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終身的ベッドサイド2

「よくあることなんですか?」

とさっと諦めムードに切り替えることができたボディーガードから、切り返し。


「そうですね。よくと言えるほどではないですけれど、条件さえ揃えば、珍しくもないと思いますよ」

「重ねて、条件さえ、揃えばですけれどね」


「条件ですか?」

ボディーガードは続く、質問。


「条件が揃えば書きますが、条件が珍しいんですよ」


なるほど、書かないわけである。

水に落ちた老人。

書く時を待つ老人。

条件が揃わない作家。


「条件。よく言われるのは、『新たな人に会った時』ですかね。人と出会うことが、人の好き嫌いあれど、それ自体は好きな方でしたから」

「けれどやはり最近は珍しくなっていましたけれどね。どうも、呼ぶお客さんが少なくなったのも有りますし、ここ数ヶ月は書いていないはずです」

「しかし、会ったと言えば、例えば、今日、お会いになりましたよね。お二人とも」

指の腹は見せず。

眼光だけを、左右に揺らす。


「会いましたが、なかなか手痛い接触でしたけれど、自分などは全くひどいものです」

と、ボディーガード。


「あの人は喜怒哀楽の激しい方ですから。お知りかもしれませんが、いえしかし、あなた方にとってはこれは、塞翁が馬。良いことかも知れませんよ。手痛くも、良い思い出になるかも知れません」

「と言うのも、作品の主人公は大抵が、鉄鍵さんが出会ったことのある人物をモデルにしていると聞いています。ですから、もしかするとあるかも知れませんよ」

「お客様方のどちらかがモデルという作品も…」

ドキリとする。

心の怪我の功名。もしかすると、もしかするのかも知れないという事だ。

僕が主人公と大きな期待は持たないけれど、僕らがということもありうる。

期待せずに待っておくけれど、吉報を待っとこう。うんうん。


「まぁ、もちろん。全く違うこともありますけれど。あくまで、条件の一つでしかありませんから」

「嫌いな人だから、作品にするということもあれば、好きな人だから作品にはしないということもある。もちろん、その真反対も存在します」

「考えの深さは、私どもの知らないところまで。書かないと言っても、次の日書くなどザラにある。ある日、思い出した様に、過去の人の記憶で書くこともある」

「そうですね。宝くじよりいい確率っていうくらいに思っておけば、悪くない賭けだと思いますよ。そう、雷に打たれるくらいです」


「雷に打たれるくらいの確率ですか。なるほど、いい賭けです。面白い賭けです。負けるところが無いのがいい」

「負けたとしても、作品が読めるなら、自分としては願ったり、叶ったり。いえ、叶ったり、叶ったりです」


吉報待つ二人組の誕生。

ガチっと、ぐっとここで二人でフィストパンプ。

男の友情。



「女将さーん!!」

そんな会話の隙間を縫う様に、大声が通り抜ける。

透き通る様な、突き抜ける様な大声。

静かにして、先生が部屋の中で今しがた書いてるでしょうが!


「女将さん、これも全部。外の廃品回収場で良いんすか?」

と、一人。

働き者の一人がいた。


「はい、そうですね。全て、崩してあるものは全てを廃品に出して下さい。別途のあるものは特別に指示しますので、それなりで」


「了解っす!」

そう言うと、カエラちゃんは手荷物の少々を持って、スタコラと外へと向かっていく。


「まだ運び仕事していたのですね、彼女」

僕が会話を繋ぐ。


「えぇ、良い子でしょう。流石に一人で手が回らないことが多いので助かります」

「少し急ぎの用ですから。本当に」


「彼女は2時間ほど前から、運び仕事に従事していますけれど、それほどまでに急ぎの用とは一体どんなものなのですか?」


「ずっとでは無いですけれど、確かに2時間になりますか。急ぎの用、いえ、ただ廃品回収が明日というのが、最もこちら側の話なのですけれど」


「けれど、けれど何です?」

この質問に、言いあぐねる。

しまったと言った表情は無かったけれど、時間としてからそれを感じ取られた。


「これは言いたく無かったのですけれど、この部屋は浮向さんのために開けているんです」


「僕のためですか?」

呼応して、すっと耳元に女将が近づく。

小声で話し始める。


「浮向さん、聞くところによると、彼女との関係を父子と通そうとしているとか」

「深くは追求しないですけれど、他の誰にもそんなパーソナルな部分は伝えていないですけれど、浮向さんが良いならと思いまして」

「どうやら、もちろんあなたにも事情があるのでしょう。だけれど、守りたいものもある」

「そのために部屋があるに越したことは無いでしょう。一応、念の為ですよ」

流れる様な説明。

全部はっきりと聞き取れた。

ここでまた少し女将の性格が露出した気がした。

鋭い観察眼。

僕の正しい意図は、ここへ来た意図は伝わっていないだろうことは願うばかりだが。

ロリコンを、そうでもない性癖を疑われている可能性は考慮していない訳でもないが。


「そうなのですか。それは、それは僕としては確かに嬉しいですけれど。嬉しいからこそ、今はこうしていられない」

「荷物出し、僕にも手伝わせて下さい」


「いえ、それはなりませんよ。なってはなりません。お客様に手伝わせるなどもっての外です」

「今のスピードでも、完全には三日ほどあれば終わりますから、それ以上お泊まりになられるでしょう?」


「お泊まりになりますよ。けれど、それとこれとはです。手伝わないと、僕としてはそこに立ち入ることが申し訳ない」

汗をかいて荷を運ぶ、カエラちゃんのことも頭をよぎる。

手伝わずして、どうする。

断られてもやってやる。


「いえ、そうですか。確かにそうですね。そこまで言われて、断るのは極悪の選択に感じます」

「では、そうですね。手伝っていただきましょうか。お言葉に甘えて」

気迫に押された様に、女将は折れる。

折れてくれたというのが正しいだろうが、それでも意見が通ったのは良かった。


「そういうことなので、詩流さん。では、ここでお開きということにしましょう。話、楽しかったです。では、またあし…」


「何を言うんです!自分も手伝いますよ。どう言った理由であなたが手伝うのか、秘匿に首を突っ込むつもりはありませんが、自分は人を手伝うことを理由無しでも行う人間です」

「大きな体に生まれたのは、人のために、人より出来るためにです。使わずと言う選択肢は自分にはありません。旅は道連れ、そう言うでしょう」

「さぁ、自分も行きます。さっと行って、さっと済ませましょう。男の見せ所です」

また、乗り気な。

良い人だ。

驚くべき良い人。

出来れば、このような場所で、最期の場所で出会いたく無かったけれど。


ふと、ただ荷運びに向かうしがない男は思う。

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