心血的シーサイド5
…
!!
この作家は何を言い出すのか。
状況が見えていないのか、瞳孔が強く彼女の白樺の枯れ木のような腕を見やり、見やり。
人が死んでいるのだ。
推理合戦などは…
「名々夜様、いけません。これ以上、踏み込むことを容認するわけにはいきません」
どうやら、同意見のような、違う意見のような巨漢。僕と彼女の間にボディーガードは体を挟み込み、視界に入り込む。
「ふん。詩流、あなたはボディーガードなのです。その役割を全うするべきだと私は考えます。違いますか?」
言葉に大男は怯む。
こちらに向かう巌の背がひび割れていくように、力が抜けていくのがわかる。
はぁ、と最後に嘆息を吐いたと見えれば、体が視界から移動した。
「では、浮向さん。あなたの考えを聞かせていただきましょうか?」
「いえ、僕は…」
「役割。人が死んでいる。あなたはその状況で自分が動かないつもりですか?第二発見者のあなたは何故、ここにいるのです」
役割。
僕の役割である。
第二発見者は発見者らしく、現れたどこぞの探偵に、警察に、捜査機関何某に媚び諂って当時の状況を事細かに…
「私は小鳥さんが食堂の方へ走っていくのが見えました。つまりはこの広間から、食堂の方へ」
「加えて、あなたはここにいた。側には、気を失っている女将の姿。どうやら、何かしらに難航しているのは気がつきます」
「そして、あなたの場所。黒電話の前。ふん、あなた方は電話をかけようとしているが、何故か出来ない、そのためにカエラさんを呼びに走っていると、そのような所でしょう」
「…だとしたら、何だというのです。僕が、それにあなたも、今この状況を動かす、解き明かす役割があるとは到底思えません。山奥ではあれど、1時間もあれば警察が来るでしょう」
「何故、あなたも小鳥さんも、一目散に黒電話に向かったのでしょう。何故、あのお喋りの小鳥さん、フレンドシップをフルに活用する彼女が黒電話に向かうなどという行動を取るのか、考えましたか?」
?
分からない。
彼女がどこに疑問を呈するのか、僕にはよく理解できない。
咄嗟の判断の結果であったはずで、最善であったはずで、身近な連絡手段であったはずである。
警察に連絡する方法。
最短最良の?
例えば…。
「…携帯電話」
「そうです。彼女は何故、携帯電話を使わなかったのか。今現在の浸透性なら、持っているのが必至、持っていない方がおかしな人です」
おかしな人呼ばわりの僕だけれど、その判断に同意は示す。
変なやつとは言わないまでも、マイノリティである自覚はある。
「では何故使わなかったのかですか?」
作家が抱いた大学生の疑問が僕にも、薄々気がつき始める。
「何故、使わない。それは簡単、無意味だからです。無論、電源が付かないとか、不注意の産物ではありません。出来ないことは、使えないのは正確には携帯ではなく、機能ですから」
「ここは陸の孤島。連絡手段の絶たれる。電波無き山奥。携帯は使えない、一人ぼっちの社交性」
宿木小鳥。
携帯電話を持たない自分であるから一切意識を向けることが無かった。
電波の有無なんて、身体で感じる特異体質では無いのであるが。小鳥がなぜ、友人と、およそ下山すれば会える友達と連絡を取らないのか。考えなかったことは気が抜けていた。
あのお喋りなら連絡の少しでも取らないのはおかしいと思わなくもない。
電波が届かない山奥か。
「しかして、彼女が携帯電話を使わないことは分かるのですが、はて?」
「何か?」
僕は、相槌を、言葉の返答を順当に行なってしまった。流れるままに彼女の疑問に乗っかった。
そうさせる姿がこの銀色にはある。
「しかし、また妙だと思いましてね。黒電話。一人が操作出来ないなら、いざ知らず、二人も出来ないとは。はてさて、連絡の装置として、黒電話と言うのはここまで不十分だったでしょうか。これでは緊急時に、対処できませんよね?」
「えぇ、まぁ。力不足で申し訳ありませんけれど」
「責めてはいません。確率として、確信できるところもありますから」
「でも、つまり分かってでしょう。この状況、決してこの場が何かしらの動きを、外側の人材に今この数瞬を頼れるのは大学生の彼女のみ。私たちは力になれません」
「だから、僕らが話を、推理合戦をしようとそう言った話で?」
「推理合戦とはまた、ミステリ小説の読み過ぎですよ。そこまでのことは考えていません」
「私はただアウトプットをしようと言うまでです。現在の状況を、近い未来、誰かに話すにしても、記憶を鮮明に、考え方を聡明にすることは凡そ、無駄では無いでしょうから」
無駄では無い。
聞こえのいい言葉。
黒電話、携帯電話、連絡出来ない、手持ちにない。
走る大学生。
立ち尽くす僕と、作家とボディーガード。
無駄とは何か、羅列するとハッキリしてしまう。
「分かりました。見るだけでは、分からないこともあります。少し考えをまとめる時を持っても悪く無いと思いました」
「物分かりが良くて、若者という者の良いところです。ではそうですね、あなたの意見から聞かせていただけます?」
銀色作家の口車。
のうのうとそれに乗り込んだ僕は、少しばかり頭を働かせにかかる。
自殺する前の少しの時間の有効活用だと自分に言い聞かせて。




