対処的サイドバイサイド11
42
レインコートを脱ぐと、バサリバサリと玄関先で水を払いのける。
「私が預かります」
その女将の声に釣られて、何の違和感なく、レインコートを手渡す。ボディーガードも同じく。
「ところで、何ですけれど。一応聞いておいても良いですか?」
「はい?」と女将はニコニコと不思議そうな顔をこちらに向ける。
「先ほど、僕らが穴を掘っている間、女将さんが何をしていたのかなと思いまして」
「あぁ、いえ一応ですよ、重ねて一応です。把握するに越した事は無いですし。何故、あれらを池に運んでいたのかなと思っただけで」
「あら、見てらしたんですか。必死に穴を掘っているフリをして、こちらの事を見ていらしたんですね」
おっと、これはこれは、墓穴を掘ったか、墓の穴を掘りながら…とそんな事を言っている暇は無い、心に留めおいてと。
「見ていませんでしたよ。最後だけ、ほんの最後だけを切り取って見ただけです。墓穴のサイズ感の確認のために、呼ぶために」
「あぁ、そうですよね。最後だけ、見られたんですね。少し見られたんですね」
ふふっと笑う姿をこちらに向けると、そっと口を開いて続ける。
「見られて困る事では無いですし、言いますけれど。捨てていたんですよ」
「捨てていたアレをですか?」
「そこまで見られていたんですね。恥ずかしい」
「そうです。昨日運び出してもらった端材、色々ありましたが、池に捨ててしまおうと思いまして」
不法投棄、そのジャンルに括られるか分からないけれど。水深数百メートルへの不法投棄、もうおよそ2度と見つからないだろう、この山の奥深くの湖の底。
「雨降りが酷いでしょう。ですから、木材などは腐ってきますし、鉄板などは錆が付いてしまうので池に投げてしまうのです」
「特に、この池には生態系が存在しませんし、気にならないのです。管理者としては」
「上から見える程でも無いでしょうし、景観も崩さない。ふん」
ボディーガードが言葉を繋いだ。どこか責められているように答える女将への返答にあぐねていたから、正直助かった。
「本当はですが、この前のお話のように、業者に引き取りに来てもらう予定だったのですがね……」
「弱座ですか」
何もかもを切る事の出来る殺し屋。交通網を絶ってしまった弊害がこのような所にまで露見する。
「それにしても、女将さんは早いですね、仕事が」
「いつ業者を呼べるかも不明瞭ですし、もしかしたら、ずっと何ヶ月もという事も……」
弱々しい声。言われてみてはたとする、タイムリミットは無いとか、いやタイムリミットは弱座の堪忍袋次第だろうとか、そんなことを言っていたが、違う。およそ、一番気にしなければいけない事はそれでは無かった。
タイムリミットの不明瞭とは、つまりいつまで経っても、絶たれている可能性と向かい合わせにあるという事だ。
外との連絡は取れず、救援も呼べず、食料の追加もなく、今のように物を廃棄する事さえ急かされる可能性。
ゴクリと唾を飲む。
少しばかり僕は安堵していた、こと弱座の心の広さというものに一番の理解を示している人間だと思っていたからだ。
しかし、一転、僕の中の安堵が不安に転換されていく。
一生ここで……。
「諦めてはいけませんよ、浮向さん」
「暗い顔をするのは、本当に最後の答えを失ってからにしましょう。最悪の場合、依頼主の為なら自分は身を投げ打つ覚悟だってあります」
「狂気の殺人鬼を止めれるなら自分だって」ボディーガードは言う。
「女将さんは、自分のやれる事に向き合っているだけですよ。逃げられない空間の中を出来る限り、使った物は見えないようにして、清潔に保とうとする」
「あなたにも出来ます。正しく、答えの出せる事を自分たちは待っていますから」
「そうですね、ありがとうございます。考えてみますよ、皆さんの期待に応えられるように」
「全力で」
最後の最後まで、このボディーガードは爽やかで貫く。その爽やかな風のそれに、こちらまで晴れやかな思いとなって循環する。
………
コンコンコン。先程よりは優しくその扉をノックする。
「あぁ、京介君かい、入りなよ」
そう言われて、女子の部屋に?!なんて言えるほど若くもウブでも無い、普通に、平常にその扉を押し開ける。
「京介君、お疲れちゃん。久々の労働の感想はどうだい?」
「どうも何も、昨日から二日連続で体を動かしてるからな。特別感なんてないぜ」
「何だい、何だい、君らしくもなく、元気そうじゃないかい。もしや何か良い事でも思いついたってのかな?」
基本の家具構成に含まれない、L字のソファの上にのっぺりと保たれながらこちらに話を返す。
ソファを四日程前に来た人間が持ち込んでいるとは、随分と寛容な旅館だと改めて認識。
「ふん、まぁ人の話を聞いていると少しばかり考えがまとまってきたかな……」
「それは結構だね。十全、最高、最良だね。そこまでまとまってきているって言うのなら、さぞこの情報は活かせるんじゃ無いのかな?」
パッと投げられ、宙を舞うコピー用紙の束。とっとと足を前に動かして、ギリギリキャッチする。
「2回目の『とっておき』。これまた情報量の多い事で、あたしのこの綺麗な手をマメだらけにする気なのかと、君の正気を疑ったよ」
小言を挟まれたような気がするが無視。餌を前に我慢できるほど、僕は出来た人間でないし、そのコピー紙の情報に目を矯めつ眇めつしたのは、渡されてほぼほぼ同タイミングだったと見て良い。
題名『鉄黒錠鉄鍵の黒い噂の関係者』
タイトリングからして禍々しいそれだけれど、さてはて。
1ページ目、つまりは表紙だけれど。表紙を表紙らしく使うその使用方法のおかげで、1ページ目を捲らなければ中身は一つも見えない。
題名だけがデカデカと表記された1ページ目。
ペラっと、指を使って捲った。




