収束的ノーサイド4
46
僕の推理。そう銘打って、始めるほどの聡明な、素晴らしい説明に則って出来るそれでは無い。
ただの推察。
「さぁ、さて、まず改めて、事件の概要を確認していこう。この事件、被害者は鉄黒錠鉄鍵。偉大も偉大な超鉄人」
「そんな人が殺されてしまったこの事件を困難にしせしめる、大事な点とは何だろうか?」
そう、話を進めて、大学生を相棒として指名する。
「大事な点と言えば、それは誰一人として侵入が不可能だった所じゃないかな。正確には、唯一一人が侵入出来た状況であってしまった所だけれど」
「そう、唯一の容疑者がいた。それが更に、伝説の殺し屋・弱座切落だって言うのだから、話は淡々と進んで、容疑者の当事者さえ疑われる事を想定して事は運んだ」
「全員を脅して、自分は籠った」
ひんやりと、弱座に視線が映る。
死体の側に未だ立ち尽くす少女は、一度刀の刃を見ると、また元の姿勢に戻る。
「僕は別に、初めのタイミングで絶対に弱座が犯人では無いと思っていた訳ではないけれど、真犯人の可能性を視野に入れる程度には余裕があった」
「だから、可能性のある方法を考えた。つまり、侵入を行う方法と、鉄黒錠鉄鍵を殺害する方法」
「けれど、それは瞬間的バラバラで崩れてしまう訳なんだよね。誰も瞬間的に人をバラすなんて事は出来ない」
「そうだ、もちろん。瞬間的には出来ない。どれだけ卓越した人間であろうと、僕の知る限りでは出来ない」
ふと、弱座を見ると、こちらを見ているのがわかる。何かジェスチャー、自分を指さしている。およそ、自分は出来るが、とでも言いたいのだろうが、状況を見ろ馬鹿野郎。
「もちろん、出来ないのだけれど、瞬間的は出来ないだろうけれど、卓越すれば、出来るのでは無いかと思わなくも無かったんだよ。つまり、高速でバラす程度なら出来る。プラスアルファで静音で」
「高速なら、確かに慣れれば、刃物の扱いの手慣れれば、捌くのは早くはなるとは思うけれど、それでもほんの数分では難しいでしょ」
「ほんの数分じゃ難しいね。でも、数十分かあれば、十分だろ?」
ふん、と首を傾げる。
「言うのは簡単だけれど。数十分をどこから捻出するかって話になるよ。卓越の人、と言えば確かに絞られるけれど、それでも数十分は出来ない」
「そうだろうな、だって殺したのは朝では無いのだから」
「それこそ、おかしいでしょ。あたしの知っているだけでも、矛盾があるよ。閂、あれが抜けるタイミングは、音はあたし達だって確認したでしょ?」
「凍らせたんだよ。犯人は死体を、数十分のバラバラの後に冷凍庫に入れて、凍らせた」
「凍らせて、どうするのさ?」
「そこに、バラバラにするメリットがある。凍らせて時限的に死体の溶けるタイミングで閂が抜けるように仕掛ける事が出来る」
「指を使って」
くいくいっと指を曲げて、皆に見せる。
「胴体部と違って、関節毎に小さくバラバラにされた手足の指。それを閂の代わりに嵌め、溶ければ二つに割れて、閂が落ちると言う仕掛けだ」
「なるほど、凍らせておけば、死後硬直も止められるし、あたし達みたいな素人なら、判断は難しいか。分かったよ、けれど誰が出来るって言うんだい、そんな事」
「大の大人を伝説のようにさっと首を刎ねるなんて事は出来ないだろうし、そもそも返り血が無かったところを見るに、元々死んでいたと言う事になるのだろうけれど」
「つまりは何、遠隔的に先に殺されていて、後から、部屋に侵入して、体を解体、小さく運びやすくなった体を冷凍室に入れておく、そして、冷凍された体をもう一度取り出して、部屋に運び込み、並べて置き、指閂を作成して準備完了という訳だね」
「ん?どうやって部屋に侵入するんだい?」
「あぁ、それは雨具を羽織って、小舟に乗って侵入したんだよ」
「でも、その小舟はどこから出すのさ。あたしのフィールドサーチにはそんな物は無かったけれど」
「冷凍室の中、そこに仕舞ってあったんだよ。ちなみにその冷凍室というのは浴場の奥にある。そうですよね、女将さん」
「えぇ、まぁ、そうですね。……冷凍室、食糧庫に近いですけれど、大型の冷凍庫が一つ、占めていますね」
打って変わって、跳ね飛んできた質問に、狼狽えを少し見せながら女将は答える。
「隠せますよね」
「隠せます。けれど、それは、あの」
「隠せるんですよ。その中に、隠す事が出来るのです。そう女将さんが言っています」
「冷凍室の中に仕舞ってあった小舟。もちろん、これを取り出すのに、そこまで赴く必要があります」
指を立ててそう説明する仕草を大袈裟に。指に視線が集まり、弱座は地面に突き立てた刀剣に背中を預けて、退屈そうにする。
対して、女将は顔を青ざめさせ、その状況の理解を進めんしているようである。
「どうやってそこまで行くのですか?浮向さん、舟を取るために水を泳ぐのは無いでしょうね?私は気が付きますよ。耳が良いので」
銀色作家が続ける。
「もちろん、泳いで行った訳じゃ無いです。表から堂々と、遠回りして行けば良いんですよ。辺りは暗いですから、入り口の街灯の範囲外からは真っ暗です」
「人が通っても、気が付かない」
「確かに、それはそうだろうね。あたし達がずっと玄関広間に居たと言っても、表を大回りで通られて、絶対に見つけられたとは言えないね」
「そして、冷凍室に辿り着いた犯人は無事に、その小舟を取り出すと、正面から右側を沿って進んだ」
「雨降りの状況、右側には3人。僕はすぐ寝ていましたし、小鳥は玄関広間、詩流さんは雇い主の元にいましたから、気付かれる事はまず無い」
「犯人は侵入する。すでに害者は死亡済み。何故なら、夕食に毒が仕込まれていたから。それを口にして、毒殺されていたのです」
「つまり、犯人は料理に手をつける事の出来る誰か。そして、カエラちゃんには、あたし直々に約束が出来るし、女将は……」
「女将は冷凍室の中に入れない。僕の聞き込みによると、託しているみたいなんだ」
「料理人に、料理の事は」
ばっと、ガラス扉の側にひっそりといる人に、視線が集まった。強気の少女はただ立ち尽くす、ガンとして、こちらを僕を睨むように見るばかりである。
およそ、この眼光は武者修行の賜物なのだろうと、予想がつく。身震いが僕にまで伝染するほどに、強者の眼力。
「舟は池の中に沈めてしまったので、もう見つける事は出来ないが、状況からして、犯人は君しかいないよ」
「御手洗団子ちゃん」
僕は、人生でこれ以上のないほどの気分に陥りながら、そう宣言する。ごめんなさいが、頭の中でのたうち回る。
睨む目が動かない。否定も、合意も何もしない。その強さだけで、美しさの中の強さだけで生き延びてきた野生の綺麗な雉のような女であると思った。
緑に吸い込まれるようになりかける。
「違う!!!」
劈く切りつく声。この声に、瞬時、足が動く。体は料理人の方向を向いていたから、方向転換が必要になってしまった。
「違うの、違うんです。書かれた原稿用紙など色々とあったじゃないですか。浮向さん、よく考えて、彼女は犯人じゃない……」
そう、真犯人は言った。
泣き叫ぶように、許されたいとは思わないように、独白がそこに広がって、溶ける。
対して、冷淡に、即断で。
「えぇ、そうです。分かっていましたよ、犯人は彼女じゃない。先ほどの推理は茶番ですよ。皆様に付き合ってもらってしまって、特に、団子ちゃんには」
落差、落差の顔色の変貌を皆々が華麗気ままに変化する様を確認する。流石に、団子ちゃんは力の抜けが甘いがこれは本当に僕の不徳のところだけれど。
試したかったのだ、いや、試さなければならなかった、彼女の人間性を。見なければならないと、僕のためにもそう思った。
「本当に申し訳ない。もし、恨むのなら、許されるのなら、僕の命までならあげられますが。ここは一旦、容赦願います」
「仕切り直して、ここからは本当の推理です。情報を抜いた茶番では無くて、正真正銘の推理」
「大丈夫ですね、女将・不知雪朝餉さん」
「……はい」と、小さく真犯人は答えた。




