序章
20XX年
突如、何の前触れもなく、この世界の空から謎の透明な石が降ってきた。
正体不明のその物体は、どれも人通りの多い場所に落とされ、その石を視界に入れてしまった運の無い者の大半は、石に触れた瞬間この世を去った。
そんな中、石に触れても尚命を落とさなかった数少ない者は、突然手に入れたその異次元の力をどのように行使するのか。
際を振るった支配者は、これから起こる全ての成り行きを、ただただ見守るようだ。
痛い、寒い、うるさい。
生命 優蘭 十二歳
四月、私は今まだ冷たいプールに突き落とされ、いじめっ子達にクスクスと笑われている。中学に入学して早々こうなるとは思わなかった。
‥‥‥中学に上がれば何か変わるかと思っていたのに。
いじめっ子のリーダー格とまた同じ学校になってしまったのだ。これはキツイ、また三年間小学校の頃とほぼ変わらぬ日々を過ごすことになるなんて。最悪以外の何者でもない。
そんな事を考えているうちに満足したのか、いじめっ子達は帰って行った。私もいじめっ子達の姿が見えなくなったところでプールから上がり、帰路についた。
「お帰りなさい」
アパートの扉を開けた音に気が付いたお母さんが優しい笑顔で出迎えてくれる。しかし、びしょ濡れの私をみて表情を曇らせた。
「どうしたの‥‥‥?雨降ってたの?」
「えーっと、ちょっとつまずいて川に」
「‥‥‥また良くない子が居るのね?」
小学校の頃から私がいじめられている事を知っているお母さんは何かを察した様で 、残念そうに問うてきた。私はその問いに対し、お母さんから目を逸らす。お母さんはとても優しい人だ。小学校の頃、私がいじめられている事に気付いたその日から一層気に掛けてくれている。
「辛いでしょう、やっぱり違う学校に転校してもいいのよ?」
「だ、大丈夫だよ?別に辛くないって」
「でも‥‥‥」
「大丈夫だって、心配しないで。何をされたって私のメンタルはこんなことで壊れたりしないから」
そう言うと、私はお母さんからタオルを受け取り、バタバタと自分の部屋に戻った。
ああは言ったものの、本音は辛いと言うよりムカつくね。なぜ私なのか、私があの子達に何かした?先生に相談を持ち掛けたりしても、子供同士の喧嘩としてちゃんと向き合ってはもらえなかった。
それに、ここまで来たらお互い「ごめんなさい」で済む話ではないのだ。謝られて、その場では許してもその後お互い干渉しなくなるだけとか、その程度だ。
人間など所詮愚かな生き物。一度人を下に見て快楽を感じたならまた同じ事を繰り返す。もうどうしたって物理的に距離をとるなり、相手に直接苦痛を与えるくらいしなければ止まることはない。
しかし、当時小学生の私にはそんな行動力はない。
お母さんのあの表情を見てからは「やり返す」ということも出来なくなった。
私からやり返される危険性がなくなった事をアイツらが知ったら、当然またいじめが再開される訳で‥‥‥。
そして私は諦めた。考える事もやめた。
悲しい、辛い、寂しい、怖い。そんな感情すらも薄れて、いじめを何とかしようと動いたり助けを求める事すら面倒になってしまった。
そうしていじめられ続ける事数年、悪い意味でいじめに慣れたとはいえ、不快な事に変わりはなく、いじめられる度に抱く感情はいつしか 『殺意』に変わった。
いっその事いじめてくる奴らみんな殺してしまえば終わるよね?
ほんと‥‥‥『殺してやりたい』
いじめから逃げる方法は、不登校、自殺、転校というやり方もあったけど、それは 大好きなお母さんに無駄な手間を掛けさせてしまうだけ。それに、今更環境を変えるのも面倒だ。
殺害、簡単だ。後ろから殴るなり、刃物で刺したりすればいい。その後警察に捕まって豚箱にぶち込まれるのだって別に怖くはない。
しかし、それを実行に移すことは出来なかった。
理由はお母さんだ。
小学四年生の頃、友達だと思って信頼していた子に裏切られ、怒りに任せて思いっきり椅子で殴り大怪我をさせた。その時はとても爽快な気分になったが、後にその母親に私とお母さんが謝罪した時の事。
‥‥‥私はその時のお母さんの顔が忘れられない。
テストで良い点取った時のお母さんの顔。
機嫌が良い私を見て微笑むお母さんの顔。
怪我して帰った私を手当してくれるお母さんの顔。
イタズラして叱られて、でも最後に撫でてくれるお母さんの顔。
私の大好きなお母さんは、いつも見る度優しい笑顔だった。しかし、その時のお母さんの顔は悲しそうだった。生まれて初めて見るお母さんの悲しみの涙。初めての感覚と衝撃だった。
学校から帰った後も暫くの間お母さんはずっと泣いていた。私が話しかけても「ごめんね、何もしてあげられなくて」としか言わない。
その時の感情任せに、私が勝手にした事だ。
お母さんは何一つ悪くないのに、何度も何度も私に「ごめんね」と。
私は混乱した。そして非常にショックだった。
私の行動一つでお母さんをここまで追い詰めるとは思ってもみなかったのだ。私の精神を安定させてくれる最も重要な支柱。それを傷付けることは絶対にあってはならない。
私の行動の何がお母さんを困らせるのかは、イマイチ私の基準とはズレているため分からないから、せめてバレないように。
そう気付いた時、
私は二度とお母さんを泣かせたりはしない。
と固く心に決めたのだった。
初めまして、のんびり進めてまいります。
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