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心血的シーサイド

31

しっとりとした空気が肌を触り、重い空気に僕はその双眸を見開いた。

起きたのか。

実際のところ、少し期待した。

殺しにも、条件がある。

ほら、殺し屋に依頼する時に、オプションを、どんな状況、どんな武器で、どんな方法でとか百家争鳴、百花繚乱、多種多様。


僕だって、大見得切って死にたいなんてのたまっているけれど、苦しいのが好きでは無いのは当たり前だ、尋常だ。

だからこそ、死にたいと自然に考える訳だが。

そんな僕の出した条件。

苦しみのない死だった。


安楽死とそう言う言葉を使うと、尊厳のある安楽死の何たらにかかりそうだから避けるけれど。

安楽死という言葉を使わなければ、楽々死ってところかな、僕の選んだ条件は。


そもそも、人殺し屋だから、他人(ひと)殺しだから、依頼人が依頼人を殺すなんてことを依頼するのは無いんだよ。

想定しないオプション、争点無いオプション。

普段なら、対他人のオプションは、1000万規模で跳ね上がるらしいけれど、僕の場合、細やかな条件は出さなかったから言い値で、良い値だった。

今どき流行りの、格安SIMならぬ、格安SINE(シネ)ってことだね。

スマホは持っていないけれど、そんなことはいい。

格安、つまりは簡単。


でも、だから期待したんだけれど。

首を洗って、待ってたんだけれど。


未だ繋がっている首を、一回し、二回し、手のひらで撫でる。

落ち着く場のない手はそのまま、顔に位置まで這って行き、全体を強くこすり、眠気を拭き取る。


首を回す。

少し冷えたか首が凝り固まっている。

ゴリゴリと、鳴る首根っこに関節を確かめてから、目を左右、左右。


…切落は、先に起きたのか。


見やるベットには、シワの寄った白いシーツに冷え切った掛け布団がもたれかかる。

グラッと視線移動。


昨夜、少女が座っていた椅子を見やれば、木目の綺麗な黒い椅子が、外の空気にグラつく。

外は、相変わらずの重い曇天が映る。

耐え切れずに、雨を垂らしている。


さてと、そうこうしている暇はあるだろうが、起きて布団で過ごすのはいささか、外泊には相応しくない。何もなくても起きるのが、礼儀というか、マナーかな、旅のマナー。


いきなりの運動に、身体が悲鳴を上げないよう、一度の伸びでほぐした後、立ち上がる。


一先ずと向かうところは、特に無いのだが、予定もなければ、何も無いのだが。

朝、まず朝食。これが人間的にも、健康的にも無難かな。


けれど、朝食にするにしても、誰かに会わないことにはままならない。

特に、この旅館はその気が強い。

お客様優先主義というか、こちらが提示する時間に提示することが出来るようになっている。


このシステムは非常に良いのだけれど、朝食に決まり切った時間が無いのも少しばかり、寂しさを覚えもする。


しっとりとした空気。

右側の最奥にある自分の部屋からは曲線を描く赤い廊下を進む。


ひそりと佇む旅館。

女将はここを陸の孤島なんて言ったか。


クレタ島の迷宮。

アリアドネの赤い糸は見えないけれど、一本道だからミノタウロスにはち会わない限りは大丈夫だろうけれど、テセウスの様にたぐりたぐり。


赤い廊下が続く。


「ざわざわ…」


「きゃっ、きゃっ…」


外壁と雨音の色々が、雑音の混じりを感じ始める。

声がする。

人がいることがここから分かるとまでは言わないけれど、ラジオとか、誰かしらが音楽を聴いているとか、答えはままある。


およそ、距離から玄関広間だ。

「あぁ、お客さん、おはようございますっす!」

ブンブンブンブンと大きく手を振るそれに、おはよう、と僕は無難に。

シャッキリポンと挨拶から始まる、女性、働き者秋足カエラ。

眠い目を未だ擦りする僕に対して、朝早くから随分と早々テキパキとした態度で応対するものだ。

今日は照らない太陽の擬似的で、目に刺さる。

まるで…


「まるで、オールでもした奴のテンションじゃ無いかって?」

「正解だよ。正解、正解、大せいかーい!」

お前も厄介なテンションだな。

ハイテンション、この大学生にとってはこれぐらいが常時という感じもしなくも無いが、正解らしい。

後出しの答え合わせだけれど、予想は的中した。

オールガールズ。

小鳥とカエラちゃん。


「はてさて、なーんで。この二人はこんな所で朝まで駄弁りだべって居たのかなんてことを疑問に思っているのかい、京介君?」


「まぁ、そうだな。一頻しきり、珍しく惰眠を貪った人間からすれば、眠らない人間の気はしれないからな。できれば、その理由は知りたいが、聞かせてもらおうかな」


「迂遠な、面倒な言葉遣いしないでよ。シンプルに聞きたいってそう言えば良いものなのに」

「でもでも、そんな男子にも、あたしという優しい女の子は優しく手解(てほど)きしてあげます。癒し系聖女の様な女、ヒールガール小鳥!」

なるほど、シラフで面倒な奴はこの様になるのか。うん、明日からは是が非でも寝てもらおう、僕は心に誓う。

それで、えと何だっけ?


「…ヒールガールか。あぁ、確かにお前らしいな。悪役っぽいものな」


「違うよ。heel(ヒール)じゃない、heal(ヒール)!悪玉どころか、善玉って感じでしょ!ヒールどころか、ヒーローどころか、ベビーフェイスって感じでしょ!」


「ベビーフェイスって、それよかお前はヘビーフェイスって感じだろ?」


「あ!今、重いって言った」


「いや、言ってない。お芋って言ったんだ」


「あぁ、お芋って…それは無理でしょ。流石に、ヘビーとお芋は結びつかないでしょう」

流石に無理だった。

無理だったので、諦めよう。

小鳥は重いということで、決着しよう。


「え、ちょっと待って、ちょっと待って、諦めないでよ。諦めないで、踏ん張ってみようよ。あたしが重いで決着付けないで、どうにかして、リベンジしてよ。巻き返してよ」


「もう良いんだ。小鳥、もといヘビーナイス。僕はもう良いんだ」


「良くない、良くないから。そんなひどいもとい無いから、ヘビーナイスって何よ。ナイスを万能用語と思わないで。文末に『いい意味で』とつければ良いみたいな、万能性はナイスに無いから」


「小鳥ナイス!」


「分からない、分からない。直接、額面で捉えれば、褒め言葉なんだろうけれど、さっきの今じゃ、ナイスが邪魔するよ。受け取れないよ」


「はいはい、ナイスナイス」


「もう飽きてるじゃん。飽きが来てるじゃん。自分の言葉にもう既に限界を感じちゃってるカンジじゃん」

「もうこれ以上はダメ。話をずらしたらダメだよ。本編に入らないと、あたし達の駄弁りが本作多くを占めてるんだから、締めないとダメ」

「えと、どこだっけ。あたし達が何故こんな所で一夜明けたって話だったっけ」


大学生はふぅー、と息を整える。

「それはね。カエラちゃんの仕事都合なんだよ。仕事事情なんだよ」

言い始める。




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