でもそれ以上の使い道が思い浮かばないよ」
(あぁなるほど。確かに使い道が分からなければ、そういう考えに至るのは当然ですね)
そう言ってスピリットさんは少し静かになった。私よりも頭の良いスピリットさんの事だ、何か考えてるに違いない。暇になった私は窓の外を見る。さっきよりも空が明るくなって鳥の囀りが聞こえ始めた。しばらくポヤーっとしていると、スピリットさんの声が響く。
(とりあえず、先程言った通り実際に動いて体の確認をしてみましょう。少しでも知識を深められれば、その優蘭様の不安も少しは拭えるでしょう?)
‥‥‥そだね。
食わず嫌いはダメってお母さんも言ってた。
朝食を軽く済ませ、動きやすい格好に着替えてから、いつものお気に入りの河川敷にやってきた。ちなみに、病み上がりで外出する事に反対していたお母さんには「もう治ったぁ!」と言って半ば無理やり家を出た。
心配してくれるのはありがたいんだけどね‥‥‥。
まだ早朝と呼べる時間だからか、土手をランニングしている人は少ない。あまり目立ちたくないから人目が少ないのはありがたい。
まずは準備体操をする。
適当に屈伸したりアキレス腱を伸ばしたりして軽い準備体操を済ませたなら、最初は無難にランニングから始める。昨日までの私なら少し走っただけで苦しく、足も重くなって息切れしていたのだが‥‥全然苦しくならない。もう既に学校の校庭十周分は走っている。途中から猛ダッシュに切り替えてしばらく走り続けてもみたが、体はとても軽いし息がきれる気配すらしない。
久々に沢山走って体がポカポカしてきた。
そろそろ他の事も試してみよう。
そういえば、スピリットさんの話が確かなら私の体は体力が増えただけでなく、身体能力そのものが向上しているはずだ。試しにそこの大きな桜の木に登ってみよう。昨日までの私ならこの木にしがみつくのが関の山だったけど‥‥‥。そう思いつつ、幹の窪みに指を食い込ませた途端、ベキッと手元で音がした。
べきっ‥‥‥?
視線を下に下げると、私の右手の五本指が幹にガッツリ食い込んでいる。
「え」
木は大きく、それ故に硬くて丈夫だ。野球少年がバットで思いきりフルスイングしてもビクともしなかったこの木が、私が手を掛け力を加えただけで抉れてしまった。私の握力に耐えきれなかったのだ。
まずい、この木を植えてくれたのが一体誰かは知らないが一応この木は公共の場に植えられたものだ。ボロボロにしてしまっては大切に育ててくれた人とこの木に申し訳ない。これ以上傷つけるのは良くないので、一旦手を離して他の方法を考える。掴むのはダメだったが、手を添えるだけなら大丈夫か。
掴みがダメなら、ジャンプして登れないかな?
私は上を見上げて乗れそうなしっかりとした太い枝目掛けてピョンと飛ぶ。すると、予想以上に足に力が入り、ロケットのように一気に真上へ跳び上がった。
「うぇえっ!?」
着地予定の太い枝を通り越して更に上の枝にゴンッ!と思い切り頭をぶつけ落下。
痛‥‥‥。
ナニコレ?
頭をさすっているとすぐに痛みは消えた。立ち上がって先程頭をぶつけた枝を観察する。ここから見た感じ、かなり高い場所にある枝だ。ざっとマンションの四階くらいだろうか?少し足に力を入れて跳んだだけであそこまで跳べるとは。なんてこった。
「誰にも見られてないよね?」
これは人には絶対に見せられないし、危ない。
早急に手加減を覚えなければ‥‥‥!
あまりの身体能力に驚いていると、スピリットさんの声が頭に響く。
(どうです?この力があれば、逃げたり追いかけたり、視力も良くなって眼鏡も必要なくなりました。変化した左眼には夜目が効く以外に望遠鏡の様な能力もありますよ。それがウンタラカンタラ‥‥‥)
いかにこの体が優秀か、スピリットさんは解説してくれているが、それくらい私とて気付いている。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚それに加えて私の知らない第六感も鋭くなったような気もしている。
コレは封印されし右手が疼く日も近いかも知れない‥‥‥。
私がいかにしてこの体を扱ってやろうか考えていると、スピリットさんが(優蘭様!)と大きな声を響かせた。どうやら河川敷や土手にやって来る人が増えてきたらしい。言われてみれば完全に日は登りきっていて、ちらほら土手を歩く人が増えている。人目が多い所で派手な事は出来ない。そろそろ場所を移動したほうが良さそうだ。
今の身体能力は何となく把握した。後は練習あるのみだが、人目が沢山ある所では動きにくい。私は人気の少ない近所の古い神社の裏に移動した。この神社の後ろには何本も高く成長した椿が植えられており、年中葉が散ることの無い椿の下は身を隠すのにうってつけだ。
そんな椿のしっかりとした幹を背もたれにして地面にあぐらをかいて座る。
ここで運動の他にやりたい事は‥‥‥。
「ねぇスピリットさん、半分だけとはいえ異世界の生き物になったってことは『魔法』使えるのかな?」
異世界と言ったら魔法!
ファンタジー小説を読んだり、ゲームをしてきた身としては無視出来ない事だ。人生に一回は不思議体験してみたいじゃん?楽しみでわくわく期待しながらスピリットさんの口からドキドキ魔法解説を待っていたが、思った通りの返事は帰って来なかった。
(魔法は使えません。そもそも、この世界には魔法を使うためのマナ自体が無いので)
「なん、だと‥‥‥」
‥‥‥ショックだ。
体に稲妻が落ちたレベルの衝撃。魔法が使えなかったら、私はただ力が強いだけのゴリラと変わらないじゃないかっ!
普段あまりリアクションをしない私でも流石に残念が過ぎる。あからさまにテンションが下がり、挙げ句の果てには大きなため息を吐いた事で、スピリットさんは慌てて解説してくれた。
(コホン‥‥‥えっとマナとは、自然界に漂う力のことです。そのマナを集めて魔法として使える様に加工をしたものが魔力。魔力とは、魔法を行使するための力で、肉体的な行動をとるための筋力や体力のようなものです。石や物に宿っている事もございます。しかし、この世界にはそもそも問題のマナ自体がございませんから)
「う、嘘だぁあっ」
私自身結構不思議な力を使えるかもしれないと楽しみにしていたが、この世界では絶対に魔法は使えないと言われたことが悲しくて、目の前の風景が涙で歪んでくる。すると、スピリットさんはそんな私の感情を感じ取ったのか、すこし困った声色で提案してくれた。
(「魔法」、は無理ですが『純力』ならば使えるはずです。純力とは、魔力とは全くの別物で、優蘭様の中でしか作り出せない唯一無二の力です。やれる事は魔力と似ているかも知れませんが、魔力なんかよりもずっと強力なものなので、注意して使いましょう)
「‥‥‥純力?」
なんだそれ、聞いた事のない力だ。
まぁなんでもいい。
使えるのならば早速使ってみようじゃないか!
‥‥‥どうやるんだ?
「えーっと?周りには無くて、私の体の中でのみ作り出せるとか何とか言ってたね、なんか感じ取れないかな?」
私は集中するために静かに目を閉じると、ゆっくり呼吸を繰り返しながら、心臓の鼓動を感じ取れるくらいまでじっとしていた。しばらくすると、鼓動をハッキリと感じ取れるようになり、胸の辺りに不思議なものを感じる。心臓にある心操石からだろうか?その心操石から全身に不思議な力が巡っているのが分かる。
‥‥‥これかな?
今まで感じたことの無い未知の感覚。ほかに変わった所は見当たらないので純力だとしたらこれしか無い。そう思った所でスピリットさんが(コレです、感覚を掴むのが早いですね)と言ってくれたのでコレが純力で間違いなさそうだ。今思えば昨日私が発熱をした原因はこの純力だったのかもしれない。何故か分からないが、寝込んでいる時は散々体の中で暴れ回っていたクセに、今は静かに身体中をサラサラ循環している。
(とても安定していますね、では早速何か作ってみましょう。純力操作で基本になるのは『造形法』ですから、手始めに何か固形物を作りましょう。その際に一つ注意していただきたいのですが、優蘭様が今持っている純力量が私が思っていたよりも多いようです。量が多ければ、その分細かい操作が難しくなりますので、くれぐれも慎重に)
ふむ。
固形か、何作ろうかな?
(あ、失敗したら恐らくこの神社が消し飛ぶので気を付けて下さい。大事なのはイメージですよ)
「え」
ちょっと待ってよ。
このタイミングでそれ言う?
怖いよっ!!
スピリットさんの言葉にガクブルしつつ、慎重に蛇口から一滴ずつ零すイメージで両手の平を上に向けてテニスボールくらいの球体をイメージした。すると心臓の辺りがフワッと温かくなり、心操石から手に向かって不思議な力が流れていくのを感じる。そして、静かなガラスの破片が擦れるようなパチパチとした音が聞こえてきて、ストンと手に何かが乗った。それに気付いて目を開けると、手にはイメージ通りの水晶玉のような透明な球体が乗っていた。
木漏れ日の隙間から差し込む日光に当ててみると、キラキラしていて虹色に反射して見える所もある。とても綺麗だ。
「お、できた。これ綺麗だねぇ」
失敗しないようおっかなビックリで作った割にはキレイな物ができたのではなかろうか?片手で持って木漏れ日に照らしてながら色んな角度からじっくり観察する。初めての造形が成功して嬉しくなっていると、スピリットさんには予想外の事だったらしく、「素晴らしい…」と詠嘆の声が漏れた
(‥‥‥こんなにあっさり出来てしまうとは。優蘭様には才能があるようですね、この調子なら他の事も難なく出来るようになるでしょう)
「他のこと?」
(はい。出来る事というのは、純力を使う人によって違うのですよ)
純力は、魔力とは違いその人の中でしか作れない唯一の力。純力はその人の望む形に変化し、進化し続けるものなんだそうだ。ただ、自分の中でしか作れない故に空っぽになるまで使い果たせば、回復するにはそれなりの時間がかかる。魔力の場合は辺りに魔力が満ちているため純力と比べれば回復は早いのだとか。
「へぇ」
どうやら純力は結構貴重なものだったらしい。
(今優蘭様がやったのが『造形法』。純力の使い方は、ざっくり三パターンに分けられます)
【造形法】
その名の通り先程の球体のように物体を作る方法。液体状にも出来る。
【造配法】
自分の純力を何かしらの方法で他者に分ける方法。分けて何をするかはその人次第。
【造念法】
純力を使って、相手の精神に何かしらの影響を与える方法。
他は身体を強化したり回復に使うなど。
つまり、何でもあり!って事だ。
「うーん、出来る事結構多いね。難しそう」
今私が玉を作った方法、【造形法】の使い道は沢山ありそうだが、あとの二つの【造配法】と【造念法】に関しては他者に何かする系だ。私は余程の事がなければ、この異世界の力を他者に向ける気はないので使い所は少ないだろう。
「普通に生活する上では使い所少ないかも、やっぱり大人しくしていようかな」
すると(しかし)とスピリットさんが静かで少し力の籠った声で懇願してきた。
(しかし、その力はいつか必ず使う時が来ます。ですから、どうか引き続き練習だけは怠らないで下さい。これは優蘭様の為であり、私のからのお願いです)
‥‥‥どうも気になる言い方だが、数時間前に出会ったばかりのスピリットさんから、こう力を込めて言われてしまうと少し可哀想に思えて来る。まぁ、この力が自分の都合の良いように動いてくれるのは素直に有難い。使いこなせるようになって損は無いか。
「‥‥‥わかったよ」
とはいえ、やはりこの三パターンをどの様に使うのか、一度くらいは軽く実際に使ってみたい。
うーん。
他者に配る、精神に干渉する‥‥‥あっ!
今の私なら、学校のいじめも何とかできるかもしれない!拳で殴れば確実に骨を砕いてしまうので物理攻撃は出来ないが、しかし奴らの常に周りを下に見る態度には以前から腹が立っていた。どうせあの手の輩は自分のプライドを傷付けられればそれだけで精神ダメージを負うだろうから、奴らのプライドを傷付ける方向で考えよう。
あ、面白いことになりそう。
そう考え、残りの時間は柔らかいものを潰さないよう手加減の練習をしたり、スピリットさんといじめっ子達対策の作戦会議をして一日が終わった。