幻想的オキサイド11
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ことは簡潔に済ませたい。無駄な事情は外には漏らすべきでは無いし、漏らしたいとも思わない。だからこそ、彼女のこの提案だったのだろうし、当たり前と言われればそれ以上返す言葉は無いが、実際、嘗めていたと思い知らされる。
マスコミ志望、彼女の情報量は僕よりも遥か高みにある。選ばれた一人か。
「知っているのか?『噂』について」
「もちろんだよ。あたしと言う人間の知らない事があるとすれば、それは全世界の人間が一人たりとも知らない事と言っても過言じゃ無い」
「道が分からなければ、とりあえずローマに行けば良い様に、何か分からない事があれば、あたしに聞きなさいと、そう高らかに宣言できます」
キュレーション大学生、何者かとつくづく思っていたが、敢えて重ねてお前は何者だ。ハブ空港か?
「歩くメトロポリタンミュージアムって呼んでくれて良いよ」
「知識関係なくなったぜ。元の歩く百科事典とかから引用するなら、せめて図書館とかにしておけよ」
「ちっちっち、かの美術館は構想時点では、作品の一つも無かったんだけれど、後に基金や、蒐集家からの寄贈によって盛り上がった美術館なんだよ。つまり、愛で出来ている。そして、あたしもメトロポリタンミュージアムの様に、愛されてると言う意味さ! 」
「ほぉ……で、150歳の愛されおばあちゃん、確かに理解したよ。君の愛され具合は確かに、しかと胸に収めたよ、大丈夫。じゃあさ、おばあちゃん、話を進めようか」
「おばあちゃん言うな!おばあちゃんと」
何だよおばあちゃん、癇癪か? 僕にこれほどまでに、せっかく愛されてるんだから、愛されておけよ。愛に埋もれて沈んでおけよ。
「いや、確かにかの美術館は1870年設立だけれど、だからと言って、歩くメトロポリタンミュージアムだからと言ってそこまで同義にしないで、ピチピチで居させて。これでも、ルーブル、エルミタージュよりはよっぽど若いんだから」
「アバンギャルドだから!」
確かにお前は前衛的だな、超前衛的。君が前衛なら、後衛はさぞ苦労しそうだが。
「あたしが前衛なら、後衛は光栄でしょ!」
小鳥が前衛の団体があったら、即座に公営化されそうだな、私営だと問題だらけそうだ。
「ぬかったな、京介君、そこは大丈夫だよ。メトロポリタンミュージアムは私営だからね。つまり、あたしが私営だろうが、民営だろうが、問題ないって事!」
おっと、これは上手く返されてしまった。綺麗な返しが返ってきた。
正直に言えば、僕としてはもう少し返したい所だけれど、ラリりたいところだけれど、素直に負けを認めよう。
大人として、余裕のある大人として、負けを認めてあげる事は決して恥じる事では無い。うん、そうだろうとも、そうだろうともさ。そんなのだから、そうだ、降参です。
「負けを認めるために言葉を尽くすなー、全く。大人の余裕とやらが一片も見えないよ。明け透けだよ、スケスケだよ、嵐だよ」
「僕は∞派だけれどね」
「あっちはオマージュでしょ、というよりリスペクトでしょ」
「リスペクトだろうが、アスベストだろうが、胸に残るかが問題なんだろ?」
「……胸に残ればね。胸に残ることのなかった噂の話から、良くもここまで話が広がったものだけれど」
胸に残らなかったと言っても、この建物の中で、大学生、料理人。少なくとも、二人が知っているもいう不可思議だけれど。
「まぁ、実を言うなら、内実を話すなら、その噂が残らなかった事がことの真実なんだけれどね」
「残らなかった?」
「うん、残らなかったんだよ。少したりとも残らなかった」
「何故、この『噂』が黒いと言われたかといえば、ある見えない団体が、見えないものにしてしまいすぎたからなんだよ」
「見えているものの中に、見えないものがあると、逆に目立って見えてしまう。そういう所があたし達の得意分野だからね」
はてさて、黒い噂の黒々しさが、小鳥の言によって更に色味を増していく。
「あたし達は見つけたんだよ。ある人の醜聞を伝えるカストリ雑誌。『黒い噂』を初めて載せられたのは、12年前。鉄黒錠鉄鍵の近しい人物のタレコミか、赤の他人か出所はハッキリしないけれど、急にその噂は持ち上がったんだよ」
パキリと切り替わった。話が、お笑い話から、重たい話へと。情報網の裏の裏、表に出にくい人の裏側の専門誌。
「『鉄黒錠鉄鍵の噂』。売れないカストリ雑誌の、光明とも言えただろうそのスキャンダラスな情報。新鮮なそれはもう活きが良かったし、売れ行きが良かったし、そして何より誰かしらの息が掛かっていた」
「けれど、撃ち落とされた。誰かしらに、何者かに?それが、鉄黒錠鉄鍵だったと。それが黒い噂?」
「というよりも、鉄黒錠鉄鍵のグループと言った方が正しい。彼の所属する、彼が首を連ねるグループが行なっていた活動のタレコミだったから、消したのはそのグループと考えられるよ」
「裏の団体。それほどが、売れない一雑誌に対して、嗾けるほど、消しにくるほどの情報とは、一体何なんだよ、それは」
小鳥のきっと、目が細くなる。矯めつ眇めつ、試す様に見やる。至って楽しそうであるのが、異様な風だったけれど、話の後ろ暗さに相まって差異は生じない。
淡々と、話は持ち上がる。
「『人身売買』だったらしいよ。その噂っていうのが」
事の黒さが一気に増した。カストリ雑誌の掴んだ、あるグループのスキャンダラス。何よりも、人道に反する様な違法行為、人身売買。
「『人身売買』、借金抱えた人間を奴隷の様に売り飛ばすっていうのなら、連発する噂話だけれど、闇金のあるだけ噂は立つのだけれど。この噂の『人身売買』は少しばかり話が違うくてね」
「どうやらね……表の人を売るみたいなんだよ。表の人身売買なんだよ」
「表の人身売買とは、つまり世間的には言う、有名人、著名人とかそう言った意味かよ。誘拐か、何かの延長線か?」
「『表の人身売買』そうは言うけれど、言葉を使うけれど、有名人、著名人は多く無い。競売に賭けられるのは『大きな人』なんだよ」
「決して、人が知らなくても『大きな人』と呼ばれる人種」
大きな人。その様な言葉を女将も言っていたか。ここへ来るのは選ばれた人。どれだけ、有名になろうと、金を積もうと選ばれなければ、来ることは出来ない旅館。
大きな人か。
「……と、噂を噂らしく語ったけれど、噂の産物でしか無いのは忘れないでよ。本当という確証は無い。情報はあるかもだけれど、それこそ、消され残ったカスみたいなものだから。信憑性は薄いかもね」
「なるほど、聞いて良かったよ。その忠告も聞いておくよ」
「ふん、満足って感じかな。一端の満足。それなら、良かった。ではでは、改めて話を戻さないといけないかな、動機がどこから向くかも分からない状況を知った所で」
「次は、最後は女将だね」
そう言い終えて、小鳥は部屋を後にした。




