幻想的オキサイド7
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アリバイ探しと、聞いて責められている気持ちがしてしまうのは、しがない小心者の僕位だけなのだろうが。そればかりか、死ぬ気が助長されるのだが。もちろん、今回の僕においてはそんな気持ちになって、首を吊って死ぬなんて言うオチは無い。
今回の僕には、そんな気になる必要が無い。なぜなら、僕がアリバイを探す側だから。
…
小鳥の進言あって、アリバイ探しに興じる訳だけれど、事ごとは淡々と進んだ。
僕と言う足手纏いがいながらも、小鳥の手腕が、口のうまさが相まって、アリバイ探しをしますから一人ずつ呼びに行きますので、準備をしておいてください、云々と伝えて事ごとはスタートする。
中央、鉄黒錠鉄拳の死ぬる部屋から一番右側の部屋が僕の部屋であるから、呼び出し場所はそこに。
近い部屋から、順に呼び出すとして、最短は小鳥の部屋を挟んでボディーガードが先鋒という事に相なった。
・ボディーガードの話
「今朝方は申し訳ありません。自分としては、もっとラフにあなたと朝の挨拶にでも交わしてことに当たりたかったのですが、そんな時間も余裕も無くて」
そのような些細な気遣いをするボディーガードの言葉から、口火を切る。
「では、そうですね。自分のこれまた今朝方の話から入るのが良いのでしょうか。今朝方の動き、動向の詳細を話せばいいのしょうか」
「いえ、色々都合がありまして、今朝方からでは無くて、昨晩からその動きが分かればとそう考えています」
「なるほど、昨晩からの動きが分かれば良いのですね。まぁ、明け方の状況と自分は特に変わる事は無いのですけれどね」
「と言うと?」
「自分と、あなたが風呂を共にした所があったのは覚えてますよね。それから、続いて荷運びを行いました。ここまではあなたの理解のままで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「でしたら、それからは話は簡便、簡潔、単簡です。自分は自分の仕事に戻りました。つまりは、正確にはボディーガードの任務に戻りました。名々夜様の側についていたと言う事です」
「一晩中ですか?」
「一晩中ですよ。イメージしうるボディガードの仕事、扉の側に張り付くアレです。寝ずの番というのは、割りに珍しいものでは無いのでしょうね。ひとつ屋根の下に、数人も居るのですから、寝ない程度のことは取り立てる事では無いのかもしれません」
「……一晩中とは、これ如何にと思っていますか。もし、疑わしければ、お隣の彼女に聞いていただけたら、証明できると思いますよ。一度として、自分は持ち場を離れて、現場の前を通った事もなかったです」
「そうなのか、小鳥?」
「うん、まぁ昨日は夜誰一人として、扉に触れさえしなかったからね。いや、それは違うか…でも気にしないで、ボディーガードさんは一度として見てないから」
まぁ、一応の助手に言われて信じないわけにもいかないが、軽い疑心暗鬼とは言えずとも、カエラちゃんにも聞いておくべき事だな、最終的な信用のためにも。
「自分がもしも鉄黒錠先生の部屋に忍び込もうなんて考えるなら、雇い主の眠りを妨げになりますから、部屋の移動は難しいです。と、自分で述べるのは、逆に怪しまれる事項ですか」
「いや、怪しいなんてそんな風には思ってませんよ」
「けれど、自分が言う事では無いかもしれませんが、あなたはもっと良く人を疑ってかかるべきだと自分は思いますけどね。探偵はそうで無くちゃ」
そうなのか、と思わされる程に、自信を修飾した頑強な意見だった。
自分を一向に疑ってくれて構わないという意もあったのかもしれないが、自分の無実を証明するなによりの駆け引きなのかもしれないが、副産物的に、僕にも聞く側の意識改革があったことは否めない。ありがたし。
「と言っても、自分としては誰を疑うと言うよりも、他の誰かを疑うと言うよりも、弱座切落についてもう一度良く考えるべきだと言う所もありますが、こればかりは蛇足ですかね。聞き損じて下さい。口損じたお返しに」
・銀色作家の話
「早くも順番が巡って来ましたか。ふん、2番目位の時間でしょうか。であれば発見した順番ってこと…いや、違いますね。部屋の順番でしょうか。詩流、その次に、鉄黒錠鉄鍵さんの部屋を飛ばして私の部屋ですから」
そう思考の逡巡の後に会話は始まる。
「……予想は正解です。2番目ですし、詩流さんの次ですよ」
「あらあら、優しい人ですね。態々、一区切り言葉を挟んで二回りほど年上の人の気を遣おうとは、健気で」
そっと揶揄うように笑むその姿は、人が死ぬ前と何の変わりの無い程に丁寧な老練と言った風である。
およそ、一番前後に変化を感じない人物だった。
「昨晩からの動きを教えれば良いのですね。ふん、昨晩からとなると、詩流もおよそそうであったでしょうが、私は殊更、何をするでも無い状況でしたよ。ただ、横になって居ただけですから」
「横になって居たとは、ずっと寝て居たと敢えて確認しても良いですか?」
「いえ、私は横になって居ただけで、常に寝ていた訳ではありませんね。あなたが指摘したい通り、正確には常には寝て居ません。生来、眠りは浅い方ですし、どちらかといえば、ショートスリーパーの気が有るので」
「では、詩流さんが身動きなどを取ればお分かりに?」
「まぁ、十中八九、どんな状況でもとは言えませんが、通常の睡眠状態なら目が覚めてしまうでしょうね、人が動く音には敏感なので」
証明のほどは分からないけれど、もしそれが本当で、物音に対して、非常に過敏なのだとしたら、少しばかり利用。
「音、その…音に過敏だとすれば、隣の部屋の内で立つ音というものに反応したりなどはしませんでしたか?例えば…」
「例えば、殺人が起きた瞬間に、目が覚めたりしませんでしたか、ですか?」
「ふん、力になりたい所ですが、残念ながら反応しませんでしたね。言い訳をするつもりではありませんが、客室は大きく、そして客室同士は有る程度の防音があらかじめなされているようですから、内側で喧嘩でもしない限り…そう静かに体でも切り刻めば、聞こえないと思います」
「発展させれば、内側で、明け方より前に殺人が起きても気がつけない。誰にも見られる事なく、侵入さえ出来ればでしょうけれど」
「なるほど、侵入出来れば誰でもですか……いえ、では今朝方はどうです、今朝方の動きは」
「今朝方の動きはあなたの知る通りですよ。起床の後、朝食を運んでもらってすぐに女将の叫び声が聞こえたので、足を運びましたね」
「なので、もしあなた方が検証の結果。事件が少なくとも、朝の短い間で起きていると予想するならば、私は外れる事になりますね」
…………何と言うのが正解か。
柔らかい物腰に、受け取りやすい声量、音程、なのだけれど、神経がビクつく程に予想が的確だ。
検証の結果、素人の皮膚確認の結果、事件は朝に起きたであろうと踏んでいる。それがバレている。
「あぁ、いえいえ。気にするべきではありませんよ。愚者の妄言ですから、無視して構いません。構うべきは、あなた方二人の答えですから、しかしそうですね、要らない気を回す羽目になってしまっていれば、それは私の望む所ではありません、混乱を望むのは犯人のみですから。だから、これはそのお詫びです。来るまでの廊下で拾いました。どうぞ…」
そういうと、懐より、白い紙を取り出す。
四角く、長方形で薄く。
便箋。
手紙を取り出した。
 




