開放的インサイド9
…
「京介、もう仲良しする奴が出来たんじゃな。儂を差し置いて」
小鳥が去って、また一難。
置いてけぼり、弱座切落がやっと言葉を発する。
「いやいや、あの女とは差し置きも、刺し置きも、切り捨ても、皆殺しも、仲良しもない。抜き差しならない関係でも無い。僕たち以上の、そう僕たちみたいな特別な脇差ならない関係では無いんだよ」
怒っている気がするよく分からないが。
よく分からないままに、よく分からない言語で弁解する。
特別な脇差ならない関係って何だ。
「まぁまぁ、良いじゃろう。許してやるよ。儂は心の広い人間だからな。脇差だろうと、真剣だろうと構わんよ」
なぜ僕がこんな二股かけている男みたいに責められているのかは謎であるが。
理由でもあるのか?あぁん?
「しかしなよく分かっておるのか。娘、などと言いおってからに」
あぁ、すみません、ありました。
どのように責められても仕方ない理由ありました。
数文前の自分の言動に対して、深くお詫び申し上げます。
ごめんなさい。
「まぁ、それも良いが。許してやる」
「許してくれるんだ」
「許さないでやらんでも無いぞ」
すみません。もう言いません。
「儂としても、利点もあるからの。外に、部屋の外に出るのも行うつもりも無かったのだが、これなら外へ出ても許されよう」
部屋から出ないつもりだったのか、この殺し屋。
だから、やけに食事に出ることをハッキリ断ったのか。
「あれ待てよ。じゃあ、何でお前部屋から出て来たんだよ。親子関係が結ばれたのはついさっきだろう」
「認めて、許してやったからって、親子関係言うなよ。まぁ、そうじゃ、出て来たのはそれよりも大事な、とてつもなく大事なようがあったからじゃ」
「何だよ」
「ほら、匂わんか。この小麦の心地良い香りが」
くんくん。
言われてみれば、確かに。
芳しい、香ばしいパンの匂いがかすかに漂っていはする。
「腹の減った儂はこの匂いのために今を生きておる。先ほど、京介のおむすびを断ったのも、そのせいじゃ」
「儂はこの匂いを食う。順逆になることもなければ、異論も認めん」
言うと、ヒョイっと僕の肩に飛び乗る。
身軽な少女は、マフラーのように軽やかに首に足を回す。
ちょうど肩車の形になる。
「ほれ進め、京介。宝はすぐそこじゃ」
指示出し、指差し、小さい殺し屋は匂いに突き進む。
…
「儂、疑問に思うことがあるんじゃが、良いか?」
歩き出しすぐに、疑問を呈そうとする殺し屋。
長い廊下。
赤いカーペットの直線を話をせずに渡ると言うのは、空気的にリスキーなので、その提案に首を縦に振る。
正確には、首は肩上の少女に固められているので、首を縦に数ミリ動かした気がするくらいだ。
「じゃあ、許可も降りたところで話すとするが」
「おむすびとパンの話なんじゃけれど。おむすびとパン、和食と洋食の顔見たいな奴らじゃけれど、何故こやつらの名には主原料の名前が入らんのかと思うんじゃ」
「おむすびなら、米握り、パンなら練り小麦焼きでも良かろう。伝わりはするじゃろう?」
「伝わりはする、いやそこは何とも言えないが、それまでもなく食物のしての大問題、食欲に影響しないか?練りはともかく小麦焼きって、小麦を焙煎した物みたいなニュアンスを感じるし、米握りも何か汚いな」
「握り米ではどうじゃ?」
「数段よくなったが、まだ。米が入るのが違和感なのか」
「しかし、お米パンというのもあるじゃろ。米と入ることには命名的な意味合いではそれほどバットマッチという事は無いはずじゃ」
「どうじゃ、名称に主原料名というのはおかしくは無いはずじゃろう。例えば、味噌汁だって、味噌がメインとして際立っておる」
確かにそうだ、言われてみれば。
主食はパンとご飯どちら派ですか?なんて質問があるけれど、これだって主原料に抵触しない質問だ。
「ここまで言ったところでじゃが、別に本当の所、おむすびを握り米と、パンを練り小麦焼きと命名したいという訳じゃ無い」
…
「儂が言いたいのは、己が何で出来ているかをよく考えることが大事であるということじゃ」
「己は何なのかと言うことじゃ」
…
「人には、主原料がある。血が名前に刻まれとる。苗字として自分に残り続ける。悪質な主原料は自分に悪影響を及ぼし、良質な主原料は自分に良い影響を及ぼす」
「名前とはそういうもの。呪われ、寿ぐもの」
「もちろん、捨てることができる奴もおる。今言った、挙げた『おむすび』や『パン』のような奴らじゃ。主原料名が自分に刻まれなくとも、自分が何者かを証明できる奴」
「一人前じゃ」
…
「パンは、米で出来ようと、パンなら米パンと命名される。何で出来ているのか、一人前には関係無いのじゃ」
「人であれば、誰にどんな影響を受けたとして、自分という奴が振るえない奴ということじゃ」
「一人前とはそういうもの。絶たれて、断たれて、爛れて、一人立たされるもの」
「一人ぼっち、一人前」
そう、弱座切落は締めくくる。
おむすびから転がり、始めた話を殺し屋はそのような結末をもって語った。
おむすびなどから始まった短い論。
一人前というものの意味合いを伝えたいということでも無かったのかもしれない。僕はおよそそのように感じていた。
死ぬ僕と殺す少女、死んで一人前。
自分というものをどのように考えているかをおよそ考えろと重くそれを言われているような気がした。
一人で死ぬってことを…
…
「そろそろじゃ無いか。およそ、もう数メートル先にゴールがあるんじゃ無いか?」
赤いカーペットの上、近づき香ばしさ増すその薫りに鼻をひくつかせる。
いけない、僕は頭の上のやつみたいに、パンの匂いに、それそのものに惹かれているわけでは無いというスタンスで居たいと言うのに。
「京介。お前、正直じゃ無いの。食欲くらいには素直になれよ。自分の欲望くらい、満たせるように生きろよ」
「自分のためにな」
およそ、人の物を取ろうとする人間の言い分である。まさに自己中心的な考え方。
やだやだねー。
「じゃあ、お前こそ。パンの作り方でも覚えろよ。そしたら、自分で自分の欲望を満たせるぜ」
「儂は何でも良いからパンを食べたいわけじゃ無いのじゃ。このパンを、この匂いを漂わせる、ただ物で無いパンを食べたいのじゃ」
モノは言いようだな。
給食のカレーは好きだけど、家のカレーは好きじゃないみたいなレベルの嗜好思考。
小学生。
ぐぅっ。
「どこかから、儂を小学生だと言った声が、心の声が聞こえた気がするぞ」
また心を読まれた!
く、苦しい、息ができない、声が出ない。
おい、その足、やわもちなふくらはぎを顔から剥がせさもなくば、死ぬ。
「何じゃ死にたかったんじゃ無かったのか。ほれほれ、足に挟まれて、圧死なんて、男のロマンじゃろう」
くほ、余裕綽綽でムカつくな。
足で圧死、くそそんな寒い死に方望まない。
ロマンどころか、ルサンチマンで溺れちまうぜ。
その時、ふっと呼吸が通る。
かっは、かふ。
ギリギリだった。
運良く、運悪くか、助かった。
止まらないままに進んでいた足が、僕らを運んでくれていた。
スルリと僕の体から、フワリと少女は落ちる。
目的地、ある一室の前。
しがない男。
殺し屋の少女。
黒い扉。
パン奪取の即席コンビ。
ミッションスタートである。




