表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/91

収束的ノーサイド6

 動機。こんな言葉で、彼女の気持ちが語られるとは、片腹を抉りたくなる様な気持ちだけれど、僕は語る。


「4、5ヶ月前の衝動的殺人。そんな言い方をしたが、正しくはそうじゃ無い」


「計画的だったって事では無かったよね?」


「計画的では無い。衝動的というと、いささか突発性を感じるのが、気に食わないが。正確にはそうじゃないから。虎視眈々《こしたんたん》と連綿れんめんと練られた作戦程度が更に精度を増さざるを得なかったんだ。絡みつくように、亡者もうじゃ怨念おんねんが巻きついて、大々的な計画となった」

「亡者・鉄黒錠鉄鍵とは、そう言った裏の顔を持っていたから」


 語るに落ちる訳にはいかなかったが、騙る訳にもいかなかった。黒鬼、鉄黒錠鉄鍵の裏の顔。

 人身売買の繋がりを。


「鉄黒錠鉄鍵。約10年前、計画された大きな人身売買ルートの設置を主にした新社会性構築の計画」

「カエラちゃんは知らないだろうし、団子ちゃんだって深くは知る訳ないよね。小さな雑誌が取り上げた、知る人ぞ知るとも言えないレベルの不確認の暗澹あんたんの計画があった程度のなんだから」

「対して、僕はその計画に参加を表明していた企業、法人、個人に至る人間名簿を見る機会があった、だから見た。そして、はたと思ったんだ」

「小鳥、お前は何か思わなかったか。その名簿と、つまり符合する何かを」

 飛ぶ言葉を受け取るや、小鳥は頭を働かせ始める。グラッとする頭を揺らして、どうしてかこうしてかと頭を思考が巡る。


「うん、いや、なんだろう」


「10年前。この国の歴史的な事件があっただろ?それがヒント」


「10年前、10年前。んぁ、なるほど、そういう事か、京介君。君は、それと人身売買計画の符号を見たんだね」

「『伝説の殺人事件』。伝説の汚職おしょく潰し、堕落だらくした関係性を正しく切り離す事に成功した出来事。伝説を、伝説たらしめた事件」


「そう、その事件。時期にして、カストリ雑誌が潰されてのち、追うように誰かしらの介入から、弱座がその計画を、癒着ゆちゃくを滅茶苦茶に潰した」

 僕はやけに力説している自分をいやに三者目線で見ていた。その声を一人だけは、退屈そうに聞いている。


「10年前のその計画。人身売買計画、それがかの伝説と符合する事はなるほど分かったけれど。して、何故今またその話が関係するのかな、終わった話なんでしょ?」


「終わった話だ。白紙に戻った計画だった。誰もが伝説に怯え、歓喜する位の衝撃。木っ端微塵だったはずだ。しかし、それも昔の10年も前の話だ。10年経って、その白紙に同じ計画を書き上げた人物がいたと言ったら」


「そんな人物が居たと言ったら……それが、鉄黒錠鉄鍵だったと?」


「一人とは思わないけれど、一つの柱をになっていたのは間違いない」

「鉄黒錠鉄鍵。新たな人身売買計画を作り上げた男。そして、その男は始まりを告げるように、一人の人間を売買に賭ける事にした」

「それが、女将さん、あなたの動機ですよね」

 声をかけられた女将は小さく首をこちらに傾けると、紅のゆらめくようなほど小さな動きで口を動かし言葉を返す。


「……はい、そうです」


「ありがとうございます」そう言ってから、少しばかり女将の顔を見やってから、視線を前に戻すと話を続ける。


「鉄黒錠鉄鍵の売った人間。自分、自らが、買い取って手塩にかけて育てた人間の片割れ。旅館を共に経営していた女将さんの、妹です」

 ふっと、女将が笑ったような幻視をする。忘れられた人が、この世に思い返される様に、心の底から思った様に。


「……ふん、よく分かりましたね。そうです、私の妹、名前は不知雪しらゆき夕餉ゆうげ。私よりも何もかもが良く出来た、優秀な女の子。ただ、私より、若いという理由で売られた妹」

 手繰り寄せる様にして、妹について脳をパチクリさせるように、笑む。そして、息を吸ってまた冷たい顔をする。


「9ヶ月前、鉄黒錠鉄鍵さんがパトロンとしてここへ来てから、もう長く経っていました。私だって、妹だってあの人が連れてくる客人をもてなす暮らしを楽しんで行う程だった。そのような暮らしの中、疑う余地の無い自然な申し出がありました。妹に、外へ行く様に、鉄鍵さんが命じたのです。私には、ここの接客技術、私より料理の上手だった妹のスキルの伝授などと伝えられて、私は見送りました。それが今生の別れとも知らずに」

 言葉が途切れる、また動く。


「おかしいなと思いつつの日々。遠出をするにしても遅すぎるその期間に私は不安を膨らまし続けた。毎日毎日、妹を思い過ごす」

「しかし、妹は帰ってこなかった。どれほど思おうとも、どれほど声をかけても。私の部屋と、隣の部屋が繋がっているのは、何故か。隣の部屋は元々、妹の部屋だったのですよ。二人の女将の部屋。繋がっていても、不思議では無いでしょう?」

「帰ってこないうちに、部屋を何回も何回も行き来しましたよ。けれど、鉄鍵さんには大丈夫であるようにと振る舞いつつ、帰ってくるはずの妹の為の空間を残す為に」


……


「しかし、やはり妹は帰らなかった。今から5ヶ月前、私は知ってしまったのです、全てを。けれど、私も少しの間は耐え忍びました。ここで裏切っては、鉄黒錠鉄鍵、この男を殺しては妹のためにならないと」

「私たちは二人だけで、この旅館を守ってきた。客足が途絶え始める中の唯一の救いであったはずの人であったのに。ここを守る事は、帰ってこない妹の最後の可能性の砦であった、彼を切り捨ててはここは成り立たなかった」

「けれど、決壊したのです。傷心は心だけでなく、何もかもむしばんで進み、何もかもを破壊せんとするほどでした。だから、私は殺した」

「しかしけれど、死んでなおあの男は、私をしばり付けたのです。怨念です。死んでもあの人はずっと死なない」


「それが、怨念としての長石詩流という男だった訳ですね」

 僕は繋いだ。


「長石詩流。鉄黒錠鉄鍵から送り込まれた彼は、私に、死体の前に立ち尽くす私の後ろに現れたのです。そのタイミングを測った様に」

「『鉄黒錠鉄鍵様から、伝言です。お前の望みは叶えてやる。選択肢は無い、お前はその択を掴み取るより無いのだ。その旅館を生かし続けるだけの金銭をやろうその代わり、儂の言葉を受けるのだ。』と、詩流さんは言いました」

「詩流さんの、いえ、鉄黒錠鉄鍵さんの成り変わりのその大男の目的は明瞭……『弱座切落の終わり』でした」

「自分の殺人の罪を、自分のうらむ人間になすり付けろという作戦。鉄黒錠鉄鍵と言う、表の名前を殺した大罪人として、伝説をけがす作戦。私は、お金と旅館の延命に目が眩み、詩流さんと計画を進めたのです」


「弱座を雨の中外出させた手紙はやはり、詩流さんが弱座に送ったのですね」


「そうです。果たし状として、決闘を、殺し合いを申し込む時の、絶対ルールのそれを送ったのそうです」


「しかし、それを利用して、まんまと弱座は犯人候補に引き摺り込まれた訳ですね」


「ん?今の説明じゃ分からない所があるのだけれど、長石詩流は何故死んでるんだい、殺されているんだい?」

 小鳥が質問を呈する。


「果たし状をまた出したんだろう。最後の最後に自分が、弱座に殺される様にする事で、小鳥がそう思った様に、連続殺人を演出したんだ」


「はぁ、なるほど。深く、深くある鉄黒錠と長石の関係性。というより、鉄黒錠とロングロック安全保証との関係性か。ふん、なるほどね」

「闇深いそれだね全く」


 パンっと、手を叩くと皆の意識を集める。


「それでは、事件は解決という事で、弱座の名誉は守られて、犯人は見つかった。ふん、探偵は舞台を荒らすのが役割だからこれぐらいでおさらば退散とさせてもらいますよ」

「ここからは、あなたに任せましょうかね。百白引(ももしらびき)名々夜(ななや)さん」


「……浮向さん。ふっ、なるほど、面白いですね。分かりました、私がここからこの場は仕切らせてもらいましょうか。ここの管理者は今や、私なのですから」

 そう銀色作家は言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ