対処的サイドバイサイド8
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と、請け負ってみるけれど、悲惨悲惨と口に、心に吐露していた訳だが、いざ片付けてみろと言われると、腰が引ける。殺人はフィクションだから、笑って探偵ごっこ、推理ごっこをテレビの画面を見て出来るけれど、実際立ち会ってみると、ダメだな。
推理の段階では良いが、片付けは違う。ハードルがググッと上がり、乗り越えるには難く、つい裏技でも用いて下をくぐりたくなる。人に任せることが出来る状況でもないのでそんなことを言えはしないが。
「浮向さん、どうしましょうか。バラバラ死体ですから、一度に頭と足を持ってヨイショと持ち上げられない訳ですけれど」
ボディーガードは動きまでつけて、分かりやすく説明する。両腕の筋肉が皮膚の中で躍動して、血管が持ち上がる。
「ガバッと、こう何物かに包み込む様に運びましょうか。ここまでバラバラだと時間がかかりそうなので」
「では、そうですね。急拵えになりますけれど、ベッドシーツで代用できるんじゃ無いですか?」
ベットシーツで死体を運ぶ。ここまで来てみると、まるで僕らが殺した犯人の死体を処理しているみたいな、発想と方法だけれど、僕は殺してないよ、少なくともね。
一回で運べる方法としてはこれは確かに、成功例で他には思いつかなかったが、やはり予想してはいたが、いささかグロい。酸化した赤黒い血がべっとりと皮膚に朱肉の液のように張り付くので、めくり剥がすごとに、ミチリミチリと音を上げる。
「大きい部分から順に、胸部を運んでから、腹部、腰のあたり、足、腕といきましょう」
言われるがままに、死体を板から剥がす。胸部、欠損なし、腹部も共に。それどころか、他の所も綺麗さっぱりだ。刺殺を為されてからなどという訳では無いわけか。
「自分にも確認できるような、死因に関わる何かは見つけられませんね」
大きな部位から小さな部位まで、さらに回収は小さく刻まれた指先にまで至るが特に何も見つけられない。
「後、その扉の裏にもあります」
そこです、そこと指差しで残る指の回収を促す。その位置まで達するには血の海を越えなければならない。その赤い溜まりを越えることに慣れはしない。精神的に出来る限り越えたいと思えない、そう思うのは変ではないだろう。
回収は順調に進む。死体が片付いてみると、やけにその血の広がりが大きく見えた。嫌な例えだけれど、引っ越す前の荷出しを終えたアパートのような爽快感、開放感。
赤い血が伸び伸びする。
「腹水の広がりですかね」
腹水。そういえば、小鳥もそんな事を言っていたか。腹の水が血の池を伸ばしているとかどうとか。いやはや、こんな血の池に同じ感想を持つ人間が同じ屋根の下に二人いることに驚きを隠せないけれど、割と普通なのかな。
普通の概念が破壊される建物である。これ以上いると、僕の生死観念も破壊されそうなので、居れても明日までかな。
最終的には、最終手段としては擁立者を自分にするつもりが出て来ているから、最悪は回避できる。
「それよりも状況、鍵の施錠。ふん、鉄黒錠先生の死んだ時刻」
「先生はいつ死んだのでしょうかね、浮向さん」
いつ死んだ。僕が一番知りたい事だろうけれど、はっきりしないんですよ、これが。
最後に閂を抜いた人物が、鉄黒錠鉄鍵とさっと判断できる要素さえあれば、犯人はおよそ絞られて来るのですけれど。
「浮向さんは、あれは調べにならなかったんですか?」
「あれとは?」
伏せられる字をオウム返しする。何かあったかな、調べれば殺害時刻に繋がる何かなど。
「あれですよ。自分達には、一番身近で、一番彼について触れ合える物ですよ」
「つまりは原稿用紙です」
「原稿用紙?」
「原稿用紙。先生は何故、この部屋に閉じ籠ったのか、それを忘れたんですか」
いや、忘れていた訳ではなかったが、盲点だった。執筆のために籠ったと言っていたではないか、さすれば、その傑作が。
さっと、机の上を見る。
黒々しい光沢の机に原稿用紙はない。ペンだけが転がっている。
「原稿用紙が無いとなると、これはまた怪しげな話になって来ますね。一つ、原稿用紙に文字が載る前に殺害された。二つ、原稿用紙を盗む事が目的だったとかですかね」
一つ、原稿を書く前に殺された。紙を盗んだのは、書かれたいない原稿を見られない為。
二つ、原稿を盗む為。盗作、誰が何の為に。例えば、それを自分の作品として世に出す為に、とこれは些か派手な推理がすぎるか。
銀色作家にフォーカスすればそうだが、幾ら鉄黒錠鉄鍵と言えど、一日で一作を書けるとは思えない。数ヶ月はスランプというか、書かないでいたようであるし、短編ならともかく、長編を書けたとは思えない。
いや、もちろん短編に価値が無いとは決して言わないけれど、長編と比べれば世界観や、心理描写への文字数が変わってくる。重みが増す。
盗むのなら、そっちを狙う。殺してまで奪うのなら、長編を。
「お二人さん。そんな血眼で何を探してるんですか?」
そう言って、言葉を割り込んできたのは女将だった。
血眼で、血溜まりを眺めているなんて言うサイコホラー状態ではなく、血眼ではあったが、僕たちは本棚や、引き出しの色々を見ていた。
探しているだけなんですよ、原稿を。
「原稿用紙を探しているのですか。あぁ、それは見つからないと思いますよ」
「え、またそれはどうして」
無いのを知っているとは、女将さん。あなたもしかして、犯人ですか!
「いえ、私が犯人という事でも無いですよ。ただ、見つけにくい程度の事なのですけれどね」
ちょっと退いてください。とそう言うと、血溜まりをそろりと避けて、僕の横にフワリとしゃがみ込む。
「ここの引き出しの横の空間。少しばかり、隙間が出来るようになってるんです」
ここです、ここ、と指で指し示す。
「その空間に出来上がった原稿は隠しているのですよ。ここ、簡単に外れるようになってる板張りを外してみると、あら不思議、隠された原稿用紙があるという訳です」
言葉のままに操作する女将の手際は非常によく、内側からあれよあれよと秘宝は見つかった。
原稿用紙。しかも、鉄黒錠鉄鍵の直筆の原稿の原本。書かれている黒鬼の原稿。
「先ほどの、推理は無駄でしたね。一つ、二つなんて挙げていって恥ずかしいと言ったら無いですよ」
そうなるのか、無いはずの原稿用紙が見つかれば、先ほどの推理は水の泡。
「浮向さん、お先にどうぞ。自分は後で読むので。一読者として、その感想と、何より鉄黒錠鉄鍵作なのかを教えて下さい」
ここで偽物であるかを疑うのは、熱心な捜査協力意識なのか、熱烈なファン故なのか分からないけれど、そう釘を指されれば、雑に扱えない。
パラっと渡された数十枚を僕は念入りに読み込む。
題名『続・天首馘の介錯』と書かれている。と書かれている?
待て待て待てよ。これは、本当にその題名の作品なのか?!介錯人シリーズの続編?
バラッと文字を読み込んでいく、左から右にザラザラと目を動かして、指先で原稿を弾いていく。
前作からの主人公が紙の中で、剣を振るう、中というより、上に出てくる様に、舞台劇を見る様に文字を眺める。
復讐に駆られた介錯人が人斬りに落ちるまでのエピソードの続編。血に染まっていく刀が、首の皮一枚の斬首の優しさを蝕まれていくその姿が徐々に変容するのである。変わりゆく、その瞬間、瞬間。
しかし、その途中までである。
一族の誇りを奪われた解釈人が、その恨みを復讐相手の知人の一人を殺す寸前まで、途中まで。それはそうだ。一日で書く必要もなければ、書けるはずもない。書く気が起こり一日目、その決定的な日に、殺害されたのだ。これ以上は、見ることは出来ない。彼の作品をこれ以上見ることはない。
そう思うと、心惜しさと共に清々しい気分も感じる。次が捲れない行き場の失ってしまった指は、読み終えた原稿を掴み上げると、その端を正しく揃える。
「どうぞ、詩流さん。読んでください」
僕はすぐさまにその貴重な原稿を渡した。




