心血的シーサイド6
…
「鉄黒錠鉄鍵バラバラ殺人事件とでも言いましょうか」
鉄黒錠鉄鍵バラバラ殺人事件。
超直接的なその名付けに、非現実性が皮膚にあたる感覚を覚えるが、現実なのだと自分に言い聞かせる。
どれだけフィクションにしようと、思おうと、彼はこの世界において死んでいる。
見る血の海がじわりと、扉よりの外界に流れ出るように幻視した。
「先に、第一に、そう。自殺…では無いでしょうね」
自分で、バラバラにできるのなら僕の自殺だって世話ない。
当たり前だが、この件は他殺と考えるのが妥当だ、軽いジャブ。
「まぁ、それはそうでしょうね。確認は大事でしょうから、擦り合わせとして聞いておきます。自殺では無いでしょうね」
「それに、見事なまでに真っ直ぐな切断面を見るに、何かしらの方法での殺害後の、バラバラでしょうか」
言われて見てから目がいくが、確かに見事な切断面に見える。
切れ味の良い刃物でバッサリといったのだろうか、首筋がひりつく。
殺害後の切断と考えても痛覚が刺激される。
「であれば、必要なのは本当の意味での殺人方法ですか。ふん、ところで…浮向さん、ここがどのような様態で見つかったのか、教えてもらえますか、鮮明に」
推理ごっこ位のポテンシャルで望んでいたはずであるのに、随分と沈んでいく。
抜け出さんともし難い。
淡々と僕は見てきた光景を鮮明に語った。
「なるほど、鍵が閉まっていたんですか。閉じ込められていたとか?」
「いえ、閉じ込められていた訳ではなく、閉じこもっていたのです。執筆作業を行う時はどうやらその様に集中される方の様で」
「あぁ、そうなのですね。例の期間に入っていたということですか」
それを知っているなら話は早い。
流石に執筆仲間というか、知り合いであるための知識か。
「施錠の方法は、錠前、シリンダー、サムターンは見るに付いていませんか…ふん。いや、浮向さん、あなたは知っていますか?」
「錠前が近いですけれど、気絶する前に女将がチョロっと話していました。どうやら、外側からの鍵は無し、内側からの閂による施錠がメインだと聞き及びました」
「内側からの閂による施錠、となると部屋は密室であったということになりますね」
言えるのか、状況を整理。
表には内側から閂。
確かに密室と言える…とは言い切れない。
「窓から逃げれば良いのでは?そうすれば、部屋からの脱出なんて容易ですよ」
「あら、確かにそうですね、うっかり。でも、密室とは言わないまでも、楽な道とは言えないと思いますけれど」
楽な道とは言えないとは、まだ正しい表現ではない。
この建物は特殊な構造をしている半円にして、池を背するのだ。
河童ヶ池が行手を阻んでいる、楽な道さえ無い、道なき道である。
「背水の陣。私は泳ぐことが出来ませんから。そんな自分からすれば、そこはどこよりの修羅の道、茨の道よりも万死の道ですから。うっかり、密室と扱ってしまいました」
「でもだからと言っても。このルートを進むのはリスクが高くつきませんか?つまり、水を泳ぐことになるとすると、濡れることは避けられませんよね」
「濡れること、そうでしょうね。水泳用のスーツを用意しておいて、陸に上がってから脱げば…いえ、それもダメですか」
玄関広間から弱く青い光の方向を見やる。
垂直線の連続が、空から降り注ぐ、ざんざんと雨が落ちている。
降雨。
泳いだ後、服を着替えることが出来ないなら、現在、犯人は外にいるとか?
「この建物は軒下、ひさし、何でも良いですけれどありましたかね。私は心当たり無いですが…」
「まぁ、ここは後々分かりますか。浮向さん、所変わりますけれど、もう一つ変な箇所がありますよね」
「変な箇所ですか?」
「死体の彼の向き。閂の外れたという状況。犯人は自分で閂を抜いていったのでしょうか?」
言われてみれば、閂が抜けていることは、変哲なく、内側から誰かが抜いたということになる。
犯人が抜いた?
それか、鉄黒錠先生本人が抜いた、抜いた後に惨殺…出来るのか…超瞬間的?
「京介くーん!!」
縫われていく思考の隙間を縫って、爆撃。
廊下から溢れ出て、吹き荒れる爆音に、体が4度傾く。ちょっぴり静かにして。
「連れてきたよ、連れてきたよ。カエラちゃんと、団子ちゃんも一緒に来たよ」
後ろについている働き者であったが、すっとスピードを押し上げると僕には一瞥もくれず、死体にも一瞥もくれず、黒電話に一目散に駆け寄った。
あの働き者の、働き者然とする余裕ないというより、正しく余裕を持たない様にしているのであろうその姿が、僕を思考の渦から引っ張り上げる。
黒電話のダイヤルと差し込む指がぱきりと黒と白に分け隔てる。
慣れた手つきで回す数字の動きに耳を傾けて、ジーーーと戻る音に目が奪われる。
0の長長のスパンが、煩わ惜しい。
耳に当てる黒光の音源が、彼女に包まれる。
左手で細まった部位を、右手で話し口の端を触る。
するりと右手の人差し指と親指が黒より外れたかと思えば。
ダイヤルに再び。
リダイヤル。
ジーと再び回る。
1…1…………0。
ジー、ジー、ジーーーーーーーーー。
ただの耳を揺らす音がこだまする。
カエラちゃんの横顔がキリと口を噛んだ様に見えた。
「いや、あれおかしいっすね。使えないはずないんすけど。壊れてる様にも見えないすっけど」
死んだ様に、フックがガチャリと音を立てた。
はたと静寂。
何がどう起こったのか、カエラちゃんのダイヤル操作にどれほどの重さがあることを誰も正しく理解出来ていなかったはずだ。
でも、何かをここにいる全員。
全員がその無言の共通言語を共有することによって、理解して押し黙った。
「あぁ、すみません。気を失ってしまった様で。イテテ…」
「女将さん。どこか痛んだりするっすか?頭ですか、体ですか?倒れる時にどこか打ったりしてないっすか?」
「大丈夫ですよ、カエラさん。ほんのちょっと気が弱いばかりのことですから」
青々ざめる顔の、変色がミミズのように、顔をうねる。
白い女将の色を初めてそこで見た。
「それよりもカエラさん。彼女を中へ入れてあげて下さいよ。雨垂れでは風邪を引いてしまいます」
そう、女将は言った。
皆がその言葉に、グルリと首を動かした。
僕だって類に漏れずに。
鈍重な雨玉の外の前に立つ少女。
黒髪で、いやに整った服装の小さな女の子。
異彩のそれを感じ取ったのか、働き者はそう女将に言われようとピンとも動かない。
そうしている間に、自然に扉が開いた。
引き戸が引かれたのだ、それはもちろん開く。
開いておかしくない、何もおかしく無いのだけれど。
今日この一日において、無視された自殺志願者はいたけれど、無視された死体は転がっていたけれど、その少女の姿には、皆釘付けだった。
服からはポタポタと大きな水が落ちる。
一滴一滴の積み重ねが水溜まりになる。
ふっと唇に血が入り込んで、話すのが目に見えた。寒さに震える唇が動く。
「………鏖じゃ。ワシはここで皆を殺さなくてはならない」
「ワシの名前、弱座切落の名において」
少女はそう言い放った。




