終身的ベッドサイド
28
地球は元々、5時間で1日を回っていたと聞く。
今はもちろん、周知の事実、当たり前のこととして捉えられている『1日24時間』だけれど、どうやら月の引力の影響で自転の速度が減少することで、5時間から24時間になった様である。
時に、1日が48時間あったらな。なんて、子供ながらに、いや大人だからこそそんなことを思う人は実に多いだろうけれど。
しかし、実際、5時間が24時間になっている。
こんなものまさに働き方改革そのものみたいな。現実起こって仕舞えば、それどころか、働き方革命くらいに言われそうだけれど。
同じ比率、一日8時間労働に換算すれば、一日が5時間なら、働く時間は1時間40分になる。
一日1時間40分の労働。
最高だ。
まぁ、もちろん、そんな革命は起きないわけで。
革命にテコ入れが加わるだろう。
二日連勤とか。
徹夜仕事どころか、徹日仕事とか言って、三日連勤、四日連勤とかがごった返すだろう。
人は時間が減っても、24時間から5時間まで減っても働き方自体は変えないと言うのだろうけれど、では増えたらどうなのだろう。
1日が48時間になったら。
人は働き方を変えないのか。
僕は答えるつもりは無いけれど、およそ一つ言えることがあるとすれば、この男はその働き方を変える。
役職・ボディーガード、永石詩流。
およそ、この傷物の大男は一日中である。
1日が5時間なら、5時間働き、48時間なら、48時間働く。
今まさに、ここに存在することで役割する大男。24時間、主人のために仕えるボディーガード。
全てを守る男。
…
そうカッコつけて、語ったのはしがない僕だけれど、どうだろう、これくらい形容すれば、およそこの大男の背中からの異彩を一割でも伝えられたと思いたいけれど。
風呂上がり。
湯気立つ、赤い皮膚を2人立って、脱衣所で冷ましながら、着替える。
「しかしながら、自分としてはもう少し語りたい所だったんですよ」
「鉄黒錠先生とね」
そう、大男は言った。
彼もそういえば、ボコボコに言われた同志なんだったか。
心の同志。
やられた同士同志。
「自分はこれでも、かの先生の本は読むんですよ。特に先生の歴史小説は堅くて、自分好みなんですよね」
「いえ、全く付く人が作家で良かったですよ。先生と一対一で話す機会なんて自分にはある訳ありませんでしたから」
どこかで似た様なことを考えた奴がいる。
それはもちろん、誰よりも、他でもなく、およそ僕だったと記憶しているけれど。
何だろう、ファンであるほど、痛い目を食らっている。もしかすると、ファンというものにそもそも抵抗を持っているのかも知れない。
独占インタビューとか、特集とかを組まれても自分のことについては頑なに語らないタイプの、いい意味で無頼漢、悪い意味で堅物と言われるイメージで内実が分からない。
が、それこそが答えなのかも、言いたく無いし、知られたく無い、知ろうとする奴、ファンという奴。目の上のコブ、寝てる間の蚊。
そういう方程式が組めれば、まさにファンはかの先生にとって難敵と言っても仕方ない。
あれが地雷だったのか。
「浮向さんは好きですか?あの先生の作品は…」
「いえ」
「嫌いですか?」
「いえいえ!」
「ふん」
「あぁ、いえ、ただそれほどまでというだけです。人に大々的に発表出来るほど、自信が無いもので」
「ほら、何かを好きっていうのって、随分とハードルの高いことじゃ無いですか。半可通で言えば、顰蹙を買う、言わなければ、ある程度は幅が利きますから」
人の意見の甘いほうに自分を委ねた、随分と情けない意見だけれど。
それっぽく、言葉を流用する。
「ふん、なるほど。それはつまり、あなたはかの先生の作品が好きだと、そう言いたいんですね。言わずして、言いたいんですね」
「十分に自分も、分かります」
そう言うと、紅唐の暖簾を太い腕で右に分ける。
「良ければ、行きませんか?2人で、鉄黒錠先生のところへ」
「え?」
はたと返すぼくだったが、その間抜けに、2度目の振り返りは寄越さず、先に暖簾を下す。
スリッパから覗く足の踵の先が、小さくなるまで、時間があったが、やがて消える。
数瞬間、動かず。
僕は使用したタオルをさっとしまい、回収の場へと投げる。
急ぎ、暖簾を顔で分けた。
「ふん、あなたも、自分も、馬鹿ですね」
「およそ、あなたが怒られたこと、自分が怒られたこと、これが同義なら、間違いなくもう一度怒鳴られる」
「それでも行きたいと思ってしまう」
相手を馬鹿だと思った。
同じ行動、似ている僕も馬鹿だ。
驚きはした。
がしかし、その提案には決して反旗を翻すなんて毛頭無かった。
修学旅行中に、廊下に侵入する馬鹿と同じなんだ。
法的効力なんてない、ただ欲求のままに進まんとする。
もう一度言う、反旗を翻すなんて毛頭無かった。
「馬鹿で結構でしょう。賢ぶるなんていつでも出来ますよ。でも僕らには、2度目はありませんよ」
「鉄黒錠先生はそう言う人ですから」
「良いですね。あなたは自分と少し似ている。本の趣味が合うと、やっぱり良い」
「行きましょう。ここの廊下は想像よりもひどく長い。遅くなりすぎては体裁も悪いですから」
非人道的二人。
…
「他に自分は『鉄橋事変』が好きですかね。戦国時代ってものより、大正辺り、1900年代のお話というのは身近で面白いです」
と、彼の、永石詩流の好きな作品の話だけをピックアップして、僕らの会話が好きな作家の好きな話で盛り上がったということをフォーカスするけれど。
盛り上がった非人道的二人略して、非人だけれど。
こんな言葉をTPOも、PTAも気にせず使うところが、僕らの非人道的たる所以だろうが。
盛り上がる二人。
照るランプ。
が、しかしどうして、僕らの願いは叶わない。
非人なんて言う、古来の差別用語を軽々使うためにバチが当たったのかも、知れない。
そうでないことを、神に、神作家に願うばかりだけれど。
赤い広間。
ソファの向き合う広間。
黒く大きな扉。
その前に、そっと佇む女性。
女将・不知雪朝餉である。
「あぁ、お二人さん。お風呂加減はどうでしたか?」
と、流麗の言葉から、会話は始まる。
「いえ、良すぎるくらいでしたよ。自分の様な者にはあまり余るほどの気持ちよさでしたよ」
「あらあら、それは良かったです。永石さん」
僕も続いて、何か言ったはずだったけれど、このボディーガードほどのセリフみたいな言葉は出なかったはずだから、切り取り。
「自分たちは、二人とも、鉄黒錠先生の作品が好きと言う繋がりでして、叶うならば、もう一度二人で先生とお話でもと思ってまして」
このセリフに女将は暗い顔をする。
どうかしているその様子に僕は、「どうかしましたか?」と言葉を繋げた。
「いえ、ただそう。それは難しいのです」
「と言うと?」
矢継ぎ早。
「どうやら、作品作りに専念したくなった様で。部屋に今先ほど、閉じこもられたんですよ」
箱詰め執筆。
閉じこもった作家。
 




