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外科的クロルジアゼポキサイド11

いやいや、頭の裏がひりつく。

割愛した部分をわざわざ再沸騰させるのも情けないので、これ以上は触れないよ。

口頭文にも、後頭部にも。


まぁ、気にすることはないさ。

返す返す、繰り返して、気にしないことを気にする。

忘れようとすれば、忘れられないというのはよくあることだけれど、逆にではどうだろう。

覚えたいことを、覚えた瞬間に忘れようとしてみるというのは。

これはなかなか良いんじゃないか、エビングハウスさんも驚くべき、猫とジャムパン並みの世紀の大発見なのではないだろうか。


「ふん、それは面白そうですね」

わっ!と声を張り上げる。

突如としてマイスペース、パーソナルスペースに入り込まれてしまった。

敵襲、何奴だ!


一人で、江戸時代的おっとりおっとり刀する。

いや、全く逆の言葉をつなげてしまったけれど、つまりはそれ位、日本語が崩れるくらい急いだのだから、ただおっとり刀で良いのかもしれない。

実際を言えば、刀なんて部屋にある青龍刀くらいだけれど。

刀のない僕に言葉の切り出しは難しい。

そのためではないけれど、ただ喉の腰が抜けた僕では無く、気を利かせた彼が話を切り出した。


「失礼、失礼、いや、どうも気持ちよさそうに風呂に浸かっているものでしたから」

「入ったタイミングで伝えたかったのですが、遅ばせながら、体を上から下まで隅々洗ってからの挨拶に、つまり入浴のタイミングになってしまいました」

他人の入室に気がつかないとは僕はとんだお間抜けだ。

しかも、気を使われて話しかけられるタイミングまで見られて、その上おっかなびっくりの醜態を晒しているのだから無い。

恥ずかしいから、僕の不束さではなく、人物の気がよく働きすぎるということに言及しよう。うん。


「いえ、本当に気持ちよさそうに入浴していましたから、というか泳いでいたものでしたから、声をかけそびれてしまったのもあります」


「おっと」


「おっと?」

おっと、言われてしまった、僕が小鳥に指摘した遊泳禁止を破っていたことがバレてしまったけれど。

これはマズイ。

何故それほどまでと疑問するかもしれないが、つまりこれは僕が小鳥に対して唯一、随一持っていたアドバンテージがバレてしまったという事なのだ。

やばそうだろう?

ちくしょう、こうなってはアレを使うしか無いのか、後頭部。

この感覚で、有利を取ってやる。

あの本物のロリコンに。


「あの失礼。また失礼。考え事中に割り込ませていただきます。湯船を揺らさせてもらいます」

そう丁寧に、湯船を揺らすことにさえ丁重に僕を確認する人物だけれど、もちろん僕が男であって、ここが男風呂であるところから察するに、その人物もまた男であるのだけれど。

この、男ならガサツという先入観を捨てきれないガサツな僕と違って、彼は静かにその大きな体を湯船に着地させる。


大男。

得体知れぬ大男。

そう思うのは、そう思わされるのは僕の経験からでは無いであろうと思う。およそ、その肉体美を見さえすれば、未知をそこに見出すのは難くない。


「気になりますか、この体が」

聞かれてまたと跳ね飛ぶような心になる。

心臓は実際3ミリ跳ね飛んだ。

まぁ、これは嘘だけれど。

さっと、嘘だと言うけれど。

ただ、お返しに正しく一つ言えるのは、およそそれは車に撥ね飛ばされたくらいで付くものでもないということだ。

未知なる、得体の知れない、歴戦の体。

傷だらけの身体。


「申し訳ない、使い古された体で、傷だらけで。もし、気にする方なら先に言ってもらえれば、自分は後にでも入ることも構いませんが」

ここでも、また歴戦は丁寧に僕に対して、対応する応対を怠らない。


「いえ、僕は気にしません」


「なら良かった。自分としてはさらにまたあなたに追求して、追及して、本当に本心か、疑いたいところですけれど。あなたの優しさに乗っからせていただきます」

猜疑心の強い男はそう言った。

優しさの猜疑心に僕は答えを窮する。


「こんななりでも、自分は少々厄介な人間でして、疑い深いところがあるのです。仕事柄特に大事になるので、捨て切るのも難しくて」


「…なるほど、疑うお仕事ですか。当ててみせますよ、警察でしょう?」

僕は言を発する。

少なくとも、口下手だけれど、この男がおよそ悪い人間であるようには見えない。

その傷だって、表面であって。

怯みながらも、おどけながらでも、答えを正しく対したかった。


「警察…では有りませんね。しかし、遠からずでは有りますよ。そうですね、守るものという括りではおよそ近いですね」


「守るもの。警備員とか」


「それでは、少し疑う心が弱いですかね。と言っても、若干、傷から予想される荒れる仕事って訳でもありません。もちろん、少なからず望まなければ、ないに越したことはありませんが、荒れることは有りますけれど」

疑う仕事で有り、守る仕事で有り、荒れない仕事。時に荒れる仕事。

うーん、何だろう。

闘技者(グラディエーター)って身なりだけれど、そんな雰囲気ではないし、強そうなんだけれど、それは攻撃的といったそれでは無いんだよな。まさに防御的と言える。

治安維持、警察官、警備員。

それらは違うらしいし。


「いや、分かりませんね。ギブアップ、降参、投了です」

答えは何なんですか?と、続ける。

それを聞く、優しげな大男は檜風呂に大きくゆったりと腰を据え直して応える。


「答えはボディーガードですよ」

「時に徹して身を守る、守るための、守るべきもののために守る者であり、物。誉高き最後の砦です」

高らかに言う。

絶対防御、ボディーガード、護衛。

身なりはまさに言われてみればその通りである。

巌のような体、大木のような腕。

確かにしっくりくる。


「ボディーガードですか。ではでは、今日はご要人にはお暇をいただいて、体を休めに来たとかですか?」


「いえ、違います。休みでは有りません。今も、随時仕事中です。タイムカードを切る瞬間すら有りません」


「えーっと、それはまさか誰かしらが命を狙われているかも知れないとかそう言った、物騒な話ですか?」

そうならマズイ。

殺されかねない彼の依頼者に、自殺志願者の僕なんて、一つの建物には割に合わない。

この大きな旅館でも、流石に手狭だ。


「あぁ、いえ仕事中と言っても、そう言った緊急性のあるものでも無いんですよ。ただ、着くのみなのです。ただ、着任し、役割を果たすのみなのです」


「今は誰にお付きなんです?」


「作家・百白引ももしらびき名々夜(ななや)さんですよ」

かのパン焼きの銀色作家が依頼人のようである。



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