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収束的ノーサイド7

 銀色作家は舞台をまとめ上げる。

 一旦としてだが、この陸の孤島たると、連絡の不可能という状況から、第一の解決、犯人の、女将の通報は見送られた。だからと言って、自由が約束されるわけでは無いとは思うが、こればっかりは、赤の他人の僕の踏み入るところでは無い、殺された人間と知り合いでも無ければ、友人でも無いのだ。結末は、彼女のみぞ知るところで。


 僕は帰り身支度みじたくをしていた。ふんわりと事の終了を受けてみると、変な感覚だけれど、さっきまで殺人事件が起こっていたとは、なかなか思える状況では無い。


 コンコンとノック。


「……はい、どうぞ」


「入るっすよ、侵入するっす」

 一番最初に僕の元を訪ねたのは、意外にも働き者だった。いや、意外でも無いのかもしれないが、彼女のフットワークの軽さなら、仕事人の素早さなら、荷物をまとめるなどと言うのは。


「カエラちゃんは、もう帰るのかい?」


「帰るか、その質問は正しく無いっすかね。正しくは、場所を変えるだけっすから。つまり、働きの場所を変化させるのみですから。私の生き方が変わる訳でも、まして帰る所に向かう訳でも無いっすよ」


「そんな所か。ふん、まぁ、働き者で大いに結構。休むのも仕事のうちだと言うのも、付け加えるけれどね」


「忠告どうも、聞いておくっすよ。口煩うるさい父親の代わりにでもね。じゃあ、私はもうさっと行くことにするっすよ。タイムイズマネーっすから」

「それじゃあ、京介さん。また、いつか会うその時まで」


「また、いつか会うなんて、そんな出来ない約束をするもんじゃ無いぜ」


「いや、会うっすよ。また、会うっす。私の直感がそう言ってるっすから」

 そう最後にセリフを残して、働き者は姿を消した。嫌な予言をしていくもので、まるで、僕がそれまで死なない事が分かっているみたいな事を言いやがる。


 直感。

 いやいや、何事も意識改善は大事だぜ、働き者が直感として再会を確定させる様に、僕だって、死ねると思い……いや、これはどこか決まりが悪いと言うか、前向きに死ぬとはつまり考え方として正しいのか。ふん、分からん。


 後回し、今はこれでいいか。


 コンコンと、またノックされた。


「はい、どうぞ」


「お先にはカエラちゃんだったんだね。もう行っちゃったんだね。あたしとしてはもう少し話したい所だったけれど」


「今からでも、追いかければ良いだろ?」


「彼女、凄く足が速いのよ。そして、あたしは凄く足が遅いのよ」


「少し誇らしげに語るな。ただ、足が遅い事を」


「良いじゃん、足が遅いのは腐りにくくてね。あたしはパイクの様な女だからね」

 パイクの様な女。もうおよそ、何をどう解き明かそうと、解き聞かそうと大学生の耳には褒め言葉として解釈されそうなほどの明かり明かりの表情。見て、苦笑い。


「いやはや、てっきりさ。あたしの出番はもう必要では無いのかなと思いつつだったのだけれど、最後に出番をもらえて良かったよ。いや、一応さ。ありがとう、とそう言おうと思ってさ」

 そう、いつもながらに緩くなく、真剣な素振りをして、大学生は感謝を述べた。


「感謝なんて、わざわざ似合わないじゃ無いか。それに、解決にはお前の力は不必要では無かったはずだろ?お互い様によくやったはずだ?」


「まぁ、そうだね。君がそう、全てを理解していて言ってくれているのだと仮定すると、あたしとしては嬉しい言葉だけれどね」

「ごめんよ。色々と、君には迷惑をかけたよ」

 なんだ、気持ちが悪いな。感謝は人間としては自然に褒められる事だとしても、迷惑をこの程度で謝られる様な関係性では無いはずだぜ。


 違和感だ。


「迷惑とは思わないけれど、なんだ、辞めろよ」


「ふん、君がどれほどまで考えているか。それは分からないけれど、あの人の事を少しばかり甘く見ているのでは無いかと思うよ。これは、忠告ではなく、ヒントとして教えるよ」

「最後に、本当の純然たる相棒としての、言葉をここに送るよ」


 そう言い残すと、小鳥はすぐさま飛び立ってしまった。立つ鳥跡を濁さずか、本当に、最後の最後には後腐れ一つも残さずに、ぱっと去っていってしまった小鳥に、僕はそう自然に思った。


「あの人……か」

 残された男は一人ポツリと言葉を発する。


 あの人。小鳥が言い残した言葉のあの人。

 触れるのはよしたほうが良いと、自分では思うのだけれど、ここまでで、解決とするには少々解き明かし不足というか。謎が残り過ぎている。


 最終チェックをしなければならない。次の自殺計画を立てる時の注意事項としてのクオリティの為にも。


 次、失敗しない為に。


「と、僕はそんな風な口実を、自分に課してまでここへ移動して来たわけです。そんな事を順繰(じゅんぐ)順繰(じゅんぐ)り考えてきた訳です。働き者と、大学生との会話を終えて」


 目の前の人は、ティーカップを流れる様にカチリと置くと、なびく春の風を背後に、顔をこちらに向ける。


「なるほど、私に最後のお話をしてくれると、そう言う事ですか?」


「そんな風に、重々しく捉えないで下さいよ。あなたの物語構成は守られたはずですよ」


「それもそうですね。あなたは良くやってくれましたよ。私の計画のままに」


「おかげで、僕の計画は破綻しましたけれどね。つまり、結局、僕と、黒鬼と、あなた、計画を立てた人間の全てをひっくるめて、唯一あなただけが一人勝ちという訳ですね?」

「銀色作家、百白引(ももしらびき)名々夜(ななや)さん」


 そう、名前を呼ばれた彼女は、少し微笑んだ。

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