〜第18〜 未来に進む
次元獣になった後、他にやることもないので真っ直ぐ帰路に着く。帰る途中空を駆けながら色々考えてはみたが、夜風に吹かれながら遠い所を眺めているうちに頭が冷えた。そんな一度冷め切った頭で考え直して最終的に出てきた答えは‥‥‥。
「考えても分からん。放置でいいや」
くらいしか出てこなかった。
自分の持つ強大すぎる力の使い道に関して、スピリットさんからはいつもの事ながらなんの説明も無い。こんな力の使い方もあるよって軽く知っていればOKみたいな感じだったし、深く考えるだけ無駄というものだ。私は考え、悩む事を放棄した。
早く帰って進路考えよ。
私がもう一度バサッと羽ばたいた次の瞬間、一つ命が消えた。その命とは私と同じ異世界の力を持つ魔人のものだった。次の瞬間、千里眼が自動的に発動。目を閉じると、その現場の様子が遠目で映し出される。
その光景を見せてくれたのはその場に居た椋鳥君。有難いことに小さい体を戦いに巻き込まれないギリギリまで近付いてくれている。周囲には大小幾つもクレーターができ、地面は大きくヒビ割れている。土煙であまり視界が良いとは言えないが、強い衝撃が何度もこの地を襲った事はすぐに分かった。
決着が着いてすぐの事らしく、辺りは瓦礫の舞うパラパラという音だけが聞こえる。そして見える範囲で分かったことは、殺られたのは五十代くらいの白髪混じりのおじさん。
ドサッと鈍い音を鳴らして地面に落ちたおじさんは血まみれで、左足が欠損しているのが見えた。壮絶な戦いだったのだろう。と思っていたが、おじさんをこんなボロボロにした肝心の相手は綺麗な格好をしたままゆっくり舞い降りてくる。目を凝らしてよく見れば、まだ若い二十代くらいのお兄さん。余裕だったと言わんばかりに靴に付いた埃を叩くと、そのまま何処かに飛び去ってしまった。
一部始終を見終わり、椋鳥君からの千里眼を閉じる。
あのお兄さんは無傷で表情一つ動かさなかった。歴戦の猛者みたいなあのおじさんを、お兄さんは一体どうやって倒したのだろうか?今のところ私の千里眼は二箇所同時には覗けない。先程まで千里眼を使って私の次元獣観察をしていたせいだ。
もっと早く観察終わらせるべきだったなぁ。
会いたくないなぁ、あの人絶対強いじゃん。
背中の星いくつの人だったのかなぁ‥‥‥。
もうちょっと早く見ていれば、あのお兄さんの必殺技なり手の内なりを見られたのになぁ、と思いつつ私は家に到着し、ガクブルしながら布団に潜った。
翌日、私は普通に過ごしていた。
特に変わり映えのしない普通の日常だが、私の頭の中はあの夜の光景の事でいっぱいだ。遠目だったから細かく見る事は出来なかったが、それにしても、あのお兄さん何処かで会ったような気がする。
はて、何処だったかな‥‥‥?
あ、思い出した。少し前にカラスくんが危険人物として知らせに来てくれた時、記憶で見た人だ。あの人やっぱり強かったんだね。初めて見た時そんな感じはしていたが。それにしてもあの時にも同じ事を感じたが、やはりあの雰囲気と面影、誰かと似ている。
うーん誰だ?
‥‥‥思い出せない。
なら、私にとって大した存在では無いという事だ。うん、誰に似てようが似てまいが、どちらにしろ私はあのお兄さんを殺すか殺されるかの二択しかない。私から仕掛けるつもりなど微塵もないので、出来るところまでずっと逃げに徹するつもりだ。もしもの事があっても、最悪即死は絶対に免れるから常に怯える必要はない。
今回の保険では分身体を作っていない。だがしかし、あの時の方法と比べたら安全性は格段に増している。提案した時はスピリットさんに物凄く嫌がられたが、ここまで来たらどんなに卑怯な方法でも自分の命を最優先にするべきだ。死なない、という事が一番重要なのでスピリットさんには申し訳ないが、ここは飲み込んでもらった。
今回準備した保険について思い出していると、ふと今生き残っている魔人の残り人数が知りたくなった。最近一人倒された事だし、ここらでちょっと確認してみるとするか。
えーっと‥‥‥?
まず最初に少女大規模自爆事件で三人が死亡、そんでもってジャックが三人深海に沈めて殺した。で、そんなジャックは私に倒され、昨日お兄さんが一人倒したから‥‥。
「あれ」
私はここでやっと気がついた。もうすでに十人いたうちの八人が死んでいる。よって、今生き残っているのは私とあのお兄さんだけになる。
あららららら‥‥‥?
これって結構まずい状況だったりする?
もうお兄さんと私のタイマン勝負しか残ってないじゃん!
今の私は予め準備してある保険のおかげで即死する事だけは絶対に免れるが、今頃相手は私の事を血眼になって探しているかも知れない。そう思った途端脂汗が吹き出してくる。こ、これは受験とか言っている場合ではないのではないか???
はわわわわ‥‥‥。
ハッ!そうだ!
こんな時に使おうじゃないか!
『千里眼』!
私は『千里眼』を発動し、お兄さんを探してみる。
‥‥‥いた!
お兄さんは静かな広い庭で一人優雅にティーカップ片手に本を読んでいる。側にはメイドさんが控えていて、いかにも金持ちという雰囲気。顔立ちは整っていて、王子様という言葉が似合う人だ。しかし、こんな人が一人のおじさんをボコボコにして殺しただなんて、誰が信じられるだろうか?
‥‥‥私なら信じない。
うーん?と、あまりのギャップの違いに思わずお兄さんをまじまじと見てしまった。すると、次の瞬間お兄さんの耳がピクリと動き、右目を私と同じ鮮血の色に変えると、警戒するような表情でバッっとこちらに視線を移す。
おっと危ない。
危険を感じた私は、すぐに千里眼を閉じる。視線を感じただけで位置まで察知するとは、危機察知能力がかなり高いようだ。それに、あのまま見続けていたら私ではなくその場で視線を借りていた小鳥ちゃんの方が殺られる危険性があった。
‥‥‥それにしても、意外な事に相手は思ったよりものんびりしていた。血眼になって私を探しているのかと思えばそんな様子も無い。それならそれで私にとっては都合が良いが、相手の考えている事が読めない以上、今回の様にむやみに千里眼で覗いたりするのは控えた方が良いだろう。相手がのんびりしているのなら、そのままノータッチで無駄に刺激しない方が身の為だ。
戦いの事なんか忘れてさ、そのままずっとお茶でも飲んでのんびり過ごそうじゃないか。ねっ?
私はお兄さんにそう願い、お母さんに言われた通り受験勉強をするため勉強机に向き合った。
(優蘭様は進路はもうお決まりになったのですか?)
勉強中、難しい問題にぶち当たり耳に赤ペンを挟み、手でペン回しをしながら唸っている所にスピリットさんの声が頭に優しく響く。
「夢とか目標とか特に無いし、その辺の大学行こうかなって」
(そうなのですね)
普通の大学とは言っても、今の私にとっては十分難関な所だ。今からでもきちんと猛勉強しないとテストを受ける事すら難しい。ムムムと答えを求めて教科書や参考書と睨めっこしていると、スピリットさんはクスッと笑う。
笑うな!と軽く少し怒る私。
他愛も無い、いつもの日常。
実は、あれから何の音沙汰もないまま数ヶ月が過ぎている。夏の暑さは過ぎ去り涼しくなってきた今日この頃。世間からは謎の魔人による被害や事件はスッパリなくなり、話題にあがることも無くなった。
私も暫くの間は警戒心高めで過ごしていたが、ここまで何もないとある程度警戒の糸は緩む。体はバケモノ並みの力を持っていても、見た目は普通の人間で日々生活している。ならば、普通の人間の学生として学校に通い、そのまま時間が過ぎれば受験というイベントが迫って来るのは必然だ。
はぁ、この問題とか世の中に出て使うの?
あ、ここの公式なんだったっけ?
‥‥‥わからん。
(優蘭様ここは、これにプラスするのですよ)
「あ、そっか」
こんな感じで、現在の私はいたって普通の生活を送っている。
そして何事もないまま更に数ヶ月が経過、スピリット先生の教えもありギリギリ目標の大学に行けるくらいの偏差値まで到達する事が出来た。学校のテストでもほとんど平均の点数を出せるようになっており、お母さんも微笑ましいものを見るように静かに応援してくれている。
今の私が見事受かることが出来たならきっとお母さんは喜んでくれる。私は昔から、何かと問題ばかり起こしていて心配ばかりさせていた。この学校に合格した事で少しでも安心してくれると良いのだが‥‥‥。
平和だ。
特別なことなんて何もない、ただの何事もない日々がこんなに楽しい。
そうだよ、これで良いんだよ。
異世界?殺し合い?‥‥‥今思えば変な話だ。
私にそんな非日常的な事なんて必要なかったんだ。
今私が持っているこの力だって、心の片隅では宝の持ち腐れだと思っていた。スピリットさんや友達の動物達がいるので、自分の周りから不思議な事が完全になくなる事はないが、それでも皆静かに日々何のトラブルもなく過ごしている。
‥‥‥良いじゃん。
そうして私の心は少しずつ普通の人間に戻っていった。夜中の飛行練習も、純力遊びも、次第にやる日は減っていった。朝起きて学校に登校し、大人しく生き物の図鑑を読んだり勉強したりして、夕方には寄り道をせず真っ直ぐ家に帰る。
そんな当たり前な日々を過ごし、更に時は進む。あっという間に秋は過ぎ去り冬が到来。いよいよ受験当日の朝となった。家の扉を開くとブルっと肌が冷たい空気に晒され、空を見上げれば雪がチラチラと舞い散っていた。この冷たい空気も相まって緊張に拍車がかかる。
私が受験する大学は特に有名なところでも何でもないが、今までの私の成績では難しいと言われていた所だ。頑張って勉強して、何とかここまで辿り着いた。この日、今までの努力全てが試されるのだ。
スピリットさんの力は借りない。
実力で勝負するのだ。
「優蘭!」
外に向かって一歩踏み出したところで、お母さんに呼び止められた。くるっと振り返ると、お母さんが優しい手付きで首にマフラーを巻いてくれる。そしてポフっと私の頭に手を置き、真っ直ぐ私の目を見て言った。
「全力を出し切ってきなさい」
こんな時、あなたなら絶対上手くいく!とか 信じてる!なんて無責任な事を言わないところが実にお母さんらしい。だが今の私にとって、そんな綺麗な言葉よりもよっぽど心に響く言葉だ。
お母さんなりの真っ直ぐな応援の言葉を受け取り、私は自らの頬をパンッと強く叩いて気合を入れる。そして一度頷くと「行ってくるね!」と返事を返し、私は意気揚々と試験会場に向かったのだった。
あっという間だったが、テストの解答用紙には回答を試験時間内に全て埋める事が出来た。手応えアリだ。あとは合否発表を待つだけとなるが、結果を早く知りたい気もするし知りたくない気もする。要するに緊張しているのだ。
このまま上手くいってワクワク大学生になれるのか、はたまた落ちてフリーターになるのか。
そこまで考えたところで、スッと一つの考えが頭をよぎった。キラキラ大学生でもフリーターでもなく、殺されるかも知れないという事を思い出したのだ。
あ‥‥‥。
そういえば、近頃のスピリットさんは私の行動について文句の一つも、何をすべきと助言の一言もない。最近は以前とは違ってすっかり普通の生活に戻っている。敵の方も何の動きも見られないので、今の危険な状況に関してスッポリと頭から抜けていた。
あれ?でも敵を倒す事に積極的だったスピリットさん的には、私に何かして欲しかったのではなかったのか?今のこの進展の無さに文句の一つもないのは何故だろう?ほんの少し不気味に思った私は、気になってスピリットさんに聞いてみる事にした。
「ねぇスピリットさん?最近忙しかったし相手の方も動きが無かったから忘れかけてたんだけど、スピリットさん的にはこの状況どう思う?」
私としてはこのままずっと膠着状態のままでいた方が有難いが、そうなったらスピリットさんが私の体の強化を促したり、熱心に解説をしてくれた意味がない。勝ち残った後はどうして欲しいのだろう?スピリットさんは私に何を求めているのか。
そんな事を考えているとスピリットさんは一言だけ(優蘭様は生き残りさえすれば良いのですよ)と穏やかに答えた。
‥‥‥あれ?
なんだか前と言っている事が変わっている。
以前は私に権利がどうのこうのと言っていた気がするのだが。
私が理解できないと首を傾げると、スピリットさんが話してくれた。
(以前までの私は優蘭様を一刻も早く頂点に君臨させるべきだと考え、気持ち的に焦っていたのです。しかし優蘭様と共に旅をして、貴方は私が言葉で急かすよりも、自由に静かに見守っていた方が自主的に行動してくれる、と分かりました。思ったよりものんびりペースで、少し異世界の方が心配な事に変わりはありませんが、優蘭様の性格を考えると今のこのやり方が一番理想的であるという結論に至ったのです)
うーん‥‥‥?
つまり、スピリットさんは戦いの決着を急かす気はないという事なのだろうか?その答えは私にとっては都合が良い。しかし、スピリットさんにとってはそれで良いのだろうか?スピリットさんは何かを成すためにこの世界に存在しているのではないのか?
「逃げてばかりの私に言えた事じゃないけど、スピリットさんはそれでいいの?」
私の言葉を聞いて、スピリットさんは小さく笑うと(急がば回れですよ)と軽く言った。
(優蘭様と出会って数年、私はずっと貴方の視界や思考など様々な面で観察して来ました。その過程の中で一つ答えが出ました。貴方という人物は自由という言葉がとても似合う程自由に動き回るお方だと。ですので、やる気の無いのまま行動したとしても恐らく敗北して殺されてしまう可能性の方が高い。ならば、今死なない事を重視して動いているのなら、優蘭様の言っていた通り余計な事はせず静かに過ごしていた方が生存率は高いだろう、と思ったのです)
ほぉ、スピリットさんなりに色々考えてくれていたんだね。
まだまだ気になる事はあるが、これ以上細かく質問していても答えてくれなかったり長くなりそうなので一旦この話は切り上げる。スピリットさんもこれで問題がないのなら、わざわざ話を長引かせる必要もない。
そっかぁ〜。
と言ってこの話は終わった。
受験の合否発表当日の朝、私は緊張で目を覚ましてしまった。部屋のカーテンを開けるとようやく空の奥の方が明るくなり始めていて。こんな気持ちのまま、また寝床に潜る気にもなれない。結果発表の時間までだいぶ時間がある。それまで久々に団地の屋上に登って日が昇って明るくなるまでボーッとする事にした。私は窓を開けてこっそり足音を立てずに屋上までジャンプして登る。
この一連の動作も久しぶりだ。
団地の上とは言ってもそれなりに高いので風が少し強めに当たってくる。特にこの季節の風はとても冷たいが、高度が上がれば上がるほど視界を妨げる物は少なくなり、周りの風景がよく見えるようになる。
‥‥‥ここ数ヶ月間、ずっと受験勉強で机ばっかり見てたからね。
やはり、こうしてだだっ広い風景を見るのは気分的にも最高だ。普通の人間の身体では簡単に屋上まで登ることはできなかったが、こんな時だけは異世界の生き物になれて良かったと思う。こうやってボーッとするのが何より楽しい。ここで一人ボーッとしてたら過去の事を思い出すのは、あるあるなのではなかろうか?
思えばここまで来るのに随分時間がかかった。初めて異世界の力を手にしたのが中学一年の十二歳の頃だから、かれこれ五年経っている。五年、半分人ならざる者になってからもう五年だ。五年でここまで立派な化け物になってしまうとは、本当に人生何が起きるか分からない。
今、私は普通に人としての人生を歩んでいる‥‥‥と思う。しかし、この先異世界の力のせいでトラブルとか起きたらどうしよう?恋人とか出来たとして、間違えて捻り潰しちゃった、なんて事にはならないだろうか?普通に社会に出て仕事するのではなく、何処か遠い人里離れた山でひっそりと仙人にでもなるか?
目標も何も無いため、自分がこの先の未来をどう進んで行きたいか、全くイメージが湧かない。
はぁあ‥‥‥。
どうなるのかな。
私に一つ悩み事ができた。
いよいよ合否発表を確認しに行く時が来た。
大学の合否はその大学の掲示板に貼り出される。そして自分の受験番号と同じ数字を探し、あれば合格なければ不合格。という有名なやり方だ。今日は私一人で確認しに行く。早く行って帰って、お母さんに知らせてあげようじゃないか。受験当日の時のように玄関先までお母さんが見送りに来てくれる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
そう言って私の背中にポンッと手を置いて、力強く送り出してくれた。