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幻想的オキサイド12

・女将の話

 凛とした表情からの入りだった。際立って浮かぶ白色が、ノブの上の方に這っているのを見やる時、ついつい目が離せなかった。

 最後の人、女将。

 唯一の入り口側の一室に寝泊まりする人。


「この度は本当に申し訳ありません。この様なことになってしまって。厳しい責任を取らせてしまって」

そう言いながら、女将は頭を垂れる。


「いえ、いえいえ、不知雪さんだって、というより不知雪さんの方が、その考える事が多いでしょう」


 実際、統括責任の立場があるとすれば、やはり名義上の家主の彼女がそれには相応しい。

 加えて、亡くなったのが、金銭上の家主である。二本の柱の一柱が落ちた、これによる結果は普通の生活からはイメージ出来ないものだと思われる。

 金銭的にも、精神的にも。不安が募っているのが彼女の目に浮かぶ。


「……ダメですね。代々そう言ったポーカーフェイスで、不安をやりくりする様な家系、楽しげな旅館であるべきであるのに、見抜かれてしまう」

「情けない話です」


「人が死ぬとはそういう事であると、そう思います。死ななくても、居なくなることは総じて」

 酷い言葉を僕は乱立させる。つまりは優しさとはこういう事ではないのだろう事を理解しつつ、自分がここでしようとした事を無視して、言葉を使う。

 何も、共感していないのと同じである。流石、最低人間である。


 と、ここまで自分を卑下して、心を洗い流せた所で言葉を切り返す。


「しかしながら、喪に伏すのは一件が丸っと治ってからにしましょう。その方が、死人も報われるでしょうから」


「はい」と、女将は小さく返した。


「では、準備が、心の準備が出来たところで不知雪さんの話を聞いていきます。初めは、玄関広間に入ってくるまで」


「はい、玄関広間に入るまでは、その時間の2時間前ほどから起床して、朝ごはんの準備をしていました。料理自体は団子さんに任せているので、主に食器類、食事場の準備を」


「2時間の間、常に食事場辺りで?」


「違います。1時間程度はカエラさんと二人で食事場の準備にかかりまして、残りの時間はその今の、弱座様の部屋の準備をしていました」

 切落の占拠部屋。確か、場所は入り口側、女将の横の部屋だったか。

 とても申し訳ない気持ちになる。こればかりは、かの殺し屋がいる事ばかりは僕のせいだ。


「所で、話はズレますけれど、話に出たので。私、分からなくて。確かに、彼女から大きさを感じた気はしますが、それならと疑問に思ってしまいます」

「あなたが何故いらっしゃるのかって」


 何故かって、弱座切落は凄いけれど、僕は自殺のためにその伝説を呼んだもっと凄いやつだからだぜ、と説明できれば楽だけれど出来ない、楽出来ない。

 まぁ、妥当な思考なら、僕に切落が付いてくるより、切落に僕が付いているというのが自然か。


「ふふふ、そう思い込む顔はしないで下さいよ。バランスも、調律も何もありません。そんなものは冗談に近い、個人中の真実。外に出れば、嘘ですよ」

「そもそも、人と人が居ることに、利害がある事が全てでは無いですから。例えば、あなたと弱座様がただ偶然ばったり、近場のジビエ料理店で出会って、偶々《たまたま》二人とも同じ旅館の招待状を持っていて、二人で泊まったと言うのもあり得る話です」

「片や、少女なのが、危ういですが」


 おっと、少しばかり真実を、目的を隠すのが辛くなり喉から出かけたが、抑えた。


「他の方だって、疑問に思っているはずですよ。でも、気にしない。気にならない。あなたと伝説。対等とは言わずとも、違和感は無いのです」

「まぁ、そうですね。ふと、話したいタイミングでも来れば、話してくださいよ。私はあなたの秘密、結構気になっていますから。なんて…」

 虚い目をした女将は、瞬時、目をあげると、次の言葉。


「さて、時間に関してはそれで良いですかね。推理の参考にはなりますかね」


「は、はい、大丈夫です。不知雪さんの時間配分は十分に分かりました」


「ではそう、質問が一段落なら私からも一言良いですかね」

 少しばかり楽しげに、女将は語り出した。


「はい、一旦、一端。どうぞ」


「ありがとうございます。そう、失礼ながら時間を割いてもらって、探偵役様には申し訳ありませんが、私も推理に一言挟みたいなと思いまして」

と、女将。


 これは、捜査協力というやつか。そもそもの事を言わせて貰えば、探偵物で、探偵しか推理しないというそれなりに跋扈する状況だけれど、普通はそうはいかないだろう。巻き込まれれば、みんなが順当に推理を始めると思っている。

 だからこそ、この状況は変では無いと僕だってそう思ったし、そのヒントとなりそうな言葉も真っ向から受け止めるつもりだった。

 結果的には、驚くべき推理だったのだけれど。


「それはですね、ズバリですね、そう。『人斬り河童』、彼が犯人なのでは無いかと、私は思うのですよ!」

 爛々と輝く目に、嘘偽りが窺えないのは、彼女のポーカーフェイスか、それとも本気なのか。

 見る目ないな僕。


「そもそも、私はここの旅館の客人に、従業員に犯人が居るとはそう思えませんから。無い思考を巡らして考えてみたんですよ」


「ほう、推理を聞かせてもらっても良いですか?」

僕は、社交辞令的にそう言った。


「いえ、つまり動機としては、まず人斬り河童はここの主人を、つまりは自分たちの場所を奪う人を襲うのは通例です」


「伝説上はそうですね。追手も、原住民もマグマで襲い、旧旅館も潰したと確かに言いますね。あなたから、聞いた話ですが」


「でも、私の創作話ではありませんよ。本当です。確かめたければ、ここの電力を供給している電力会社に聞いていただければ…あぁ、いえそれは無理なんですね」


「いえ、お気になさらず。そんな所をデリケートにしては思考が鈍ってしまいます。それに、伝説が本当でないとは僕だって思いません。神様だって信じてる人間ですらね、僕は」

続けて下さいと、そう促す。


「では続けます。動機は先ほどの通り。伝説が、伝説の通りに伝説として、伝説を生み出しに出てきたとそう思います。バラバラ死体、これこそが私を人斬り河童へと考えを切り替えさせた理由です」


「伝説なら可能だと?」


「伝説なら可能ですと」


 意味不明な、妖怪変化を使った気の違った意見だと、これを捉える人が居るかもしれないが、馬鹿に出来ない。

 彼女は伝説なら可能だと言った。これが、何より僕たちが弱座を犯人だと駆り立てている、その理由と一言一句違わないからである。


 生きた伝説だろうと、見えない伝説だろうと、どっちも真実は知り得ない物、それこそが伝説であろうはずだから。


「伝説の人斬り河童なら、雨の日であろうとも、件の河童ヶ池に戻るのみ。時間的な齟齬もない。犯人擁立としては確かに一番最適かもしれません」


「そうでしょう?しかし、それが無理なことは分かっていますよ」


「……無理でしょうね。河童を捕まえるなんて、ツチノコを捕まえる位難しい事ですから」

 この子供じみた会話に対する断言の、儚さと言ったらなかった。まさに、人の夢と言った感じだったが、ジョークを本気でしていたのだ。

 女将の顔は、少しばかり暗さを増す。


「犯人は人で擁立しないといけないのですよね」

 およそ、女将の無謀な提案は、ここに全て詰まっていた。女将であるから、犯人を擁立など、無実の中から選んでしまうかもしれない現実を少しでも緩めたかったのだと思う。


「そう…なります」

と、その小さな逃避的な優しい発案に対して、しがない男は冷たく返すしか無かった。



 

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