対処的サイドバイサイド15
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「まぁまぁ、お前という奴はどうしようも無いほど、怖いもの知らずじゃな」
「一度ならず二度までも」
常夜灯の一つもつける事の無いその空間に、一人椅子に座る殺し屋は、暗闇に話しかける。
「暗闇に話しかける。まるで、ワシが気の違った奴みたいな言い方をするな。お前と話をしておるんじゃろう、自殺志願者、浮向京介」
「……あぁ、そうだった。闇より暗き漆黒に住まう僕と話してるんだった君は」
「発言に、発現しとるぞ、持病が、厨二病が。何じゃ、闇より黒いって、ベンタブラックか」
何だろう、ベンタブラックって。魔法界の純血名家の一つかな。分からないけれど、僕は魔法どころか、司法でさえ使いこなせないのに、法の元の平等に苦しんでるのに。
「……暗い暗い暗い。心の中が本当に真っ黒になってるでは無いか。元気出せとは言わないが、外には出れんから、横には居てやるから。さもなくば、お前、一晩ここに侍ってそうじゃからな」
「暗い部屋ってだけで陰鬱な気分になってしまうんだよ、僕という人間は。だけれど、眠る時は電気を消さないと眠れないのだけれどね」
「ワシも寝る時は真っ暗派じゃけれど、だからと言って今この瞬間に部屋の電気を点けるというのは褒められないからの。お前がこの部屋にいるのは内密にするべきじゃし」
暗い部屋。風呂を上がって、のぼせた脳みそが震えるままにここへ辿り着いたなどというギャグっぽいストーリー構成って訳では無い。意味が無くこんな行動を取っているわけでは無い。
躊躇はなかった。およそ、この建物の中で最も危険であろう空間に、またもう一度侵入する事にしたのは今日の陽の照る頃のように手紙の差出人を捕まえるつもりが有るどころでは無い。二度目の無礼者の来訪。危険度が違う。
さらに、さらに相棒さえ、ホームズに対するワトソンさえにも伝えていない。超独断。勝手に来た。
もし、僕が殺されたら、さぞお話として盛り上がるのだろうけれど、そんな急展開は他の作品におまかせして、死ねない僕は神出鬼没をほしいままに。
「バレたら拙いからね。容疑者と探偵がズブズブなんて、これ以上無い、背徳だろうから」
「背徳な。お前に道徳が通じるとは思えないが。実際、人なんて言う道徳を唯一用いる動物の生を捨てようとしておるんじゃから」
「別に良いじゃないか。僕も、捨てたくて捨てようとしている訳ではないのだし、捨てなければならないと言うだけで」
「分からんな。お前の半生は何か嫌な感じが付き纏うが一向に分からんの。ま、分かろうが、分かりまいが、切り捨てるだけじゃが」
「で、京介。本当に何をしに来たんじゃよ。こんな禁足地に入って、道徳を破りたかったからなんて言う、ある種高尚な、ある種革命的なそれでは無かろう?」
核心をつかんと言葉をゴールへと殺し屋は寄せる。暗くて、その外周もよく見えないその小さな体が、強がっている様に見えるのは僕の目の悪癖なのだろうが。
「まぁ、半分はそうじゃ無いけれど、半分はそうだと言える」
「半分はそうで半分はそうでない。はぁ、面倒な会話構成じゃな。2つにバッサリ意見を切り分けれんもんかの」
「出来ない。癖は癖だからな」
聞く殺し屋は、はぁーと突っ伏すように空に項垂れて、はたとまた首も持ち上げる。
「ここの家具は相変わらずこの通りなんだね」
荷物が出されるタイミングに言われたままに、ベットが二つ、椅子が一つ、広々と置かれているそれらと、唯一置きっぱなしにされたタンスが部屋にポツリ。
「ワシは知らんがの。家具の配置なんぞに興味は無い」ばっさりと物申す。
「さぁ、気にしないでいるのは拙いかもしないけれどね。地震の想定をして家具を置いたりしないと、寝てる間に倒れてくるなんて事もあるからな」
「心配無用。ワシは寝室にベット以外のものを置かない主義なんじゃ。態々、寝室を手狭にするほど部屋に困っておらん」
さいですか。
「あぁ、もちろん。甚五郎も寝室に置く事はあるけどの」
知らないけれど。何だ、甚五郎には、絵本を読む機能でもあるってのか。高性能というには些かベクトルがズレていると言えなくも無いが。
「ふん、違うぞ。絵本を読める訳でも、心拍に合わせてトントンしてくれる訳でも無い。ただ、香るのじゃ。つまり、香りを出せるんじゃ……アロマの」
「……何故、それほどまでに甚五郎の話になると自信満々なのか知らないけれど」
「すごく無いか?ラベンダー、ベルガモット、ゼラニウム、オレンジスイートと一番その日に合うものを自在に発してくれるんじゃ」
「凄く無い。全く凄くないな。凄いか、凄くないかで言えば、凄くないな。けど、まぁ、そうだな、一応なのだけれど、まぁ、百歩譲ってだけれど、聞いてあげるぜ。その使用方法と言うのを言ってみそ」
「使う気満々ではないか。まぁ、良いけれど、教えてやるけれど」
「まず、下顎骨を下に大きく外す……」
「ちょいちょいちょいちょいちょい」
バイオレンスのなのはちょっと勘弁だぜ。ただでさえ、人と見分けがつけられない人形だってのに、絵面だけ見せられたらアイアムアヒーローだぜ。
「ヒーローよりはよっぽどゾンビっぽくはあるがの、京介は」
ゾンビとは言われたもので、死に損ない加減は確かにそれに近くもあるが。
「ゾンビと言うと、水を泳ぐ事が出来るか論争あるよな。水底を歩くのが基本とか、水場に獲物が、人が居ないからとか」
「少なくとも、ゾンビの同位体の様な僕は金槌だから泳げないけれどね。もちろん、水底を歩く事も無いけれど。お前はどうなんだよ、泳ぐのは得意な方か?」
ピシッと、そのバカみたいな右往左往の会話から飛び出す言葉の針を見逃す様な殺し屋では無かった。さっと、軽く流してくれれば良かったのだけれど。
「泳げるか……の。それはもちろん、この河童ヶ池を端から、音も立てず、あの時間の中で、すっと泳ぎ切る事が出来るかと言うことかの」
「つまり、ワシが実行可能かどうか探偵として聞いているんじゃよな」
はたと、何も持っていないはずの小さな手に刀剣の類がふんわりと見えたのは幻視なのだろうけれど、それにしても、それにしても。
「探偵として?いや、依頼人として聞いている」
「?」
声も出さずに、輪郭に感情が溢れる。
「再度、聞こう。泳ぐ事は得意か?」
「……得意じゃ。だから何じゃと言う事じゃが。京介のいう事が全く見えん」
「泳げるなら良いのさ。依頼人としてはそれだけが分かれば」
ふっと、一つ空気を笑う様に吐くと、はてなマークを未だ頭につける殺し屋を前に僕は言葉を続ける。




