対処的サイドバイサイド3
38
伝えたくて、伝えたくて堪らない。それほどまでの恋愛感情を超えて、はっきりと飛び越えて、倫理観さえぶっ飛んで、その気持ちを露わにしてしまいたいそんな場面に立ち会ったことがあるだろうか。
探偵さんたちは、わたしを探すのだろう。探しているのだろう。至って健全に恋愛観、神秘的なその伝説を崇拝するわたしは犯人として成り上がるに相応しい。
あぁ、あの申し出もおよそトラップなんだ。誘い出し、燻せに追い出される伝説につく羽虫にすぎないわたしなのだろう。それでも、来ると探偵さんたちは思っているだろうし、事実そうである。
わたしは我慢することが出来ない。今も、便箋に向かってただ文字を書き連ねることで衝動を抑えようと必死だ。わたしの神様が、絶対神がそこにおわす。言葉の中の伝説とは、決して濃度の違う殺気がその証拠なんだ。
あぁ、ありがとうございます。選ばれしわたし、正しくここに導かれた事をまた、その唯一神に感謝を強く申し上げます。
会いたいけれども、会えない。部屋に閉じ篭もる姿は天照大神を思わせる。禁止されればされるほど、天岩戸を叩きたくなる。殺されるかと考えれば、その内に入ることの出来ないわたしは矛盾する愚か者だ。
許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください……………
最後の便箋には、そう連ねることにする。
39
あくび、36回目。
何も動かないままにそれなりの時間が経っていた。無線からは何も聞こえない。小鳥もまた疲れが来ている。
確実性があるような話ではない。待つだけでも、動きなんて一つも無くとも、疲労は溜まっていく。
「……はぁーあ」あくび、37回目。
その時だった。
ギーーーーーー
静かに、大きな音を立てないようとする消しきれない扉の開閉音がした。
「小鳥、今扉を開ける音がした。そっちからも何か聞こえるか」
「あたしも聞こえたよ。バッチリ耳にビビビとしたよ。警戒している音。どうするすぐに出て確保するかい?」
「いや、まだダメだ。確証が欲しい。扉を、この弱座の一室の扉を開ける瞬間を待つ」
その間にも、足音はゆっくりとこちらに近づく。
すー、すー、すー、と。
およそ、摺り足で歩く事で音を出来る限り抑えている。耳をすまさなければ、決して聞こえないほどの微弱な振動が鼓膜を揺らす。
すー、すー、すー、すー、すー、すー。
連続する音が、定期的なリズムを刻み近づいてくる。確かに、段々と大きく大きく音が鳴る。
ゴロっと、喉が唾の音を拾い上げる。
上気する胸を肩で冷やして、しんとする。
指先をそっと床に撫で付けて、しんとする。
軋む足首の関節が、ゴリって、しんとする。
すーすーすーすーすーすーすーすー、トン。
………ガチャ……。
「……小鳥」
「…………今だ」
僕はトランシーバーに向かって、容赦なく。そう言葉を発した。言葉を受け取り、小鳥は食事場からバタバタと走り出す。
クラウチングスタートって言うことは無い。だけれども、若々しい脚力を持って、その姿は高いスピードを持って、こちら側に向かった。
しかし、手紙の主もまた、上手だった。ノブを下げた瞬間、僕のトランシーバーへ伝える為の小さな声を拾った訳ではないだろうが、気配が一目散に逃げ始めた。
僕だって、その瞬間、扉をガバッと開けた。未だ、大きな足音が二つ。一つは小さくなり、一つは大きくなる。
どっちから小鳥が来るかなんて。動き始めの時点ではそんなものまだ判断のしようは無かったはずだ。
しかし、何故分かった。戸惑いなく、何故走り出すことが出来た?
僕だって、全力で走り始める。
「小鳥、犯人は走り出した。お前がスタンバイしていた方から全くの逆に。バレていたように」
トランシーバーにそう、声をかける。
「そんなはずはないよ。動きが漏れている訳は無い。だってあたし達、そもそも内側を、廊下を通って隠れた訳じゃ無いんだから」
「あぁ、そうだ。だから不可思議だ。玄関から回って、弱座の部屋に僕は窓から侵入したし、お前だって、調理場の勝手口から入った」
「しかしバレている、動きが完全に把握されている、不可思議だね」
不可思議。そもそも、2度ラブレターを送り、初めの1度何かしらの手紙を送った誰か。何故、その人物はそれ数回を無事に乗り切ることが出来た。妙な違和感がある。変だ。
しかし、既視感。見た訳では無いから、感じただけ、既感。
ふん、あぁ、そうか既感。あれに似ているのだ。これはまるであれが働いているような感覚なのだ。掴めない巨大な実体がその姿としてある。
『直感』に似ている。
直感、二択、運。
「小鳥、お前は引き返して、玄関口から先回りしてくれ、僕はこのまま追いつくまで走る。その他の出口が無いのは確認してる」
「了解」
二択。ふん、馬鹿馬鹿しいなやはり。絶対に二択なら外さないとか、言っていた奴がいたか。
全力で小さくなる足音を追う。




