〜第21〜 本物の悪魔
「やったわっ!!当たったわお兄ちゃん!」
「まさか、アレを喰らって細切れにならないとはな」
「痛覚無感」のお陰で痛みを感じていないから泣いたり悶絶したりはしないが、それでもしっかりダメージは受けているらしく、まだ体が動かない。五感の殆どはぼんやりしていて、二人の方を見ても何をしているのか分からない。
とにかく‥‥今は回復に集中。
四肢は繋がっていて体内の骨が数本折れたり内臓が一部傷ついただけだ。「痛覚無感」がある以上落ち着くのは早かったし、とどめを刺しに来るまでほんの少しだけでも時間はある。体に酸素を取り込んで、純力を傷付いた部分に限定して流し続ける。回復に集中して寝転がったままでいると、少し焦りを含んだスピリットさんの声が響いた。
(攻撃が当たった今の優蘭様のお体は、彼らの純力の影響で回復の妨害を受けておりますが、それでも全く回復しないわけではありません。出来るだけギリギリまで粘りましょう)
無論、こんな中途半端な所で死ぬ気など毛頭無い。あの二人の勢いに流されて聞けなかったが。まだ聞いていないのだ。‥‥なぜ、なんの罪も無いお母さんが殺されなければならなかったのか。
そう色々考えている間にも、私の体の所々で折れた骨が元の場所に戻り、繋がっていく音が微かに聞こえてくる。聴覚も戻りつつあるらしい。片目だけ少し瞼を開けば二人の影がこちらに近付いて来るのが見える。完全では無いが、たった数秒で大部マシになった。
あの衝撃波を喰らっても先程作った包丁だけは離さなかった。二人がすぐそばに来た所で一気に起き上り、心臓のある胸を目掛けて包丁を突き刺す。
‥‥そこにコアがあるか無いかは運だけど。
運よく当たって片方死んだとしても片方いれば聞けるはず。もうゴリ押しでやるしかない。大丈夫、落ち着け、私は死なない。そうして密かに深呼吸を繰り返していると、足音が徐々に近づいてきて私のすぐ横で止まった。
「動かないわね、死んだのかしら」
「いや、死んだら純力が抜け‥‥‥」
「ふんっ!」
「きゃあっ!」
「杏奈っ!?」
まだ死んでいないと分かっている相手に安易に近付くとはなんと不用心。突然起き上がった私に二人は慌てふためき、その隙に私は杏奈の心臓目掛けて包丁を突き出した。しかし、その不意打ちは兄に脇腹を蹴り飛ばされた事で失敗に終わる。
蹴り飛ばされようが何されようが「痛覚無感」のおかげで全く痛くない。
何事もなくフラリと立ち上がると、二人の顔を正面から睨み付けた。
「貴様っ!?杏奈になにをする!」
「まぁ!なんて奴かしら!大人しく死になさいよっ!」
「チッ」
やっぱりダメだったか。
私の行いに対しキーキーと騒ぐお猿共の話などまともに聞く必要はない。私は二人からの罵倒を遮る様に声を発した。
「‥‥別にさ、良いんだよ。私を殺す分にはね。私も魔人としてこの戦いに参加した以上、身を守る為に殺したし、ある程度殺される覚悟もしていた。私が傷付くだけなら、仕方が無い、の一言で飲み込んだよ。‥‥でも、なんで?」
一番聞きたかった問い。
『なぜお前らの怒りを買っているであろう私ではなく、何の罪もないお母さんが殺されなきゃいけなかったのかな‥‥?なんで?どうして?お母さんを殺すのに何の意味があった?』
腹の底から轟く強い威圧混じりの低い声に目を見開いた二人はピタリと口を閉じ、危険を察知したらしく杏奈は兄の後ろに隠れ、兄は警戒しつつ目を細めた。私の問いに答えたのは、咄嗟に兄の後ろに隠れた杏奈だった。
「優蘭が家に居なかったから、次は貴方から来てもらおうと思ったのよ!身内を殺せば怒って来てくれるでしょ」
‥‥‥‥は?
こいつらは一体何を言ってるんだ??
理解できない。
一瞬で終わってしまった杏奈の回答に私の思考は止まる。そんな呆然としている私と妹を見かねた兄は「それでは言葉が足りないよ」と妹の代わりに説明を変わる。
「杏奈が言ったように、僕らは一度直接君に会いに行った。僕とて闘う場所は選びたかったし、もう僕と君しか残ってないのだから、わざわざ作戦を立てる必要も無い。直接会いに行った方が早く決着を付けられるのではないかと思ったのさ。しかし、その日君は外出していて家に居なかった」
そこからの話は、身勝手なんて言葉では収まらない吐き気を催す最悪なものだった。
私が大学受験の合否を確認すべく家を出ていた間に、私の連絡先を知らない二人は私の自宅に足を運び、直接決闘を申し込みに来たのだという。いきなり襲いかかるのではなく、闘う場所を指定するなどして彼なりに綺麗な形で終わらせようとしたらしい。
しかし私本人は外出中で不在。お母さんにも警戒されてしまった為私の現在地も教えて貰えず、困った兄は何とかしてその日のうちに他に接触する方法が無いか考えた。しかしその時、すぐ私に会えない事を知った杏奈が「あの子が居ないのであれば直接来させれば良い」と言ってお母さんに牙を剥いたそうだ。
「結果的に、どんな形であれこうして君は僕らの前に現れてくれた。杏奈の暴走は想定外だったが、今となってはどうでも良い」
‥‥‥なんだと?
私を誘き出すため、怒らせるため。それは分かった。だがなぜお母さんでなければならなかったのか?納得出来ない。怒りでまた体内の純力が荒れ始めた。しかしまだだ。まだ話しは終わっていない。こぶしを握りしめて、こみ上げる感情に何とか耐える。
「私とてお前との戦いが最後なのは分かってた。だから戦いに呼ばれれば断る事はなかったよ。だけど‥‥何でお母さんが死ぬの?わざわざ家に来なくたって住所を知っていたのなら手紙でも何でもコンタクトを取る方法はあったはずだ!」
何をどう聞いてもお母さんを殺す理由が理解できず同じ質問を繰り返した。
「‥‥結論から言うと、本来あの人を殺す予定は無かった。もし君があの人の使用用途を聞いているのであれば、ただの囮でしかないよ。他に特別な意味はない」
‥‥ただの、囮?
私を怒らせるためだけの、餌?
そんなくだらない理由でお母さんは殺されたのか??
「手紙なんて時間のかかる方法は最初から選択肢になかったよ。僕らは一刻も早く君を殺し、鍵を手に入れたくて、いても立ってもいられなかった」
‥‥‥‥鍵?
兄の言う鍵とは、この戦いを生き残った最後の一人が手にすることの出来る、この世界と異世界を繋ぐ扉の鍵の事だろうか?
「僕らには丁寧に手紙を書いてポストに入れる時間も、その手紙が君の手に届くまでの時間も待てなかった。「本物の自由」が手に入るまであと一歩だったから」
そう言って男は鮮血色の目で私を睨みながら両腕を黒い魔人の手に変化させた。
現実を直視出来なかった私の最後の抵抗。現実逃避したいから、嘘だと思いたいから、二度も同じ質問をして、二回とも同じ回答。もはや彼らにこれ以外に理由と呼べる話は無いようだ。
‥‥信じられない。こんな事、昔から感情が薄いと言われて来た私でも流石に出来ない。これが仮にも人間のやることか?体が化け物になると中身まで化け物、悪魔になってしまうのか?絶望、怒り、悲しみ、混乱、マイナスな感情全てが怒涛の勢いで押し寄せてきた事で、もはや私の感情は言葉では言い表せない状態となってしまった。‥‥こんな人の形をした得体の知れない悪魔を相手にしていたのか、私は。
悪魔以上に凶悪な二人をどうしてくれようかと考えていると、スピリットさんが動きを止めている私に心配そうに声を響かせた。
(優蘭様、どうかなさいましたか?「痛覚無感」で痛みは感じないとは言え、今までのダメージを考えるとあまり悠長には出来ません。一旦出直しますか?)
痛みを感じていない私では気付けなかったが、私に付けられた傷はかなりの深手らしい。言われてみれば確かに、地味に体は重く感じるし、右前腕の切り傷から滴る血が今だに止まっておらず何だか寒くなってきた。スピリットさんに心配の声を掛けられ、一旦状況確認をした私は、ここで引くか引かないかの選択の答えを念話で伝える。
「出直すも何も、逃がしてくれると思う?」
(振り切る事は可能かと。あの二人の様子を見るに、飛行はあまり得意では無さそうですので)
「‥‥‥無理だね。あんな話を聞かされたらこのまま逃げるなんて出来ない。どんなに時間が掛かっても必ず殺す」
私がこのまま引かず戦闘継続の判断を下すと、スピリットさんはそれ以上は何も言わず(わかりました)と言って引き下がった。
(でしたら一つお伝えさせて下さい。本来、翼に星すら無い魔人になりたての杏奈には、優蘭様にダメージを与えられる程の力はございません。彼女の攻撃が強力なのは、兄の純力を使っているからです。格下だからと侮ることのなきよう、お気をつけ下さい)
それを聞いた私はピンと来た。どおりでおかしいと思った。兄の『台風の目』で強化されていたと言っても杏奈自体の格は上がらない。そんな杏奈の攻撃でここまでボロボロになるのは予想外だったが、兄の純力を使っているのならば、それは兄の攻撃そのものと言える。
‥‥だからあんなふうに余裕かましてられたのか。二対一で最初から不利だったけど、六星の兄が二人分となると流石にマズイ。
スピリットさんとの秘密のやり取りは一分にも満たない一瞬だったが、私の体が限界を迎えるまで時間がない。‥‥終わらせなければ。私は深く深呼吸すると、身体強化を密かに行いながら最後の問いを投げる。
「最後に一つ、聞かせて欲しい」
「‥‥聞いてやろう」
何故か男は勝利を確信したと言わんばかりに、殺す前の最後の遺言だけは聞いてやろうとスカした顔で頷いた。
「さっき一刻も早く鍵を手に入れて「本物の自由を手に入れる」とか言っていたけど、あなた達の言う『本物の自由』って何ですか?急いで手に入れた鍵で開けた扉の向こうで、一体何をする気ですか?」
急いでいたから、お母さんは私を誘き出すための餌として殺された。自由は常に自分のすぐ目の前にあって、手に入れようと思えば手に入れられる物だ。しかし彼らはそんな物を手に入れる為に鍵を得ようとしている。彼らにとって最も価値のある物。無意味に人を殺してまで欲しい物とは、一体なんなのか?
私の質問を聞いた兄は、意外な事を聞かれたかの様に片眉を上げ「そうか、やはり君には分からないか」と悲しそうに息を吐いた。
「僕が君の質問に答えるより先に、まず君が僕の質問に答えなさい。君にとって「自由」とは何かな?」
私がした質問の筈なのに何故か質問を質問で返されてしまった。だが良いだろう。こうして会話をしている時間を使って途中だった回復を進める事にする。
「何者にも縛られない事、自分の気の向くままに動ける事、なんじゃないですか?」
「辞書に書いてある事そのままだね‥‥だがそうだ。僕達はその自由を手に入れる為にこうして戦っている」
‥‥なんか遠回しで分かりづらい。
兄は私の返答に頷いて続ける。
「君にとっては珍しくも何ともない言葉で、実際に身近にある様な簡単なものなのかも知れないけれど、僕達にとっては何よりも遠い場所にある手には届かない物だったんだよ」
なかなか答えらしい答えが返って来ず、私が眉間に皺を寄せると、兄の後ろに退避していた杏奈がスッと歩み出て、やれやれと言いたげに自らの翼を撫でた。
「そう、こうして執事やメイド無しで行動するのは初めてなのよ。何かしようとするといつもお父様とお母様に邪魔される。だから居なくなって清々したわ」
執事、メイド、いかにも財閥のお嬢様らしいお悩みだこと。だがそれが何だと言うのか。財閥の娘、息子ならば金には困らないし欲しいものは何でも手に入りそうではないか。そんな恵まれた環境にいる二人がわざわざ欲する物が「自由」?余計に分からない。
「つまり、何が言いたいと?」
「僕らの足枷だったアイツらを消して、ようやく僕らはここまで辿り着いた。それに、聞けば『銀の鍵』はこの世界と異世界を繋ぐ物らしいじゃないか。その鍵さえあればあのクソ親父の力なんか借りなくたって、まだ見ぬ世界で好き勝手に遊んだり、あっちの世界の生き物をこっちに連れて来る事もできるかも知れない!」
先程まで妹を庇い、冷静だった兄が突然、幼い子供のように目を輝かせ声を弾ませた。
「向こうの世界の生き物をこっちに連れてきて裏のオークションに出せば、きっと高く売れるだろう。もしそれが売れなくともこの魔人の力さえあれば、僕と杏奈の望む面白い世界も作れるに違いない!」
「あ、お兄ちゃんそれってこの前言ってたドリームランドのことね!」
二人は完全に私の存在を忘れてはしゃぎ出してしまった。だがしかしそんな二人とは反対に、私は片目を閉じて視線を少し下げる。二人がはしゃいでいる今のうちに、たった今兄が奔流の如く吐き出した答えを一つずつ分解して、こんがらがった頭を整理しなくてはならない。
足枷だったアイツら‥‥お父様とお母様。居なくなって清々‥‥アイツらを消した‥‥殺した。鍵は何に使う‥‥?異世界に行ったり異世界の生き物をコチラに連れて来る。そして、売る‥‥。二人で作る面白い世界‥‥ドリームランド。‥‥夢の土地ランド、いや世界か?
ここまで一つずつ言葉を組み上げていった私の頭でパチンと最後のピースがはまり、全てが繋がった。全てを理解した私は、驚愕の事実に全身に鳥肌が立ち、目を見開いた。
なんて事だ、こんなことがあって良いのか。
この第三者同士の戦いが始まる前、天悪戦争の時に暴れ回っていた悪魔達を私は幾度も見てきた。そんな悪魔達は、元々悪人だった者が暴れ回っている事もあれば、精神的に弱っていた人が魔人の力を抱えきれずに自我を無くしている場合もあった。
人々に恐怖を与えているという意味では「悪魔」と呼べたが、しかしそんな彼らは共通して純力に振り回されていただけで、救われなかった悲しい存在だったとも言える。
‥‥しかし今目の前にいるこの二人の場合はどうだ?
ただ、自分たちが求める物のためならば平気な顔で無関係の者の命を奪い、あろう事か自分達を育ててくれた親を手にかけるなど、恩を最大の仇で返している。それに、彼らがこの世界に異世界の物を好き勝手に持ち込めば、この世界にどんな最悪が起こるだろうか。
未知の生き物がこの世界に流れ込んできて世界は大混乱に陥るだろう。政府が所有する武器では対抗出来ないものが来る可能性もある。異世界の知識が無くったってこれくらいの事は想像が付く。
‥‥お前らのがよっぽど悪魔じゃないか。
これはもはや私だけの問題では済まされない。
‥‥駄目だ、こいつらだけは生かしておいては駄目だっ!
今までこの二人がどれだけ窮屈な生活をして来たのかは知らないが、その反動で災害にも近い暴れ方をするのは容易に想像ができる。ここで私が止めなければ、もう誰も核爆弾よりも悪質なこの二人を止める事はできないだろう。
そんな二人の悍ましい考えを知り人類の危機を感じた所で、私は心臓が跳ね上がるようなプレッシャーに襲われた。しかし、そのプレッシャーには私に危害を加えようという意図はない。これは、今目の前にいる二人に向けられた強烈な殺意だった。
(優蘭様‥‥‥‥)
どうやらこの殺気を放っていたのはスピリットさんだったようだ。スピリットさんは、その声の一つ一つに力を込めて聞いたこともないような低い声を私の頭に響かせる。
(‥‥優蘭様、この者らは駄目です。今ここで殺さねばどの世界にも希望はありません。私達を殺すだけでは飽き足らず、自分たちの邪魔をする者全てを滅ぼし、この世界以外を含めた全ての世界に混沌をもたらすでしょう。こんな悪魔共に大事な銀の鍵は渡せません。今ここで、何としてでも、確実に殺してください)
こんなに怒っているスピリットさんは初めてだ。もしかしたら、これが本来のスピリットさんなのかもしれない。だが、今そんな事はどうでも良い。今またこの二人を殺さなければならない理由が増えただけで、この二人を殺すのに変更は無い。
「‥‥分かってるよスピリットさん。大丈夫、私は死なない」
二人から聞かなければならない話は全て聞いた。
もう二人を生かしておく理由も無くなった。
あとは、何の迷いもなく突っ込むだけだっ!
深く深呼吸をして息を整えた私はクッと顔を上げ、手に持っていた出刃包丁を二人に向けると、力一杯宣言した。
『私のお母さんの仇討ちと、この世界の未来のために、今、何としてでもお前達を倒すっ!!』
‥‥‥さぁ、第二ラウンドといこうじゃないか。




