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外科的クロルジアゼポキサイド7

と、進み進む景色が歩くスピードに合わせて、左右に流れていく。

半円といえど、小さくは無い旅館。

広々とした部屋を7部屋、間には水車まで備え付けられているのだから、短いはずもない。


高揚を胸に携えながら、その長い長い廊下を渡る。

赤いカーペットが夕闇に落ち陰り、赤が窓枠の写しによって紫に染められていく。


旅館内で比較的大きい空間。

玄関口の広場に出ると、その視界はさらに広がる。

目につく場所が増える。

幾度か、入館、小鳥との会話など、通る回数の多い場所であるが、こう言うところほど目につくものが多く、それでいて毎回違う発見があるものでもある。

光と影の落ち具合、日差しのスポットのあたりが違うのか、今回は先ほど意識もしなかったが一つの黒い電話、略して黒電話、想像に易い黒電話が一台置いてあることに気がつく。

昔ながらと言うか、横にはメモ帳が置いており、側の黒ボールペンでメモを取るのである。


この旅館にあるのか知らないが、予約とかをその黒電話で取るのか、その人の姿を想像する。


うん、絵になるね。

夕陽と白と黒が混ざり合って、明暗のはっきりと切り分けられた像がありありと浮かぶ。


黒い木製の壁には、左右に二枚の絵が飾られている。

二枚とも、生半な僕には何が書いているのか、正確には書かれているのは何の種類か分からない。


花である。

二枚とも花。


朝顔に見える。

近くに寄ってみれば、それが絵の具の盛られたデコボコとした絵であることが分かる。

そのような形状だったからこそ、光の当たり具合の影響を強く受け、見えた瞬間が今だったのかも知れない。


作品名『牽牛』

白と紫の朝顔?の花が乱立している。四枠内に所狭しと、白、紫、白、紫、白、紫。紫は何色も混色され、幾多の種類の花々がある。誰も違う、それぞれの様に、痛々しく、場所奪い合う様なそんな印象を受ける。


もう片や。

作品名『黄昏草』

こちらは打って変わって、白一辺倒である。白の花、ラッパ型の花なのは変わらないが、そっくりなその姿形であるが全く違う。

こちらは一輪だけがそっと咲いている。

画中でも、中央には咲くもののひっそりと雑多の緑に囲まれた配置にある。

恐ろしいまでに、目立つ白。

万緑一紅ならぬ、万緑一白。

力強さは先ほどと同じ様であるが、その表現が違う。


両方が見合う。

夕方だけに出会うことが出来る二枚。

雰囲気は違うが妙にマッチする。


見慣れぬ絵に、し慣れぬ品評を行いながら、ああでもない、こうでもないと、考える。

物思いに耽る。


その時、フワッとその玄関広間に、動く影が過ぎた。

黒い影が、『牽牛』にも『黄昏草』にもパッパッとかかっていく。


その証明効果の連続に目が二、三の瞬きを行った時には、自主的に首からその方向へと回転がなされていた。


ガラス扉。

その扉の向こうに、見た姿があった。

何かしら、大きな荷物を持ちながら、旅館の前を、よっこらせとでも、よっこいしょでも言いながら(想像)通り過ぎんとする。


小さな料理人。

御手洗みたらし団子だんごである。


僕はその姿を見ると、おっとり刀で靴を履き、ガラス扉を大きく引き開ける。

ガラスに隔てられた空間の流出、夕陽の直接的な刺激に肌を焦がされる。


一言言う。

「お持ちましょうか?」

リベンジマッチ。

先ほども一度断られたことはもう忘れている。嫌なことはすぐ忘れる男、僕。


「えっ!、あの、いえ大丈夫です」

そう言って、重そうな荷物を一度、両手で持ち上げ、ポジションを直す。


そう言わずに、お嬢さん。

私目にお任せください。

ぐへへ。とは考えていないよ本当に。本当に。

もっと誠実。英国紳士と呼ばれる男だもの。


「昼よりもずっと重そうです。そう言わずに、大丈夫には見えませんから」

体を強引には運ばず、言葉だけを強めていく、しつこくあるのだろうけれど、流石に運搬に汗をかいているのを見ると見過ごせない。

見過ごせないよ。


えっ?

カエラちゃんも汗をかいていたって?

いやいや、ケースバイケース、臨機応変、TPOってやつだよ。

差別じゃないからね。


舌を巻くほどの、紳士然とした僕の弁舌に心打たれたわけではないのだろうけれど、一思案したのち料理人の白い顔から、力が抜ける。


「分かりました、浮向さん。お言葉に甘えて良いですか?」

そう、言って荷物をこちらに預ける。

見た目にして、5キロ。いや、分からない。


その料理人のか細い腕から、僕のか弱い腕に、完全に授受が行われる。

卒業証書のようなゆっくりそれが手から手へと移動する瞬間だった。


ズンっと、腕が下を向く。

重力が強まる。


重い!

重い、重過ぎだ、およそ思っている4倍ほど重い。

何だこれは、何なんだこれは、何を運んでいるんだ。

顔色には決して出さないけれど、心の中は阿鼻叫喚の嵐であった。

肩から、腕がすっぽ抜けそうである。


いや、でも決して心から出してはならない。

男の、男の沽券こけんにかかわるんだ。もし今、それが伝わり、二人で持とうなどと言われたら、自殺ものだ。


「浮向さん、良かったら二人で持…」


「いや、大丈夫だよ。大丈夫。大丈夫か、大丈夫じゃないかと聞かれれば、大丈夫と答えるくらいの大丈夫だから、大丈夫だよ」

提案を、提案の形にしないまま、させないままに強く挟み込んで言葉を使う。


「大丈夫なんだ。しかしそうだな、そういえば僕運搬は速攻でやるって決めてるんだよね。ほら、僕、高校時代バスケットボール部だったから」


「あら、スポーツマンだったんですね。男の人は目に見えず、力をつけるものですものね」

などと、言ってくれる料理人。

まぁ、バスケットボールなんて授業でもやらなかったけれど、信じてくれてそうだから置いておこう。


「まぁ、速攻は冗談としても、攻撃はせずとも荷物を日差しから防御する必要はあるものね。そうだなうん、少し…だから、歩き始めようか」


「…分かりました。ありがとうございます」

と僕たちは歩き始める。





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